File076. 王との邂逅


 後ろ手に縛られ、腕や脚ごと縄で巻かれたリュシアスがふてくされていた。


「さっさとカイリを連れ出して、村を抜けようと思っただけなのに……うまくいかんものだな」


 隣で同じように縛られ、小声でブツブツと何かを言っていたレイウルフが答えた。


「ここで争えば面倒なことになると思い、おとなしく捕まりましたが……こうなると、ゲンブたちを村の出口に置いてきたのは失敗だったかもしれませんね。近くに待機させておくべきでした」

「がはははっ」


 笑うリュシアス。


「近くにビャッコがいたら大変だったぞ。俺以外の男があいつに触ろうものなら、全員、宿屋ごと吹き飛ばされておったわ。あいつを初めて故郷へ連れ帰ったときは、大変だった……」


 苦笑いを浮かべた後、レイウルフが真面目な顔で言った。


「実は、先ほどから〈探矢緒マジックミサイル〉で縄を切ろうとしていたのですが、魔法が発動しないのです」

「なんだと。実は、俺も縄を引きちぎろうとしてみたのだがな。丈夫な縄で、さっぱりなんともならん」

「ドワーフ族の剛力でも切れないとは……ただの縄ではなさそうですね」


 ふたりでため息をつく。

 ここは、狭い納屋の中。

 近くを人が通る気配もなかった。



  ***




「ねぇ、マティ。いつまでここにいればいいのかな?」


 スザクの不満気な声が、暗く狭い石造りの部屋の中でこだました。

 フタ付きの壷が一つ置いてあるだけで、他には何もない。

 部屋の明かりは上の方にある小さな窓ひとつであり、そこには鉄格子がはまっていた。


「ヒューマン族のもてなし方って、変わってる」


 黙ったままのマティに、同じ調子で話しかけるスザク。

 ようやくマティが口を開いた。


「スザク、ビャッコやゲンブがどこにいるかわかる?」

「うーん、少なくとも竜の回線が届く範囲にはいないよ。でも、最後のコールが村の反対側の出口付近だったと思うから、まだそこにいるんじゃないかな?」


 そう答えながら、部屋に置いてある壷のフタを取り、中を覗いた。

 おもいきり顔をしかめる。


「……くさっ」

「ばかね。それはこの部屋のトイレよ。精霊スピリット系のスザクには、用がない物」

「うぅ~っ」


 涙を浮かべて唸るスザク。

 マティが真剣な顔で言った。


「そうね、次にビャッコたちからコールがあったら、スザクもここを出て合流しなさい。壁を破っていいから」

「えっ、マティは、どうするの?」


 すいっと上に飛ぶマティ。

 鉄格子がはまった小さな窓の縁にたどりつく。


「カイリの様子を見にいくわ。あっちだけ豪勢なもてなしだったら、ずるいじゃない?」


 そう言いながら、鉄格子の間をすり抜けるマティ。

 それを見たスザクが慌てた。


「ず、ずるいのは、マティだよ。私も行きたいっ」

「あなたの容姿は目立ち過ぎるから、もう少しだけそこにいて」


 それだけを言い残し、マティが小窓から消えた。


「ちぇーっ」


 不満そうなスザクの声が、村に一つだけある牢の中に響いた。



  ***



 外の風に吹かれて、閉ざされたガラス窓がカタカタと音を立てている。

 間もなくピージが東の山に隠れようとしていた。


 綺麗な服を脱ぎかけた美しい母娘おやこの前で、カイリがため息をついた。

 不思議と、マティの脚を見たときほどには慌てていない。

 それよりも疑問のほうが大きかった。


「そんなに哀しい目の人を見たのは初めてです」


 母娘の動きが止まった。

 何かを言いかけるのだが、すぐに口を閉ざしてしまう。


「この国の王って、どんな人なんですか?」


 ぶるっと震えて身を寄せ合うふたり。

 答えてもらえそうもないことを悟り、カイリが目をそらした。


 視線の先に窓があり、そこに外からガラスをたたく身長三十センチの女がいた。

 フェアリ族のマティだ。

 驚くカイリが、マティのジェスチャーに気づくのに一秒かかった。


 マティが必死で、カイリの背後を指差している。


「お楽しみ中のところ、悪いけど」


 振り返ったカイリの目の前に、剣の切っ先があった。


「あたしらが王から力を取り戻すための、人質になってもらうわよ」


 モッズコートのフードと襟で顔が見えない女がそこにいた。

 背後には五人の男たち。

 彼らには見覚えのあるカイリだが、眼前の剣を見れば友好的ではないことがわかる。


 〈衣蔽甲シールド〉が発動しない今、切られれば傷つくし、傷が深ければ死ぬ。

 カイリは状況を理解できないまま、ゆっくりと頷いた。



  ***



 部屋の中で手際よく縛られたカイリ。

 後ろ手に縛られたうえに、腕の上からも縄を巻かれている。


 レジスタンス“精霊騎士団スピリチュアルナイツ”のリーダー、エルローズが声をかけた。


「その縄は家の精ブラウニー製よ。ドワーフの怪力でも切れないわ」


 予言書の知識から、家の精ブラウニーが六精霊の一種であることを思い出すカイリ。

 六精霊とは、火水風土の四元素精霊に、木の精ドライアード家の精ブラウニーを合わせた精霊の総称である。


 公共サービスとして開発された精霊システムはその役割が分担されており、火水風土の精霊はおもにインフラサービスに、木の精ドライアードはおもに屋外の整備や野外活動、家の精ブラウニーは屋内の家事全般や事務・介護などのサービスに特化している。


 精霊騎士団スピリチュアルナイツのひとりが、カイリを見おろして顔をしかめた。


「こんな小僧が、ほんとに王の客人なのかねぇ? だいたい、他の人間を家畜くれぇにしか思ってねぇあの王に、客人がいるってぇのが、どうにも俺には信じらんねぇんだよなぁ」

「黙ってろ、リシン。だからこそ俺たちは、この小さな可能性に賭けたんだ。世界に名を馳せた俺たちだが、あのエルフ女のせいで今は無力だってことを忘れるな」

「へいへい、サリンは真面目だねぇ」


 ふたりのやりとりの間、カイリを見おろす他の男たちは黙ったままだ。

 いきなり、エルローズがカイリのアゴを持ち上げた。


「あんたに人質の価値がなければ、あたしらはここまで。あんたが王の唯一の弱みであることを期待してるわ」

「マティは、無事なのか?」


 静かににらみ返すカイリを見て、エルローズがにやりと笑った。


「ふうん、王の客人っていうからどこかのボンボンかと思ったけど、そんな目もするのね。心配しなくても水の精アンディーン製の眠り液で眠っているだけよ」


 カイリのそばの床の上で、マティが寝息を立てている。



 その時だった。

 エルローズの背筋に、ゾクリと冷たいものが走り抜けた。

 その場の全員が、部屋の一角を振り返る。

 縛られたままのカイリが目を細めた。


 部屋の中を支配する本能的な恐怖。

 それを作り出している存在がそこにいた。


 いきなり出現したとしか思えないひとりの男と、ひとりの女。


(〈離位置テレポート〉だ)


 そう確信するカイリ。

 魔法が使えないと思っていたこの村では、〈離位置テレポート〉で消えることはもちろん、出現することも不可能なはずだった。


(それができるのは、この魔法を使えない場所を作り上げた本人……か)


 他人の魔法を封じ、自分は魔法を使いたい放題。

 そんな都合のいい仕掛けをどうやって作りだしたのか、カイリには見当もつかなかった。


「……王」


 エルローズがそれだけをつぶやいた。



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