Folder09. 雪と星の聖女

File065. パーティリーダー


 ゲンブからの調査報告により、雪の下にかなり大規模な街が存在しているらしいことがわかった。

 その人口――約八八〇〇人。


「体型の特徴から、ドワーフ族とヒューマン族がおよそ半数ずつと推測しますわ」


 この北国で食料事情が豊かだとは思えず、カイリはその数字をにわかには信じられなかった。


「〈離位置テレポート〉だ、カイリ。どんなに辺鄙へんぴな地方でも、対価さえ用意できれば物資の調達は難しくない。エルフ領ではあまり見かけなかっただろうが、ヒューマン族の商人は大陸中に根を張っているのだ」


 リュシアスの言葉をレイウルフが補足した。


「エルフ領ではエルフ族の商人が仲介することが多いですからね。ですが、ドワーフ領に暮らす者の五分の一はヒューマン族だと聞いたことがあります」


 ドワーフ族は魔法を使えない。

 この世界の商人にとって、〈離位置テレポート〉は必須の魔法なのだろうとカイリは思った。


 ただ――とレイウルフが続けた言葉を、リュシアスが継いだ。


「ああ、ここはドワーフ領じゃない。少なくとも、俺がいたドワーフ族の上層部は把握していないはずだ。俺たちの先祖が見捨てた土地でな。このあたりの鉄鉱床は千年以上前に枯渇したはずなのだ」


 カイリがマティを振り返った。


「先代との旅では、ここまで――」

「来ていません、カイリ」


 踏破が困難な場所は後回しにしていて、南の氷雪の絶壁アイスウォールに向かう途中でカインは生命を落としていた。

 北の氷雪の絶壁アイスウォールに近いこの場所には、二千年を生きるマティも訪れたことはないという。


 急に声を上げたのはスザクだった。


「もう、ぱっと行って、ぱっと聞けばいいじゃん。私は、泣いていたお姉さんに早く会ってみたいっ」


 その意見をゲンブがとがめる前に、レイウルフが提案した。


「小さな町や村というわけではありません。商人が頻繁に出入りしていることも、ほぼ間違いないでしょう。新顔の商人にでも成りすませば、潜入は難しくないように思います。もっとも、テクニティファ様は姿を見せないほうがいいでしょう。それに――」


 ――私だけは、この長い耳を隠さないといけないでしょうね、と付け足した。


「でも、さすがにこの人数と顔ぶれだと、目立たないか?」


 カイリの疑問にレイウルフが頷いた。


「そうですね。竜どうしは離れていても呼びかけができますから、竜をひとりずつ含むグループに分けましょう」

「それは俺も賛成だ。よいなカイリ?」


 リュシアスまで賛成して、カイリに反対する理由はない。

 そしてそうなると、自然に竜とその主人の組合せに分かれることになる。

 マティが当然のようにカイリのほうへ寄ったので、カイリたちだけ三人だ。


 そこにひとり、意を決した様子で意見を唱える者がいた。


「父上、ここはパーティメンバーの相互理解を深めるため、主人と竜の組合せを入れ替えることを提案しますわ」

「そうは言うが、ゲンブ……」


 何も聞こえない様子でリュシアスのそばに立つビャッコを見て、レイウルフが言葉を濁す。

 彼女がリュシアスのそばから離れるとは誰も思っていないだろう。


「わかっていますわ、父上。ビャッコ姉さんはまだ今のままのほうがよいでしょう。ここは父上とテクニティファ様がスザクと組むのがよいと思います」

「…………」


 マティが冷静にゲンブを見つめていた。

 つまりゲンブは、自分がカイリと二人のグループになりたいと言っているのだ。


 マティの視線に圧力を感じて身体に力が入るゲンブだが、小さな妖精は口を閉じたままだった。

 再び大きな声を上げたのはスザクだ。


「えっ、私、カイリと一緒がいい。カイリも私と一緒がいいよねっ?」


 ただ素直な気持ちを口にするスザク。

 マティがカイリに尋ねた。


「カイリはどうしたいですか?」

「うーん、このパーティの参謀はレイウルフだと俺は思ってる。だから、レイウルフの意見を聞きたい」


 カイリからの指名を受けたレイウルフがため息を漏らした。


「……テクニティファ様もお気づきのようですが、ゲンブの私情を優先するわけにはいきません」


 途端に顔を朱に染めるゲンブ。

 カイリとリュシアス、それにスザクが、頭に疑問符を浮かべている。


「そうですね、私の意見としては、竜と主人の組合せは今のままで。ただし、テクニティファ様はリュシアスとビャッコのグループに入るのが最善と考えます」

「ん? 俺のところか?」


 リュシアスの不思議そうな声に、レイウルフが説明を加えた。


「私がお見受けする限り、リュシアスの足りない部分を補えるのはテクニティファ様だけです。それに各チームにひとり、魔法を扱える者がいたほうが便利でしょう」


(さすが、レイウルフ。よく考えてくれている)


 納得した様子のカイリが深く頷いた。


 このパーティの中で、竜とドワーフ族だけが魔法を使えない。

 魔法は便利なもので日常生活に役立つし、ちょっとした揉め事に巻き込まれたときに、いきなり竜がブレスを吐くわけにもいかない。

 そうなると、魔法を使えないリュシアスとビャッコのグループはなにかと不便ということだ。


 そして、たまに自制がきかなくなるリュシアスをたしなめていたのは、他ならぬマティである。


「それで行こう」

「待て」


 カイリの言葉にリュシアスの声が重なった。


「グループ分けはそれでよい。だが別行動をする前に、もうひとつだけ決めておかねばならぬことがある」


 全員が銀髪のドワーフに注目し、その言葉を聞いた。


「このパーティ全体のリーダーを決めておくべきだ」




 カイリには、その必要性がよくわからなかった。

 リュシアスがこのパーティを仕切りたいのだろうかとも思ったが、彼はすぐに「俺はそんなガラじゃない」と否定した。


「これから別行動なわけだし、次に合流したときじゃだめなのか?」

「だめだ。この世界にきて間もないカイリがそう思うのは無理もない。カインも最初はそうだったしな」


 少し考えこむカイリ。


「先代のパーティでは、誰がリーダーを?」


 これにはマティが答えた。

 リーダーはカインだったと。


「てっきり、エステルさんかと思ったよ」

「それはありません。特にパーティ結成当初は、エステルとリュシアスは毎日のように口喧嘩くちげんかばかりでしたから、どちらかをリーダーにしたら、もう一方の反発は必至でした」


 ……なるほど、とカイリは納得した。

 ふたりのやり取りは、すでに何度も簡易宿舎で目にしている。


(主人に従う性質をもつ竜をリーダーにするのも無しだろう。それなら、その主人をリーダーにしたほうがいい。それにしても……カインさんはよくリーダーを引き受けたなぁ)


 カイリの表情を読み取ったマティが微笑んでいた。


「カイリと違ってカインが旅に出たのは、この世界に十分に慣れてからでした。それに、なんと言えばいいか……カインはリーダー向きの性格だったと私は思います」

「そうなんだ」

「……まだ短いつき合いだが」


 突然、リュシアスが口を挟んだ。


「俺はカイリがリーダーでかまわんと思うが」


 それはないだろう、と思うカイリ。


「……いや、俺はこの世界の常識さえよくわかってないからね。さっきは“参謀”って言ったけど、俺はレイウルフがリーダーに適任だと思う。あ、でも、リュシアスは嫌かな?」

「ふん。あの女と気が合わんのは、種族とは関係ないのだ。俺もレイウルフでかまわん」


 苦笑するレイウルフ。


「森林防衛隊の隊長を務めていた身ではありますが……それは目的と行動が明確な集団だったからこそ成り立っていたんです。このパーティでは参謀で精一杯ですよ、私は」


 ――このメンツの中では、テクニティファ様が最善です。


 それがレイウルフの意見だった。

 経験や他のメンバーとの関係を考慮すると、確かにそうかもしれないとカイリも思った。

 そして――。


「わかりました。反対意見がなければ、私がリーダーを務めましょう」


 反対するとしたら、リュシアス至上主義のビャッコだろうとカイリは思ったが、彼女は無言のままだった。

 エステルとリュシアスが口論したときこそ動いた彼女だったが、簡易宿舎に落ち着いてからは、スザクを殺そうとした姉竜とは思えないほどおとなしい。


 パーティリーダーはマティに決まった。


 それにどんな意味があるのか、このときのカイリはまだ理解していなかった。



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