File026. 紅い子竜
空を見上げれば、傘のように枝を広げた巨木が煙で
フェスの
だがその付近の地上は
どろどろに溶けて
吹きすさぶ熱風の中にカイリはいた。
〈
小人の身体を維持するには気温が高すぎたのだ。
彼女の本質はプログラムそのものなので、温度が下がればまたインターフェースである幼女の姿を形成するはずである。
千度に近い温度を体験する人間は珍しくはない。
ただそれは、たいていは死後に火葬されるときである。
地面からの輻射熱で発生した上昇気流が周囲から風を呼び込み、巻き込まれて飛来した葉や小枝が自然に発火していた。
いくつもの赤い炎が踊るように上空へ巻き上げられていく壮絶な光景。
その中をゆっくりと歩くカイリ。
(〈
サナトゥリアに殺されかけた経験から、〈
(マティは近くにいなかった……と思いたい)
しかも
発動条件は“身体が傷つくこと”。
この設定のミソは傷の程度を指定していないところにある。
カイリの身体が傷ついたと魔法システムが判断する最短の時間で〈
それは例えば飛来した矢の先が皮膚に一ミリ食い込むよりも短い時間であり、千度の熱が肌を軽くやけどさせるよりも短い時間であった。
(見つけた……)
熱でゆらめく視界に入った
大きさは
全身を真紅のウロコに包まれたその生物は、確かに動いている。
(まさにドラゴン……なのか?)
肉食恐竜の頭と、首長竜の胴と、翼竜の翼をあわせもつその姿は、ファンタジー世界に登場する西洋のドラゴンそのものといえる。
ただし大きさは十五センチ。
そしてまだ赤子だからだろうか、頭と胴の大きさにくらべて手足と翼がやけに小さい。
瞳孔が縦に細長いワニのような目は不気味といえば不気味なのだが、くりくりして大きく、あどけなく見えたりする。
全体的に妙な可愛らしさをかもし出しているのだ。
ひよこサイズのドラゴンは熱さを全く感じていないのか、ゆうちょうに後ろ足で首のあたりを
(あの天まで届く光のブレスを吐いたのは、本当にこいつなのか?)
崖の上から目にした光の柱の神々しさと、目の前にいる小さな生物の可愛らしさとのギャップに戸惑う。
突然カイリの背筋に冷たいものが走り、腕に鳥肌が立つ。
それは生物としての本能が感じた恐怖ではあったが、「たぶん目をそらしちゃいけない」と考える余裕がカイリにはあった。
「ピィ?」
カイリを見つめたまま鳴く子竜。
人間を警戒する様子はない。
それどころか、よたよたと身体を揺らしながらカイリの方に歩きはじめた。
未知の、そしておそらくは強大な力をもつ生物が近づいてくる。
もし先ほどのブレスをため息ほどにでも吐かれれば、〈
だが、より強力な防御魔法を詠唱している時間はない。
後ずさりしそうな気持ちを意志の力でおさえこみ、カイリはその場にしゃがんだ。
(俺は、こいつを手に入れるためにここに来たんだ。恐れてどうする)
目の前まできて長い首を伸ばし、見上げてくる子竜。
その小さな身体を両手で持ち上げた。
「――――ッ!」
厚さ十センチの鉄板に相当する強度があり、千度の熱をキャンセルする〈
それが発動しているにもかかわらず、あまりの熱さに子竜を落としそうになる。
(最初が肝心だ。ここで落としたりしたら、一生敵と見なされるかもしれない。箱の孵化設備を使わずに生まれたこいつは、永久に誰にも支配されない竜なんだから……)
カイリの顔に苦痛の色が浮かぶ。
焼けた手のひらから出た細い煙が風に舞っても、カイリは手を離さなかった。
(焼けた手は魔法で治せばいい)
自分にこれほどの根性があったのかと驚く。
召喚される前なら絶対に耐えられなかっただろうとも思うカイリ。
この世界で過ごした時間はまだたったの六日にすぎないが、その中で確実に自分を変えた者の存在を自覚していた。
(……マティ、君との“約束”は必ず守る)
「ピィ!」
子竜が嬉しそうに目を細めて背中の翼を揺らしている。
「おまえは俺が育てる。……が、その前にその体温を下げてくれないか?」
「ピゥ?」
すでに周囲の温度はずいぶん下がっていて、その理由はすぐにわかった。
風がおさまり、渦巻いていた煙が今ではあちこちの場所で素直に空に昇っている。
その隙間から見えるのは、地面から離れたたくさんの木の根がホースのように散水をしている光景だった。
フェスが巨木の幹にたくわえた池の水を根から吐き出しているのだ。
森中に火災が広がらなかったのはフェスのおかげである。
「その子が
カイリの左肩に小人のフェスが姿を見せていた。
「そうだよ。おかえり、フェス」
「ただいま です!」
にっこりと微笑む
「これだけが 溶けずに残ったみたい です」
地面から伸びた木の枝が、板状のものを器用につかんで持ち上げていた。
フェスの
黒い箱の中にあったものだろう。
端が熱で溶けかけて透明化している上に何かが
CODE DRAGON #4 “SUZAKU”
カイリが手の中の子竜に向き直った。
「よろしくな、スザク」
すでに子竜の体温は四十度くらいまで下がっていたが、手のひらの感覚がなくなっているカイリにはわからなかった。
「ピィウィ!」
生まれたての紅いドラゴンは、ご機嫌な様子で鳴き声を上げた。
***
カイリがスザクに出会う一時間ほど前。
白いガスの中に入ったレイウルフの視界が開けた。
「これは…………」
思わず声を漏らす金髪金目のエルフ族。
巨大な縦穴の底は、地上とはまるで別世界であった。
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