File022. 竜脈



「あの…… とくに変わったものはなかった です」


 明るく話すフェスの言葉を聞いたマティが、すぐに緑髪の幼女の元へ降り立った。


「本当に? 何か見落としてない? 卵が埋まっていなかった?」


 身長が三十センチほどの妖精の娘が、身長が十五センチほどしかない童女の両肩をつかんでいた。

 語気が荒いわけではなかったが、それでも矢継ぎ早の質問に驚いた表情を見せるフェス。


「あの…… 卵は 化石とかならあった です。でも 珍しい種類とかわからない です」


 笑顔が消え、狼狽するフェス。


「化石なんかじゃなくて、フェス、大事なことなの。卵がなければ、世界が……」

「落ち着いて、マティ。フェスが怯えてる」


 振り返ったマティの表情から必死さが伝わる。

 カイリはできるだけ落ち着いた声を出そうと努力した。


「俺がフェスと話す。いいかな?」

「……はい。ごめんなさい、フェス」


 そう言って地面から離れるマティ。

 二人から距離をとってフェスを見つめている。



「フェス、どれくらい遠くまで調べたのか教えてくれないか?」


 カイリの落ち着いた声にほっとした様子の小人が、再び笑顔を取り戻した。


「あの…… この場所を中心に 半径五百メートルまで調べた です。それ以上の深さはむずかしい ですが 水平方向になら お時間をいただければ どこまででも調べる です」

「そっか。いや、広さは十分だよ。それで、何か人工物はなかった?」


 木の精ドライアードのフェスが調べられる深さは数百メートルまで。

 しかも硬い岩や岩盤があればそれ以上は進めない。

 それは仕方がないことだとカイリは割り切った。


 地面を深く掘り進むだけなら同じ六精霊の一種――土の精ノームのほうが向いている。

 彼らなら数十キロメートルの深さをたやすく掘削できるし、岩盤や地質の分布についてもっと詳しい報告をしてくれるだろう。


 木の精ドライアードの良さは他の精霊にはない汎用性の高さにある。

 予言書の知識からわかっていることだった。


「あの…… 人工物は 太い“竜脈”が一本だけあった です」

「リュウミャク?」


 聞き慣れない単語についてマティが補足した。


「竜脈は人工物ではありません。大地に栄養を運ぶ血管のようなものです。ワーウルフ族やワーキャット族は地中を流れる“気”や“運気”の道筋と言ったりしますし、ヒューマン族は“魔力”の流れとか“エネルギー”の流れと言ったりします」

「あー」


 予言書を読んだカイリには思い当たることがった。

 マティは人工物ではないと思っているが、それは人工物だ。

 いにしえの時代の。


「フェス、それって送電線グラフェンラインのことかな?」

「ぐらふぇ……?」


 不思議そうな顔をしたマティに対し、突然無表情になるフェス。

 それは一秒にも満たないほんの一瞬であり、すぐに笑顔を取り戻した。


「はい カイリさんの言うとおり です」


 にっこりと微笑む褐色肌の幼女。

 その小さな口に白い歯が光る。


「あ、俺のことはカイリでいいから。一瞬固まったように見えたけど、大丈夫?」

「はい わかりました カイリさん・・。あの…… 検索に時間がかかってしまった です。グラフェンラインという言葉を聞くのは 五千万年ぶり です」


(五千万年ぶり……か。まあ、そりゃそうか。この時代からすれば、古代語なわけだもんな。俺にとっては近未来の言葉だけど)


 力が抜けた表情のカイリ。

 その眼前に、両手を腰に当てたマティがいた。


「卵のことはどうなったんですか! 早く探しましょう。もっと広く、深く! カイリの〈散暗光ライト〉ならフェスより広い範囲も――」

「〈散暗光ライト〉じゃ、近くのものの陰に隠れて遠くのものまで見えないよ。もっと上位の解析系魔法なら深い場所まで探れるけど、汎数レベルが高すぎてあまり使いたくないし、それに……」


 高汎数ハイレベルの魔法をあまり使いたくない理由は簡単だった。

 汎数レベルが高い魔法ほど莫大なエネルギーを必要とする。

 そのエネルギーは“魔力”という荒唐無稽なものを消費するわけではない。

 この世界で日常生活に使用されているエネルギーを強制的に独占使用するものであり、あくまで非常時――軍事用の役名コマンドなのだ。


 カイリは午前中に〈燐射火囲包ファイアボール〉や〈探矢緒マジックミサイル〉に度等ブーストを乗せた汎数レベル4の魔法を連発した。

 それは地上から三百メートル以上の高さがある断崖絶壁の上だから許されたことだ。

 あの崖上に伸びていたであろう細い竜脈は、地理的にカイ・リューベンスフィアの屋敷にエネルギーを供給していただけに違いなかった。

 地下に広がる竜脈の末端のひとつであり、そこで汎数レベル4程度のエネルギーを消費しても太い竜脈にぶら下がっている他の竜脈に与える影響はほとんどない。

 屋敷につながっていた細い竜脈が過負荷により損傷したとしても、竜脈が自己修復するまでのせいぜい数週間を停電状態の中で暮らすことになったくらいだ。

 他に迷惑をかけることはないし、屋敷は焼いてしまったのでそもそも暮らすことができない。


 だが今この場所――太い竜脈の上で強力な高汎数ハイレベル魔法を使えば、どこかにあるかもしれない竜の卵に供給されるエネルギーを奪う可能性がある。

 カイリはそう考えていた。


「それに、卵のある場所がわかった気がする」

「…………!」


 驚くマティ。

 フェスはきょとんとしている。


(さっきの首輪の人がここで何をしていたのか……。嫌な予感はするけど、確認しなくちゃ始まらないしな)


 優しく微笑むカイリ。


「またフェスの力を借りるよ」

「はい です」


 にぱっと笑うフェスはやはり嬉しそうだった。



  ***



 カイリたちがいる場所から遥か北の地。

 そこもまた森林ではあったが妖精の樹海フェアリオーシャンのように平坦な密林ではなく、背は高いが枝が短い木々が山々を覆う山岳地帯であった。

 山あいを一本の川が流れており、ところどころで滝になっている。

 川から数百メートル離れた場所に開けた場所があった。

 そこに直径三十メートルほどの巨大な縦穴が見える。


 縦穴の壁には金属パイプと木製の板で組まれた足場があり、地下に向かう狭い通路になっていた。

 その脆弱な足場をきしませ、筋骨隆々の作業員たちがあわただしく駆け上がってくる。

 地上では重装備の騎士隊六名が整列していた。


「エステル様ご到着まで待機!」


 騎士たちが腕を胸に当てて敬礼の動作をすると、金属製の鎧が重い音を響かせた。


「何かありましたか、ラウエル?」

「レイウルフ様」


 到着したばかりの森林防衛隊隊長に騎士隊隊長ラウエルが駆け寄った。


「例の“箱”に突然亀裂が入ったらしいのです。そこから白いガスが噴き出したため、作業員がパニックになりまして」


 レイウルフの顔色が変わった。



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