8
僕らの前の演目は軽音サークルによる古いロックのカバーだった。技術はガタガタだったけどノリが良く、観客もいい具合に世代層が混合されて集まっていた。
比較的とっつきやすそうな楽器だからか、布川の演奏目当てで休憩時間にいそいそと入ってきて席を確保する主婦っぽい方々もいた。しばらくしてこれで観客は全員かと見切り、進行役の生徒会の役員がマイクを手にとって仕切り始める。
クラスメイトの面々が担任に引き連れられてやってきたのはその時だった。
彼らはその引率が不本意であることを隠そうともせず、担任の方は妙に真面目くさった顔で、司会を止めている原因が自分たちにあることにも気づかずに、音楽室の片隅を占領した。
演奏前とはとても思えない、止む気配を見せない彼らの甲高い私語に、元からあった音楽室の空気が休み時間に入った教室のようにバラけ始める。次に奏でられるだろう音楽への期待や集中が途切れ、元からいた観客も時間やスマホを気にし始めた。
あんまりの最悪さに僕と布川はただ呆然とするばかりだった。
大方、担任としては最低限のクラス企画の体裁でも取るために当日の朝になってこの遠足じみた、クラスメイトらの連行を決心したのだろうけど、当の生徒らからしてみれば興味のない演奏に文化祭の貴重な最後の時間を潰されてしまうのだ。
他の観客を圧倒する勢いで進行を止めたままに、彼らは聞くに堪えない好き勝手な言葉を吐き散らしている。それが総勢40名。
布川は僕を見た。
「平気」
僕が何を言うよりも早く、彼女は言い訳するかのように口走った。僕はもうダメだなとちょっと思った。
自分の役割を思い出した進行役が、気を取り直して再三に渡る私語への注意を繰り返し、やっと静まった空気の中で、早く終わらせろと言わんばかりの視線が布川に向かった。
司会の紹介も待たずに、布川は演奏を始めてしまう。
最初のフレーズも弾き終わらないうちに、誰かのライン通知が鳴り響いて演奏が止まる。携帯はマナーモードにしておいてくださいと司会が憤りを押し殺してマイクで通達し、クラスメイトらが嫌な笑い声を立てて、叱るべき立場の担任が苦笑する。
布川の演奏が初めからやり直された途端、うっそやだぁとラインを開いたらしい女子が立ち上がり、周りの生徒もその画面に群がる。よほどの内容だったらしく、演奏をかき消す勢いで口々におめでとうと言いながら、担任の控えめな静止も聞かずに音楽室を出て行く。
彼女らが出て行ったあとから気付いたのだけど、それらは布川をイジメていた主犯格の取り巻きたちだった。ぜんぶ仕組まれていた出来事だったのだと思う。
この辺で他の観客らも不快さが限界を超えたらしく席を立つ人が増え始めて、司会に至っては布川に向かって直接、続けるかと尋ねた。唇を噛み締めたまま微かに頷いた布川は、震える手で鍵盤を押し下げた。
酷い演奏だった。
アレンジでつなげてしまえばいいミスに一々止まり、同じフレースを弾き直して、旋律やリズムはズレまくり、聴かせるべき強弱が乱れていた。担任が控えめに拍手した。
それでおしまいだった。
文化祭も布川の演奏も何もかも。
彼女は顔を伏せたまま音楽室から逃げるように出て行き、誰かがその様を笑い。僕は彼女を追いかけることも出来ずに一人で立ち尽くしていた。教室に顔も出さないまま文化祭の終わった校舎から、ふらつく足取りで家に帰って、悔しさと不甲斐なさで泣き喚きながら手首を切って兄貴に殴られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます