第80話 鍛冶修行の成果
師匠の工房で淡々と作業をする。
今日はベック師匠ではなくヘンリー師匠の工房だ。
俺はまだナイフ一つまともには打てない。なのでヘンリー師匠に師事し、修行中の身だ。
ただただ淡々と赤熱した鉄をハンマーで打つ。均等に均一に。鉄の地金を狙った幅と厚みになるように。色が暗くなってきたら炎の中に戻しカーボンをつける。
鍛冶屋ギルドで提供されている鉄の地金は炭素量がすくない。かなり純度の高い鉄だ。そして鉄は純度が高すぎると刃物としては使いにくい素材である。クロムなりニッケルなりモリブデンなりタングステンなり混ざりものがあったほうが刃物の素材としては都合がいい。
クロームモリブデンが混ざった鋼鉄はクロモリ鋼と呼ばれよく自転車の鉄パイプ素材として重宝されている。この世界に自転車があるかどうかは知らないけれど。
ただ淡々と叩いて伸ばして形を整える。元々分厚ければ叩いて伸ばす。薄ければ横から叩いて潰す。場合によっては芯材に鋼を入れ、柔らかい鉄で包んだものを材料にする。
今日作るのは包丁。ベック師匠の家にある包丁がかなり研ぎ減ってきていたのに気づいたので造ることにしたのだ。
ベースは牛刀。西洋包丁のスタイルだったが、個人的に馴染みのある三徳包丁っぽい刃に仕上げる。牛刀よりすこし幅広なナイフだ。和包丁は馴染みがないだろうから細部は西洋包丁にまとめる。刃の形と厚さだけ和三徳になっている牛刀だ。たいした違いはない。
ヘンリー師匠に鍛接してもらった素材を叩いて大まかな形にしたら刃先の形をグラインダーで整える。熱が入りすぎないように水で冷やすのを忘れずに。だいたい形になったら焼き入れ、焼き戻し。研いでグリップをつけたら完成。ヘンリー師匠の評価は一応合格。商品としては見た目が微妙に良くないが、普段使いにはなる。まだまだ技術が追いつかない。あたりまえだが数ヶ月修行した程度で出来るようなら鍛冶屋が増えまくっていることだろうよ。
「ありがとうございました!」
「おう、精進しろや。その包丁なら売り物に……ギリギリだけどなるレベルだからな」
どちらともなく苦笑が漏れる。
これは鍛接、焼き入れ、焼き戻しを師匠にやってもらったから使い物になるというだけの話だ。鍛冶屋体験教室みたいなものだ。とはいえ形と研ぎに関しては師匠の手直しは入っていない。これでギリギリ及第点。デザインだけやってヘンリー師匠に造ってもらう方がちゃんとした商品になるんだろうけれど、師匠の負担が大きすぎる。商売にはならないだろう。
なので最初の方針通り、俺が欲しいナイフを自分で打つ、ということにする。でも欲しい本数はだいたい
ヘンリー師匠にそこそこ認められたようだ、とベック師匠に報告した晩。月見酒となった。
今夜は満月。ミリーは月に吠えたくなったりしないのだろうか、とどうでもいいことが脳裏に浮かぶ。
「ま、めでたい事だわな。ヘンリーにギリギリ合格って言われたってことはそれなりに使えるやつだって認められたんだから」
「そういうもんなんでしょうか」
「そういうもんだ。なかなか褒めないやつだからな、ヘンリーは」
そう言ってウィスキーを
「おつまみできたよー」
ミリーが焼いた肉とチーズを皿に盛って歩いてくる。イスとテーブルを普段は入らないシューティングレンジのど真ん中に置いて天を見上げる。天頂に満月。前の世界の月より小さい。
「ミリーちゃんもいける口だったな、ほれ。割るのは自分で好みにしてくれや」
と師匠がグラスにウィスキーを
「ありがとうございます。いただきますね」
「おう。配膳なんかいいから、ぐいっとやりな」
「そろそろかな……」
師匠は懐から懐中時計を出して時間を確かめる。そういえば時計をしっかり見せてもらったことがなかった。気になるが、今は無粋ってもんだ。
「なにかあるんですか?」
「月が、欠ける。つっても全部欠けたら真っ赤になっちまうけどな」
今夜は月蝕だったのか。なんだか意味深に思える。吉兆なのか凶兆なのかは分からないけれど。小さな月とそれにかかる糸のような光が天にきらめいていた。
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