第64話 死体検分と報告

 首を落とされ、頭蓋ずがいを砕かれ、中身を鉛でシェイクされた死体を漁る。

 えずく。さっき吐いたばかりなのに。胃の中はすでに空っぽだが、空ゲロが止まらない。

 それを必至で抑えながら、ライカンスロープのちぎれた上着やそのままでボロボロなズボンのポケットを漁る。元人間であれば身分を示す何かか通貨を持っているだろうし、死体から剥いだものを身につけていただけならサイズが合わないとかいろいろと見えてくる物もあるだろう。

 幸い、ライカンスロープの死体は胸部の盲管銃創もうかんじゅうそうと出血、頭部はザクロもいいところだ。10mほど離れて12発ぶちこんだせいか半分は原形をとどめていない。下顎かがくは残っているが、それより上はズタズタ。つまり鉄臭い血の臭いが酷い惨状というわけだ。消化系の内臓に傷が入ってないおかげで糞尿の匂いがない分、まだマシというもの。頭部については一応ライカンスロープだと分かる形状なので、正当防衛の証拠として持ち帰るべきだろう。

 ざっと水をぶっかけて空のズタ袋に首から下顎にかけて、歯が並んで真ん中に舌がデロンと垂れ下がった肉塊を納める。もちろん直接は触れないように手ぬぐい越しだ。手ぬぐいは後で燃やそう。頭蓋と脳漿はさすがに納める気にはならない。受け取ったほうも処理に困るだろうし。

 水をぶっかけて観察した所、下顎は犬のように変形している。狼のようにと言うべきかもしれないが。

 その割には切歯、犬歯、小臼歯、大臼歯。あわせて14本。人間と同じだ。突然変異で骨が狼風に変形した人間と言われた方が納得できる。ナイフで大臼歯の奥の肉を切ったところ、親知らずまで存在していた。

 また吐き気に襲われる。こいつは一体何なんだ? まるで人間ベースに遺伝子組み換えされたモンスターかなにかじゃないか。と、すると。

 怖い考えが脳裏をよぎる。文化的に近い、言葉が通じる種族が亜人、獣人と半分人間扱いされていて、それ以外がモンスター扱いと言っていた。本能が理性を上回った存在がモンスターなら? そしてそれの発現が先祖返りやらなんやらであるとしたら? エミリーはラッキーなほうだったのかもしれない。耳としっぽくらいしか特性が出ていない。もしかしたら突如として牙を剥くかもしれないけれど。

 そもそも人と亜人と獣人。その区切りは存外あいまいなものなのかもな。そんなどうしようもない事を考えながら死体を土に埋め、袋につっこんだライカンスロープの頭を担ぎ、西都市へ帰る。


 都市入り口の検問で一悶着あるかとも思ったが、さすがに鍛冶屋ギルド幹部の弟子という立場が名前の通りをよくしてくれたようだ。門の衛兵を務めている保安官助手たちも俺の顔を覚えてくれている。

「お帰りなさい。顔色が悪いですけどなんかありました?」

 東門の保安官助手が声をかけてくれる。

「ライカンスロープのハグレに遭遇しました。ベック師匠のシューティングレンジ近くに一匹。ぶっ殺したんで切り取った頭がここにあります」

 と、背負ったズタ袋を渡す。中を覗いた保安官助手が嫌そうな顔をしつつ覗きこむ。同時に口を押さえて走り去る。別の衛兵担当が袋を受け止め、一目見たあと。

「……お疲れさまです。無事でなによりです。報告もありますので保安官事務所で詳しく聞かせてもらって良いですか?」

 と問われる。

「ベック師匠に報告してからでいいですか? あとで顔を出しますんで」

「あ、もちろんOKです。本日中にお願いしますね」

 と帰された。ベック師匠の名前を出すとわりと融通がきく。街の顔役の名前はずいぶんと有効なようだ。


「……というわけで街の外もけっこう物騒です」

 早めの晩飯と共にベック師匠に報告をする。エミリーがしきりに視線をこちらに向けてくる。心配してくれているようだがベック師匠と俺の会話には割り込まない。いい嫁になるかもしれんな、などと思ってみたり。

「そうか、ここらも物騒になってきたのかな。北都市街道の一件もあるし、警備の重点化も必要かもな。詳しいことは保安官事務所に行ってから、お前から説明しろ」

「はい。それにしてもトヨダ式オートと予備マガジン2本でなんとかなったのは幸いでした」

 ちょっと難しい顔をする師匠。

「……カービンで10発だか撃ち込んだ後に3マグ36発を撃ち込んだんだったな?」

「ええ、初期の9発と15発ロングマグでほぼ動きが止まりまして、のこり12発はパニックみたいなもんでして。確実に殺さなきゃ、と頭に全弾」

「ま、無傷で無事に帰ってきたから良しとする。カービン11発とトヨダ式24発でほぼ撃退できてたみたいだし、だめ押しに12発ぶっこんだみたいなもんだからなぁ」

 師匠が頷く。

「動かなくなるまで弾を撃ち込んだのは良かったぞ。倒れたからって気を抜いて殺されるやつは山ほどいる。手負いの獣相手に良くやった」

 褒められてしまった。

「ビビってパニクって連射してただけですから……」

 そう言うも。

「でも生きて帰ってきたろ。しかも無傷だ。一人きりでそれだけやれりゃ上等だよ。報告に行った後はさっさと寝ちまえ。んで明日は一日休んどけ。思ったよりつかれてるはずだ」


 保安官事務所での報告は形式通りのものだったので師匠に話したことと大差なかった。あとは上同士で対策を練るということで早々に帰された。自室に戻った俺はベッドに倒れ込むと、日記も書かずに眠りについた。

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