第8話婦人と盲導犬

僕は、なぜ、”生と死の境目・彼岸”に来る事になったのか、

必死で思い出そうと努力はしてる。

考えるのが苦手になったのか、頭の回転の悪い残念な子だったのか、

気づいたら、ボーっとしてる。

喫茶の仕事の手順とかは、頭が回るんだけどな。


「健吾君って、慣れてるかんじよね。お客さんと話すときも堂々としてるし。

もしかして、喫茶店勤めだったとか?」

由香里ちゃんが、僕が思い出すのを手伝ってくれてるのは、ありがたいけど、

多分、見当違い。

この間、殺人で死刑になった男が来た事で、少し、思い出した。

僕は、ある男が怖くて、部屋にこもりがちだった。

人付き合いも、どうも苦手だった気がする。外ではビビリだったのかもしれない。

でも、神父さんがいるせいなのか、ホっとできるのと、不思議な安心感がある。


「ここって、ちょっと退屈だけど、景色はどきれいだし、

仕事も忙しくもなく、ヒマすぎない。

奥田神父さんも、最近は、本業の”話し相手”に専念できてるじゃない。

このままずっと、ここに二人でいられるといいのに。」


由香里ちゃんも僕も”期間限定”でアルバイト(お金がでないけど)してるようなもんだ。

ただ、僕は、由香里ちゃんのように、”向こう岸に渡るように”とは、言われてない。


おっと、また電車が来た。

僕は、お湯で温めたカップを、セットした。準備OK。

由香里ちゃんが、挨拶しながら、僕の入れた紅茶を お客さんに出していく。

今回は、5人か。少な目だなと思い、駅舎のほうを確認すると、

もう一人、中年の婦人が、駅構内に残っていた。草原を見てる。

何か見えるのかな・・


紅茶も入れ終わったので、僕は、出てその婦人に声をかけようとして

ちょっと後づさった。婦人の側には犬がピッタリくっついてお座りしてた。

これは、そう、盲導犬だ。

喫茶には、”盲導犬をお連れの方もご遠慮なく”のマークはなかったから、遠慮して外にいたんだ。

これは、改正すべきとこだよな(あとで報告だ)


「喫茶室で紅茶をどうぞ。もちろん、ワンちゃん同伴も全然大丈夫です」

僕は、特上の笑顔だったのだけど。


「まあ、わざわざ、ありがとう。でも、もっと草原を見ていたいの。

いろんな色の花が咲いてるのね。目がクラクラしそう」


そうか、生前、目が不自由でも死後には、見えるようになるんだ。

僕は、婦人を誘って、駅舎の外に出て、花の色の名前を教える事にした。

僕の言葉に、婦人~星崎さんと名乗った~は、一つ一つかみしめながら、

花をじっと見ていた。


喫茶の方は、大丈夫だろうと、のぞくと、神父さんと由香里ちゃんが、何やら

話してる。由香里ちゃんは、何を言われたのだか、途中で泣き出してしまってる。

奥田神父さん、基本、優しい人なんだけどな。何か、怒られたのかな。

そういえば、僕も教会でこっぴどく怒られた事があるのを思い出した。

何か用事を頼まれたのに確か、忘れたんだ。で、僕が、嘘をついてごまかそうとした。

でもバレバレだったようだ。

”嘘をついた”という事に、お叱りの重点があったっけ。


なんか、ここにきても、神父はなんでもお見通しって感じで、

人の心が読めるのかなって思うほどだ。

なんでも、知ってそうなのに、僕の事については、ほとんど教えてくれないけど。


見ると、由香里ちゃんは、泣き止んだようだ。

神父さんに、話しかけられ、うなづいてる。

向こう側へ渡る相談かな。僕はどうしたらいいんだろう。


星崎が遠慮がちに声をかけてきた。

「これはなんていう花なんですか? 花の名前と形は、触ったりして

少しは覚えたんですけど、ここには知らない花ばかりのようで」


黄緑色の草原に、赤、白、黄色、ピンクの絵の具をたらしたように、ポツポツと

草の隙間で咲いてる。形はタンポポのようなのやら、ユリのようなのやら、いろいろ

だけど、僕は詳しくせいかもしれないけど、知ってる花がないんだ。

「すみません。詳しくは知らないのですが、どうも現世の花じゃないようですよ

中には、使命がある特別な花もあって、”つむのは禁止”と由香里ちゃんーもう一人の

喫茶室の子ですけどー怒られてました」


この間の殺人者の被害者の恨みの心が赤い花になったんだっけ。

彼は今頃どうしてるのだろう。


神父さんがあわてて、こっちにやってきた。最後の一人を見落としたからだ。

由香里ちゃんは、喫茶室の中でボーっとしてるようだ。

海をほう、(由香里ちゃんには、川か)を見てる。

もう、期限がきたのだろうか。さっきは、期間限定って思ってたけど、

僕も、もう少し、由香里ちゃんと一緒に働いていたい。

彼女といると、その場が明るくなるんだ。僕まで明るく照らされるようで心地いい。


「星崎さんと、愛犬のサリー。今、花の色の名前を教えてたんです」

僕の紹介に、神父さんは、にこやかに挨拶。

「ちょうどよかった。あなたを待ってるものがここにおりますよ」

神父さんがそういうと同時に、タンポポにもにた小さい黄色い花が2つ消えて、

変わりにサリーと同じ犬種、ラブラトール2匹、つまり盲導犬

が 尻尾を振って星崎さんを見つめてる。


星崎さんは、最初、ビックリしたようだけど、2匹の犬を見て、

ばっとかけよりハグした。

「エルガ、モリー、ここで待っていてくれたんだ。うれしい。ありがとう」

現世でその姿は見えなくても、感覚でわかったんだろう。

「喫茶室には、遠慮なく3匹のワンちゃんと

一緒にお入りになってください。」

「ええ、ありがとうございます。それとあつかましいのですが、この子達に

水をあげたいのですが・・ノドが乾いてるようで」

犬たちは鳴いてない。

でも、星崎さんは、すぐ”ノドが乾いてる”って、感じたんだ。


星崎さんに紅茶を、ワンちゃん達にボールに水をいれあげた。

エルガとモリーは、すごい勢いで飲んでる。

待ってる間、ノドが乾いたんだな。


「この子達は、私の目の代わりをしてくれてた子が、エルガとモリーです。

ご存じかと思いますが、盲導犬は、その役割の期間が短いです。

この子達が引退するまで、家族として一緒に暮らしましたから。再会できてうれしい。」


2匹のほうは、無邪気そうに尻尾をふってるけど、

サリーは、あたりをキョロキョロ見回してる。

まあ、ここは初めてだし、面くらったのかな。


由香里ちゃんが、涙で目をはらした顔で、それでもうれしそうにサリーの

頭を撫でてる。サリーがちょっとだけ、ニコっと挨拶したような顔をした。


「サりー。ごめんね。サリーは、止めてくれたんだものね。私が悪かった。

サリーまで、道連れにしてしまって。」

星崎さんは、サリーの首をマッサージしながら、盲導犬用の首輪を取った。


「別に差別じゃないですけど、本来は犬や猫などのペットは

ここの岸辺駅ー彼岸には来ないんです。

まっすぐ向こう岸にいってしまう。主人を迎える仔もいますが。

こちらの子達は、やっぱりあなたの事を、心配だったのかな。

ずっと待ってました。

ただ、盲導犬とはいえ、星崎さんが、サリーちゃんと一緒に来られたのは、

正直、びっくりしましたけれど。」


その言葉で、星崎さん、突然、泣き出した。

神父さん、女性泣かすの、今日で2回目だ。僕は彼女にもう一杯、熱い紅茶をすすめた。


「私が悪いんです。聞いてください。私は、盲導犬、今はアイメイト といいますが、

その普及のために、講演会に出かけてました。数か所の土地で、講演会をしたもので、

帰るのに日がかかってしまいました。そのせいでしょう。


いつもの買い物コースで、工事車が出入りする場所が出来てました。

もちろん、私も普段より騒音がひどいので、工事だろうとおもってましたが、

慣れた道と思って油断してたんでしょう。

工事車の出入り口で サリーも私も、はねられてしまいました。

あの日で、サリーは盲導犬として引退し、後、ノンビリと暮らす予定だったのに。

私がサリーを 定年後の人生をだめにしてしまいました。

それに、私を守れなかった事を、サリーが気に病んでるのか、元気がないんです。」


星崎さんが事情を説明する途中、手で顔を覆い、また泣き出してしまった。

3匹のワンちゃん達も、悲しそうな顔だ。

黒い瞳、あわせて6つが彼女をみつめ、体をよせてる。


「そうでしたか。。それはまた大変でしたね。これでサリーちゃんが、

電車に一緒に乗っていた理由もわかりました。

”今までご苦労様。ってねぎらって、上げて下さい」


彼女は、サリーをヒシっとだいた。

リードがはずれた事も関係してるのかな。サリーは、ウォンって鳴くと

星崎さんを、頬をなめだした。


「さあ、もう行かなくちゃね。一緒に行こうね」

彼女はスックと立ち上がり、川のほうへ向かった。


「ウチの子たちが、お世話になりました。」

と、礼をすると、橋を渡り 星崎さんとワンちゃん3匹は、見えなくなった。

由香里ちゃんに どこまで見えるか聞いてみたけど、困った笑い顔でスルーされた。

神父の陰謀だな。あくまで僕に教えない気だ。

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