第5話夢見る女子高生 2
「でね、反対側は、草原の向こうは山が続いてるけど、
あっちはどうなってるの?」
彼女の好奇心は尽きない。僕も不思議には思ってるけど。
まず自分の事すらわからない僕だし、そこまで考える余裕はなかった。
「あの草原は10m以上行くと、迷子になるそうだ。
たまに、ネコがやってくるけど」
僕は、老婦人とネコの話をしてあげた。どうだ。これっていかにも”死後の世界”
っぽいから、転生じゃなく、死んだって事を理解してくれるかな。
「あははは、バカみたい。こんなに見通しのいい草原で、迷子になるはずないじゃない。
ネコの話はおもしろいけど、ありえなくない?」
てんで信じてもらえない。僕だって、”ここは彼岸です”って神父さんに言われても
今でも、その彼岸とやらにいる自分って、どうなってるのかわからないくらいだから。
由香里ちゃんは、今度は喫茶を出て、駅の草原側の出口から出ようと、木製の扉に手をかけた。
「ちょ、待って。外に出るには神父さんの許可がいるから」
(嘘です。僕も何度か外に出た)
「おや、不用意にでると迷子になりますよ」
助かった。神父さんがやっと来てくれた。最後までぐずってた婦人が、
なんと途中で引き返してきたのだそうだ。
神父さんは 又、あわてて説得しに行った。
「ね、一緒に山にいってみよう。何かあるかもしれない」
いやいやいや、僕はここを動く勇気はない。やっと少しずつ思い出しかけてるのに。
それに、神父さんは、草原を出ると迷子になるって、10mかそこらで、迷子になるなら
それは、一種の罠かダンジョンに飛ばされるって事だ。ゲームに例えていうならば。
何も知らないで、動くのは危険ってことだ。
草原側の出口で僕らが 押し問答してると、やっと神父さんが、戻ってきてくれた。
「山へ行く道はあります。そこで由香里ちゃんの言ってるような”冒険”が
出来るかどうかは、疑問ですね。
あの山は いわゆる ”地獄” ともいう処です。
あそこには、”あなたにとって苦しい事”の連続でしょう。それが地獄です」
げ・・あの山が地獄なんだ。こわい。
自分にとって苦しい事か・・いったいなんだろう。
わかるのはこの場所は、居心地は悪くはない、って事。
記憶がないのが心もとないけど。
神父さんの話を聞いても、由香里ちゃんの反応は”ふ~ん”だ。
「由香里ちゃん、イヤな事を思い出させて悪いけど、死ぬときって、
死ぬほど(?)痛くて苦しかっただろう?あれが、かぎりなく続くのが地獄だとしたら、
それを思うだけで怖いじゃないか」
「でも、ここにいても、何もないじゃん。向こうへはまだ行けないっていうし、地獄へ
いくしかない」彼女は、こぶしをギュっと握り締めて、山を睨んでる。
なにか”変なポジティブさ” だ。地獄が怖くないんだろうか。
「地獄は、人によって、違うようです。あなたにとって苦しい事でも、
別な人にはなんでもない、ってことがあるでしょう。
それと同じです。
それと、それぞれ見えてる風景は少しづつ違うんですよ。
健吾君は、反対側の川は、海・湖に見えるそうです。対岸も見えない。
山は、どう見えますか?」
突然話を振られた・・
「えっと、頂上は霧でみえなくて、山っていうより、岩肌の崖がそそり立ってる。
って、かんじかな」
「私には、普通の緑の山に見える・・」
不思議で理解できないって顔の由香里ちゃん。多分、僕もそんな顔してるだろう。
「地獄に行きたいのであれば、しょうがないでしょう。
メリットは、ある期間を得ると、ここに戻って来れる事。そして、川を渡る事が
少し、たやすくなることだけですけどね。
でもその前に、今、あなたの家族や友達が現世でどう暮らしてるか、
紅茶を飲みながら、ゆっくり見てみましょう。
地獄行きはそれからでも、遅くないでしょう」
神父さん、彼女、こんなに若いのに地獄だなんて、可哀想じゃないか。
地獄行は、絶対阻止すべきだ。
それに、家族や友達の事がわかるなら神父さん、僕にもやってほしい。
記憶を効率よくもどすために。
でも、僕には無理なのがすぐわかった。切符が必要だったんだ。僕は持ってない。
神父さんは、由香里ちゃんの切符を、机の上にあるi-padみないな銀色のケースに入れた。
すると、駅のただの黒板のような掲示板が、現世と思われる風景を映し出した。
阪神ファンのおじさんのとは違い、3Dじゃなく、ただの映像だったけど。
それは、ちょうど、お葬式の出棺の場面だった。
由香里ちゃんの母親と、祖母らしき人が、号泣してる。
棺桶にすがってる。
”由香里、由香里””ごめんなさい、母さんが、気づけいてあげられなくて”
”由香里、シカとしたわけじゃないよ。ちょっと行き違いがあったみたい。
ちゃんと説明できなくてごめんなさい”
”親より先に死ぬなんて、この親不孝ものが”
いろんな会話が聞こえてくる。
さすがの由香里ちゃんも ションボリしてる。
「・・私、軽率な事で 随分 周りを悲しませたのね・・」
大粒の涙が由香里ちゃんの目からあふれだし、大泣きしだした。
「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃなかったし。
ごく、軽い気持ちで異世界へいくつもりだった。」
うんうん、これが普通の反応だよな。
ひとしきり泣いたら、気持ちがおさまったらしい。
「神父さん、ここに置いてくれますか。やっぱり地獄は怖い。あの映像を見ると、軽率な
自分の姿に恥ずかしいしヘコんだ。
そんな気持ちが続くのが地獄なら、行きたくない」
後は、”彼女にとっては、溺れるくらい広い川” を泳ぐか。
「あなたが見える川幅が広いのは、あなたが”殺人の罪”をおかしたせいですよ。
いえいえ、人殺しではなく、自分自身を、殺した。心の病の末の自死ではなくです。
”うっかり勘違い” って面もあるようなので、かろうじて川に見えるのでしょう。
ここもなぜか忙しくなってきましたから、喫茶室で私と健吾君の手伝いをして下さい。
ただし、期間限定です。魂の力がなくなる前に 川を渡れるようになるよう働いて下さい」
由香里ちゃんは、しょんぼりとうなづいた。
もしかしてここで働くと、川幅が狭くなるとか特典があるとか?
「違いますよ。少しここで働いて、いろんな人の話を聞き、由香里ちゃんに
見分を広めてほしいのです。まあ、いまさらなんですけどね」
え?俺、今 言葉にして話してない。心が読めるだな。神父だからか。
ところで、僕はいつまでここにいるんだ?
神父さんを見て、心で強く思った。
が、”さあ、後片付けしましょう。由香里ちゃん、はい、エプロンです。
よろしくお願いしますね”とか言って、神父さん、スタスタ喫茶室へ向かっていった。
心が読めるってのは、僕の早とちりか・・・
それから喫茶室は、由香里ちゃんを迎えて、少しだけ華やかになった。
僕も由香里ちゃんも、まじめに働いたけど、僕には線路側は川というより、
やっぱ海が広がってる。いざとなったら、僕も泳ぐしかないのか・・
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