第2話老婦人と猫

僕は、神父さんの手伝いをする事になった。

バイト代は・・ないだろうな。

ミサの手伝いで侍者をしたり、就学前の子供の教会学校でサポートしたり、

神父さんの手伝いは、いつも無料奉仕だった。思い出した。

神父さんに”ありがとう”と言われ嬉しかった。

あれは 小5年位の時だっけ。

両親と一緒だったのも思い出したけど、顔が思い出せない。

奥田神父さんの手伝いをしてる場面だけ、頭に浮かんだだけだった。

カスミがかかったような頭は、前から比べると少しだけマシにはなったけど。


「岸辺」駅は、横に喫茶室がついていて、駅で降りる客は ここで

紅茶を飲んでいくのだそうだ。


喫茶室は、駅を半分をしめてる。

駅の建物そのまま、半分に区切った形だ。

イスもテーブルも飾り気のない木製で、海側、草原側の窓側にそれぞれ

3セットづつおいてある。海側には、小さなドアがあって、外に出られるようになってる。

僕の働く所になる場所は、お湯を沸かすコンロとケトル。棚には紅茶葉に白いカップセット。


そこで、喫茶に来る人に紅茶を入れて出し、 片づけする。レジはない。無料だ。

駅の一種のサービスなのだろうか。出すものは紅茶だけだし。

茶葉の入った缶はブリキ製で、表面には種類のラベルも貼られていない。

無料で出すものだから、安物なんだろうか。


お客さんは、紅茶を飲みながあ窓から景色を見てるか、神父さんと話し込んでるかだ。


僕は、駅の鏡で あらためて自分のエプロン姿を見てみる。

ベージュのかざりけのないエプロンに、紅茶係 と書かれたネームをつけて。

その姿は、僕は高校生2年か3年か。小中学生でないのはわかった。


僕が紅茶を次々入れてる間、奥田神父さんは、お客さんの話し相手になってる。

喫茶は満員になる事がなく、紅茶を出したお客さんも、いつのまにかいなくなってる。

無料の喫茶室、話し相手付きだ。


「すみません。助かります。健吾君。今まで一人でだったので、

肝心の”話し相手になる”という本業に、時間が十分とれなくて。

あと、それから重大な注意事項が二つあります。

一つはここの紅茶を絶対に飲んではいけない事、水もです。

もう一つは駅前にひろがる草原は、10m以上先へは行かないように。迷子になります」


はぁ?草原は10m以上もずっと続いてるんだけど、どこをどうしたら迷うんだ?

紅茶を飲むなって、絶対に飲んではいけないと言われるのは、解せない。

かえって飲んでみたくなるじゃないか。


そういえばここの駅、時計がない。時刻表や路線図もない。

プライベート鉄道?そんなのないよな。


おっと、電車が来た。

お客さんが入ってきた。俺は大忙しだ。一応、8人ばかりの客に紅茶を出し終えて

ホっとしてると、座席に座ってる年配のご婦人から声をかけられた。


「ねえ、あなた。ここはいい処ね、ひさびさにノンビリ出来たきがする。

でもまだ、”旅立てない”のよ。不思議でしょ。早く行きたいのだけどね」


でも、ここ終着駅だから。次に行くとしたら迎の車でもくるのかな。

婦人は、自分の旦那さんが、どれだけ身勝手だったか切々と訴える。


「うちの旦那はね、もう家では働かない人で、私が風邪で寝込んでても

ご飯作りさせられたものよ。マジメでキチっとお金を稼いでくれてくれるのだから

文句はいえなかったんだけどね。

たまに夫婦二人で旅行に行こうと言っても。

”お金がもったいない”のいってんばり。

とうとう、旅行は、新婚旅行に九州へ行っただけで、終わったわ。

そうしてるうちに、旦那は脳溢血で、先にあの世に旅立ってしまって。」


70代くらいの老婦人かな。話し出すと止まらないってタイプだ。

それから、娘の事、孫がいかに可愛いかとか、僕を相手に延々と話しは続いた。

僕は、”はあそうですか””いいですね”と適当に相槌をうつだけで、精一杯だったけど。

それだけで、老婦人は、嬉しそうにしてくれた。


「そうだわ。飼っていたネコ、ソラチっていうの。黄土色のオス猫。

まだ子猫で道端で餓死寸前だったのよ、拾って手当して、一緒に暮らしてたの。

ソラチがね、おもしろい猫で 犬のように私の後ばかりついてきたものよ。

お風呂まで覗きにくるんだから。心配してるのかしらね。

私がいなくてどうしてるかな。気になるけど、どうしようもないし。」


飼いネコがいるのに放置して旅に出るって、ありなのかな。


「あの、旅立つって、次に来る電車にでも乗るんですか?」

「違うわよ、あそこを渡るのよ」

あそこって、海だか湖だかじゃないか。

どうするんだ?まさか泳ぐとかはないよな。


かの老婦人は立って草原を眺めていた。

「あ、ほら見て。やっぱり来た。ソラチこっちよ」

僕もあわてて、外をみると、草原の緑の中、黄土色の丸っこいものが走ってきた。

そして、堂々と喫茶室にはいって老婦人の膝にのり、目を細めて甘えてる。


「ソラチ、ごめんなさいね。なにも出来なくて、今はどうしてるの?」

ネコは、ニャーと鳴く。婦人はホっとした顔をして、

「そうなの、娘の所にいるのね。まあ、ご主人もゆるしてくれたのよかった。

安心したわ」

ネコと話してるのか、独り言なのか。

老婦人は、”それじゃまたね”と ソラチというネコの頭を撫でた。

そして今度は駅の線路側い広がる海(?)に通じるドアをあけ、歩いて行ってしまった。

”ネコはどうするんだ”と僕は、あとをすぐ追いかけたけど、老婦人はそのまま海の上を歩いていった。

その姿はすぐに見えなくなった。沈んだようでもないのに、なぜ。

それに、海の上を歩くって、超能力じゃないのか・・


「今回は、話好きな人が多かったです。あの婦人の相手をしてくれたのですね。

健吾君ありがとうございます」

「いや、俺は何も・・・あの老婦人が勝手に話し出しただけです。

そうしたら飼っていたというネコが現れて、老婦人は海を渡っていってしまって」

混乱して、話しがまとまらない。ネコは草原へ走っていき、すぐ姿が見えなくなってしまったし。


「そうでしたか。飼いネコが会いに来たんですね。そう、たまにそういう方

おられます。さすが猫は、現世と彼岸を行き来できる生き物ですね。」


あれ、今、彼岸って言った。

彼岸って、この世とあの世の境目の ”彼岸”のことだったりして。

って・・僕って死んでるとか?

さっきの老婦人は、あれだけ自分の事を話してたのに。

僕は、まだ、ほとんど何も思い出せてないのに。


あせる僕の頭の中で、母さんが、”奥田神父さん亡くなったのよ。まだお若いのに”

って悲しんでる場面が浮かんだ。

母さん、僕の母さんのはずなのに、顔は思い出せないけど。


僕は、後片付けを放り出し、神父さんの所へ走って行った

「奥田神父さん、神父さんって亡くなったって聞いたんだけど、俺の勘違い・・だよね」

頼む、勘違いであってほしい。


「ええ、45で病死いたしました。まだまだ神様のために仕事をを続けたかったんです。

で、岸部の駅で必死にお祈りして、。

そうして、今の仕事につく事になりました。天の父は私のわがままを

聞いてくださったんです」

神父さんは、冷静に答えてくれた。じゃあ、俺は死にかけ?死んでる?


それにどうしてそんなにサラっと言えるんだ。奥田神父さんは。

”まだ45なのに、神は理不尽だ”と思わなかったのかな


「そんな怖い顔をしないでください。ここ彼岸にとどまって、

お客さんを無事に天に送り出すのが私の仕事なんですから。

忙しいですが楽しいです。」


「神の事、恨んでない?もっと生きていたかったって」

奥田神父さんは、寂しく笑って

「健吾君、私は病死したんですよ。もちろん生きるため、しつこく頑張ってましたよ。」


神父さんに、僕は死んだのかと聞いたが

”自分で思い出したほうがいいですよ”と答えるだけ。”なぜ?”と食い下がる僕に、

”企業秘密です”と、とぼけた。

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