第2話
さながら羊頭を覆うシンギュラリティのようだった。歩を進めると益の巣がそこかしこに見える。笑い声……ともすれば陽光の肉薄して裂ける音。気の休まらないのは精励恪勤のせいか、また茲におわすアルティパルマクの列が故か。努努偃すことなかれ。彼岸の嫗の曰く……
砂の肉を穿つ脚は連続して現実へと青年を引き戻す。遡るのはメサイア。都市の名でもある。荒涼とした金属部分と発酵したルールの山積を、町の子供が分解するのが歯車のひとつになっているのが特徴的だ。風は週に一度、それに手元に三度分用意されている。メサイアとは名ばかりだが、来て早々彼はここが気に入った。偏光が育てる深空植物の群生や、臓腑を裏返す文明の虜になった。言葉は読めないが端端を理解出来る。彼の靴は既に脚の一部になっていた。
チャーター乗り場にウミウシに似た女が現れる。彼は失礼のないように気をつける。
「エコールの狭間、熊延の真下をつむじに歩けば、貴方の望む真理がある」
「どうも……はじめまして。環状も、統計も、全てそこに行けば狭窄されると?」
「ルルイエへ傅く万のシダレオウムが貴方を案内するはずです」
礼を言う口を開きかけたところで、既に日は暮れて祭りが始まっていたことに気付く。女の姿はどこにもなかった。
煉瓦造りの常夜灯に寄生するケトル状の飢餓は、数キロ先の欄干までずっと続いていた。眩いほどの蔵熱と茫立が幾筋もの螺旋となってはまた虚空に還る。土煙を巻き上げるのは蛇行するブリキだけではない。あらゆるエスケープがそれらを容易に想起させる。青年はベドリヌキーを外套のポケットから取り出す。同時に青年も回帰から取り出されることになるが、彼はそれに頓着ない。夏がもうすぐそこまで来ている……
淡い群青をしたバスが停まる。たちまちクジラになる。水泡を彼にしながら、彼は女の示唆した物語を辿ろうとする。
「脚がな……出ておる。明星の生皮を食らった、とんでもないのがな……」
隣に座っていた犬(齧歯類にしか見えない)が唐突に話しかける。
「エウスカルテル……デウスエクス……エルマンノ……ページの端にでも書いておけ。鼻がきくうちに、レネメントのフーゴーをケツに巻きつけないといかん。ヒモスもタヌキも踊る祭りじゃ。手遅れかもしれんが、指を増やすやり方はご存知かな……なに、知らない? それでよくここへ座ってるもんだ。甲冑虫より苦い野郎だ! いいか……これからお前はジャジョウメズラになる。逆巻き河の燃える藻だけが主食の野蛮な毛虫よ……それから、キドリキノコの群生地で光るヘシカの尾を身につけろ。そこに弟が住んでいるから、後のことはそいつに聞くといい……リノリウムのカーテンを開け、果てはワンダーランド……誰も望めない土地へ何の用があるというのか……」
車窓からは何も見えないが、車内では三千世界が色とりどりの花冠をこしらえていた。青年はそれをひとつ受け取り、しばしの眠りに就いた。
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