愛のある話

桜枝 巧

1.

「あいしてる」

 みんなが声をそろえ、頭を下げる。プラスチック製の真っ白な机の上にはカラフルなランドセルが一列に並んでいた。やはりプラスチック製のホワイトボードには、日直の小西君が消し忘れたのだろう、足し算や引き算、大きい花丸と小さめのばつ印が並んでいる。

「ああ、愛してる、また明日な」

 ぼくらは先生に帰りのあいさつをした後、一斉にランドセルを背負い始める。タブレットPCと本の他に今日は体操服も入っているから少し重い。肩の辺りがぎゅうっとして、何か勉強以外にも違うものを背負ってしまったような感覚になる。

 ぼくの前では、女子達が集まっておしゃべりを始めている。アイドルの話だとか、誰が誰を好きだとか、話題はつきることがなさそうだ。頭がいいと思われたいのか、「最近、禁止用語がまた増えたんだって」と朝見たニュースを話している女子もいる。何が不満なのか「あいしてる」を連発する女子もいた。入学式から三週間たっただけで、どうして女の子は女子へと変われるんだろう。

「おだくん」

 不意にガラス玉のように透き通った声が聞こえて、思わず振り向いた。

「……何?」

 少し音のずれた声で返事をする。声の主は分かっている、後ろの席の大川さんだ。いつも昼休みに教室でぼくと同じように本を読んでいるからだろう白めの肌色の頬には、ほのかに赤みが差している。まだ四月なので、格好は長袖の黒いセーラー服に黒いスカート。胸には血のように赤いリボンがついている。制服のポケットには「愛町小学校一年五組 おおかわ かなえ」と書かれた名札が安全クリップによってとめられていた。

 女子のつくったグループとは少しはなれた場所にいる、ちょっと不思議な子だ。そのせいだろうか、周りの女子達は彼女のことをあまりよく思っていない。担任の先生も扱いづらい生徒だと思っているみたいだ。しかし僕は彼女のその不思議な雰囲気や一つ結びの大人びた髪型をほんの少し嬉しく思っていた。

「おだくんって、いっつもむずかしいこと、かんがえているんだよね。よんでいるごほんをのぞいてみても、わたしにはよくわからなかったし」

 ほめられたのだと分かって、顔が彼女に分からない程度に赤くなる。ぼくは

「う、うん……まあまあ、かな」

とだけうつむいて言った。

 じゃあ、と大川さんは近寄ってきて口を開いた。唇は淡い桃色で、ふっくらしていた。

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