2.
そうして今日もまた、私は文房具屋にいく。明日はTの十八回目の誕生日だ。
祝う、何て感情は湧かないけれど、まあ、あれだ、なんとなく。
最近に至ってはお互い顔を合わせることもないのだけれど。ほらあれだ、大学受験の最後の息抜きってやつ。そんな言い訳を自分にしながら一歩一歩踏みしめるようにして歩く。学校に行く以外で外に出るのは久しぶりだ。
春の柔らかな風が、私を包み込んでは空に溶けていく。桜が咲くにはまだ早いけれど、春を感じるには十分だった。花粉がつらいので、私はマスクをつけていた。少し息苦しい。
文房具屋は、古びてシャッターが閉まっているところも多い商店街の一角にある。気難しそうな、十年たっても変化が見られないおじいさんと、十年前はおねいさんだったおばさんが経営している小さな店だ。
今では近くに大きなショッピングモールができて、私もいつもはそっちで文房具を買っている。だから、この店に来るのは一年に一回、この季節だけだった。
いつものように店に入ろうとガラス扉に手をかけたとき、
「……?」
私は立ち止まって首をひねった。
透けて見えるガラス扉の向こう側には、Tがいた。腕を組み、口を少し尖らせてしばらく悩んでいるようだった。
店内自体が暗いせいかもしれないが、いつもより表情が沈んでいるように見える。急に老け込んだような、疲れたような、そんな表情だった。
毎年来ているから分かる、奴の前に並んでいるのは、私がいつも買っている鉛筆だ。
ひょっとして、いや、ひょっとしなくても、鉛筆を選んでいるのか?
何のために?
一瞬、私が送る毎年のプレゼントのお礼、だなんてうぬぼれた妄想が浮かぶ。 が、すぐに首を横に振って打ち消した。Tはそんな風に考えを急に変えるような奴ではない。
では、なぜ?
そのうちにTはやはり私がいつも奴に対して送っている鉛筆を一本つかむと、レジに向かって行った。なんとなく見てはいけないものを見てしまった気がして、私は店から離れた。
鉛筆は、明日買いに来よう。
そうだ、奴も私も二次試験間近なのだから、せっかくだし奮発して合格祈願鉛筆でも買ってやろう。
そう思った。
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