第18話
昼前になって、ようやく俺は目を醒ました。
体を起こして隣のベッドを覗くが、そこにいたはずのヤールはもういなくなっていた。
飯でも食いに行ったのか、それとも他に何か用があったのか。まあ考えても仕方のないことなので考えるのをやめ、俺はふあぁとあくびをした。
昨夜、二人掛かりで六本足の化け物を倒した俺たちは、それからも何体かの化け物を狩っていった。いや、二人掛かりというのは少し違うかもしれない。俺は主にヤールのサポートに徹していたからだ。
ともかく、村にやってきた全ての化け物を倒し切った俺たちは、夜明けと共にベッドに潜り込んだのだった。
しかし、久しぶりによく眠ったものだとクオンは今朝を振り返る。化け物との連戦に重ね、何日かぶりのまっとうな寝床だったせいだろうか、クオンはほとんど倒れ込むように眠りについたのだった。
これからどうしたものかとクオンが考えていると、何やら外が騒がしいことに気付いた。とりあえず見に行くかと外へ出ると、ちょうど昨日のクオンがオヤジと怒鳴り合いをしていたところに、今日もまた人だかりができていた。人だかりの真ん中にいたのは、地面に敷いたマントの上に何かを並べているヤールだった。
「じゃあ次はこっちかなー。よい、しょっと、古くなった鉄を固めて焼き直してもらったものなんだけど、どうかな鍛冶屋のおやっさん。安くしとくしさー」
「おうさ、買わせてもらうぜヤールさん! これで工具増やして村の増築進めねえとだな! って重てえなおい、相変わらず怪力だなアンタは!」
そう大きなガラガラ声で言うやいなや、鍛冶屋のおやっさんとやらは懐から銀貨を放り投げ、代わりに自分の頭ほどもあるくず鉄の塊を担いでいった。
「ようし、じゃあ今度は……と、おーいクオンも見ていきなよー」
クオンを人垣越しに目ざとく見つけたヤールは、手招きをしながらクオンを呼ぶ。本当はもうちょっと遠巻きに眺めていたかったのだが、呼ばれては仕方ない。
「……ええと、夜狩人ってのは行商人もやってる、のか?」
この言葉が俺の正直な感想だった。
マントの上に並べられたものは、さっきのような何かしらの金属だったり、きらきらした鉱石だったり、かと思えば乾燥させた草や実だったり、あとは怪しげな瓶詰や油紙の小包だったりと多種多様だった。かつて故郷の村で見た行商人の品ぞろえと比べても、種類だけなら互角と言えるかもしれない。
「クオンさんや。このヤールさんは強いだけじゃなくて、気も利くんだよ」
そう言うのは、隣に立っていた宿屋のおかみだった。
ヤールはというと、少し困った風に笑っている。
「いやいやー、気が利くとかそんなんじゃないよー。ただ、俺は昔はキャラバンにいたからね。夜狩人しか村を行き来できなくなっちゃったから、俺がやるしかないかなーってさ。……さて、今度は香辛料かな。まあこれはおかみさんとこでしょ」
「ええ買いますわ。今日はおいくらかね?」
「まあまあ、安くしときますから……」
そう言ってヤールは香辛料を手早くまとめ、宿屋のおかみに差し出す。おかみもまた懐から銀貨を取り出してヤールに手渡した。
それから、ヤールは慣れた口調で品物を売っていった。だが、全てが売れたというわけではない。まだまだマントの上には売れ残りがあったが、ヤールはそれを売りつけようとはせず、側の袋に詰め込んでいった。
「お、おい、それ売らなくていいのかよ」
「ん? ああ、いいのさ。この先の村にも売っていかないといけないしね」
そういうものなのかと、クオンは黙るしかなかった。
多分、この男のしていることは、商売でも小遣い稼ぎでもない、ただのお人よしなのだ。そしてそれはクオンには、自分ひとりを生かすことで精一杯な少年にはまだ分からないことなのだ、と。
「……変な奴だな、お前は」
ぼそりと、クオンは呟いた。やはりそれは本心からだった。
「はは、よく言われるよ」
ヤールは屈託のない笑みでそう言った。
高く上がった太陽が二人を照らす。出発の時は近付いていた。
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