第5話
宿に戻った俺達を出迎えたのは、匂いからして分かる美味しい料理だった。
鶏の内臓を取り出して果物や穀物を詰め込んで焼いたものを筆頭に、挽肉の詰まったパイに濃厚なシチュー、パンにはチーズと共に蜂蜜の壺まで付いていた。更に燻製された肉や砂糖漬けの果物も合わさり、それらがテーブルの上に所狭しとひしめいていた。
この村に辿り着くまでの数日間、食うものも少ない中を一人で歩いてきた俺としては、現実とは思えないような光景だった。
「おおー、今日もまた素晴らしく美味しそうな料理だ!」
そう言ってヤールはさも当然のようにテーブルの前に据えられた椅子に腰を下ろす。どうやらこれが俺達の食事らしい。
ヤールは早速ナイフで鶏肉を切り取り、肉片を切っ先で突き刺して口に放り込んだ。そのまま目を閉じて数回咀嚼し、ごくんと飲み込んだ。……ああ、美味そう。絶対美味い。
ぐう、と正直な腹が鳴いたのとヤールが瞼を開いてこちらを見たのは、ほぼ同時の出来事だった。
「……食べなよ。全部俺が食べちゃうよ?」
「……ああ、食べるさ」
と答えたものの、食べ物にがっつくのはみっともないと教え込まれた俺は取り敢えず椅子に座ってから……
ぐぎゅるるる、と腹が恨めしげに鳴いた。確かに昨日も今日もろくに食べてないのに、落ち着いてなどいられるはずがない。
「食べるさ!」
俺はそう叫ぶと同時に懐からナイフを取り出し、逆手で鶏の足の付け根にドスッと突き立てた。そこからもう一方の手で足を掴み、捻りながら力尽くで鶏の片足をブチブチっと引き千切った。その衝撃で詰まっていた果物がいくつか飛び散ったが、そんなものはお構いなしに俺は左手からぶら下がった鶏のモモ肉にかぶりついた。歯応えのある弾力と塩っ気のある味付けが口を埋め尽くし、狼や虎にでもなった気分でそれを思いっきり噛みちぎった。
美味い。美味いが今はそれよりも腹を満たしたい。その一心で噛みちぎった肉をろくに噛みもせずごっくんと飲み込み、また噛み付いては飲み込み、噛み付いては飲み込み……としている間に、気が付いたら手の中にあるのはいつの間にか骨だけになっていた。
「いい食べっぷりだねぇ。俺も負けてられないな!」
そう言ったヤールがもう一本の足を引っ掴んでナイフで切り離していく。
……今までの人生で一番がっついてしまったかもしれない。なんて一瞬落ち込みかけたが、ここにはそれをみっともないと叱る人もいないし、そして何よりまだまだ食い足りない。
(まあ、今日ぐらいはいいよな)
そう思い直し、今度は挽肉のパイに手を伸ばした。
宿屋の食堂で二人して黙々と料理を貪り食っていると、入り口から三人の男が入ってきた。見た目からして三十代前後であろう男達は、真っ直ぐこちらのテーブルに歩いてくると、俺とヤールの向かいの椅子に無言で座り込んだ。
俺は横目でヤールの様子を窺ったが、特に気にする風もなく食べ続けているのでそれに従った。おそらく食べ終わるまで待っているのだろう。そして夜狩人に対して村の大人三人が持ちかける話など、まず間違いなく仕事の話だろう。
いよいよだなと思いながら、俺は蜂蜜をたっぷり垂らしたパンにかぶりついた。
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