第4話

 俺は右手の剣を鞘に収め、そのままその手を左の袖口へと差し込んだ。そして、一枚の色あせた紙を引っ張り出した。長さは剣の半分ほどで幅は更にその半分という、一見すると何の役にも立たない紙切れに見える。だが、これこそがヤールの言ったもう一つ、つまり化け物に立ち向かう化け物じみた力だ。その名も四元符。

「アグニス!」

 俺がその名を叫ぶ。すると、手に持った四元符は燃え上がるようにオレンジ色の光を放ち始める。

 傍目から見ると火の玉のようにも見えるその札を、俺は左後方に引き、シュバッと風を切るように振り抜いた。そして、その軌道をなぞるように現れたのは、赤い本物の炎だった。

 僅かに遅れてボウっという音と共に弧を描き空気を燃やした炎は、1秒と経たずに空気に拡散して消えていく。

 おお、と歓声を上げるヤールを他所に、今度は右手を下に引き、足元の草ごと巻き上げるイメージで素早く上に振り上げた。すると、今度は燃え上がった炎が塊となって斜め上に飛び、放物線を描いて落ちていった。そして十歩ほど先の地面に落ちた炎は半ば消えかかりながら、周囲の草を炙り始めた。

 このままではちょっとしたボヤ騒ぎになってしまう危険性もある。だが、これも勿論俺の計算の内だ。

「アキア!」

 俺の掛け声に呼応して反応したのは四元符だ。四元符を覆う光が、オレンジ色から影のような黒に変化した。

 その変化を視界の端で確認しながら、俺は軽く飛び上がり、札を掴んだ右手を一気に振り下ろす。その直後、人の頭程ある透明な水の球がポロリと零れ落ちるかのように虚空から現れ、斜め下へと落ちていった。そして水の球は消えかけの赤い炎の上に寸分違わず命中、一瞬で炎を掻き消した。その水も地面に染み込むでも広がっていくでもなく、塵が風に浚われていくように消えていき、後には少し焦げた草だけが残っていた。

 今回の出来はまあまあだったかなと自己採点していると、パチパチという拍手が聞こえてきた。

「いやあ、お見事!」

 そう言うヤールの目はちらりと焼け跡を一瞥してから俺に注がれる。座ったまま俺を見上げる表情は、なんともまあ子供のような無邪気なものだった。

「火を使うのは今までに見たことあったけど、紙から火を出すなんて初めてだ! あいつら火が苦手だからすごくいいよ! それに水も出せるから火事の心配も無い!! あ、ひょっとして他にも何か出せたりする?」

「……ああ、あとは風と岩を出せるぞ」

「おお! いいねいいねー。どうやって使うかは俺には思い付かないけどね」

 そう言って笑うと、ヤールはよっこいせと立ち上がってズボンの草を払った。

「さて、そろそろご飯もできたと思うし、戻ろうか!」

 ヤールはそう言うと俺の返事も聞かずに踊るような足取りで村へと歩き始めた。

「……変わった奴だな」

 俺は思わずそう呟いていた。そして小走りでヤールの後を追った。

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