第十一話 旗揚げ
讃岐宮の檄文は太宰府の年貢の取り立てに苦しむ鎮西各地の国司、豪族の心に響いた。まずは薩摩の国司、大下義弘(おおした・よしひろ)が森に兵百を伴ってやって来た。ついで大隅の豪族、中西太郎(なかにし・たろう)が国司の川崎尊徳(かわさき・たかのり)と共に百三十の兵を連れて来た。さらに日向の仰木彬光(おおぎ・あきみつ)が森に来た。肥前の豊田時泰(とよだ・ときやす)、肥後の高倉照之(たかくら・てるゆき)、豊前の関口清次(せきぐち・きよつぐ)、豊後の稲尾和豊(いなお・かずとよ)、玉造次郎(たまつくり・じろう)は書面で参加を表明した。ただ、太宰府のお膝元、筑前、筑後の国司、和田博助(わだ・ひろすけ)から返事はなかった。それでも鎮西のほとんどの国司、豪族が讃岐宮の元に集結した。苛政は虎よりも猛きものなのである。
『隠れ里の森』に集った面々は、今上帝の兄という、本来なら直答も許されない讃岐宮に優しく接せられ大いに感動した。そしてその人柄に当たり、
(このお方の為なら死ねる)
と心に誓った。讃岐宮はと言えば、予想以上に与力してくれる者があると知り、感涙した。太宰府から都を攻めようとするくらいだから、おそらくは激情家なのであろうが、今は優しく、涙脆い点が前に出て、激しさは陰に隠れていた。
そして、旗揚げに際しての軍議が開かれた。
「これから軍議を始める」
司会役となった薩摩国司、大下義弘が話しを進める。
「まずは勢力を計ろう。今、ここに居る兵は三百三十。同心すると返書を送って来た国司らの兵力は少なく見積もって四百。合わせて、七百三十だ」
大隅の国司、川崎尊徳が繋ぐ。
「太宰府の兵力は五百。それに筑前、筑後の和田殿の兵力は二百で計七百。ほぼ互角だ」
中西太郎が言う。
「太宰府の兵は精鋭。それに比べ我らの軍は寄せ集め。しかも実戦経験がほとんどない。現状では敵方が有利でしょう」
ここで、帆太郎が発言した。
「今ここにいない肥前、肥後、豊前、豊後の勢と早急に合流し、少し時間を掛けて演習を行うがよろしいと思います」
「おう」
「それはある」
一同は讃岐宮の側に控える若武者の意見に感心した。
「失礼だが、貴方はどなた」
日向の仰木彬光が尋ねる。
「失礼しました。私は坂東の風花太郎平光明の一子、平帆太郎明明と申す若輩者です。どうぞ、お見知りおきを」
「坂東の平氏とは、鯨退治、海賊退治の平氏か」
仰木が聞く。
「それは、祖父高富のことでございます」
帆太郎は答えた。ここで、讃岐宮が口を開く。
「これなる帆太郎は父をその異母弟に殺され、この隠れ里の森に入ったという、不憫な者じゃ。余に境遇が似ておる。どうか若輩者と侮らず、意見を聞いてやって欲しい。なにせ、彼の師匠はかつて都一の俊英と呼ばれた無輪先生だからの」
「ほう」
「これは侮れず」
国司たちから感嘆の声があがる。宮のこの一言で帆太郎の評価は格段に上がった。
「では、近々にここを立ち、北の者と合流しよう」
と大下義弘が座を纏めた。出立は明後日となった。
「ところで先鋒は誰にいたそう」
「戦経験の豊富なものがよいな」
「しかし、熊襲の乱以降、鎮西に戦なし」
「ならばうってつけのものがいる」
讃岐宮が言った。
「大斧大吉、前に出よ」
「お、おらか」
「なあ、大斧。其方は平太郎光明の家臣として多くの戦を体験しておるな」
「ああ、戦は幾つかやったぞ。最後は負け戦だったがのう」
「どうじゃ、皆の者。無官なれどこの大斧。戦の手練じゃ。先鋒に相応しくないか」
「はあ」
芳しくない雰囲気。
「では、実技を見せてやれ」
讃岐宮は命じた。
「じゃあ、おらやるだ」
そう言って大吉は馬上の人となると馬を見事に操った。
「次は小斧投げだ。あの木に刺さるぞ」
大吉は腰に佩いた小斧を取り出し素早く投げた。小斧は見事に指定した木に突き刺さった。
「最後は大斧だあ」
大吉は一本の巨木に向かって駆けた。そして、
「おりゃあ」
と雄叫びを上げて大斧を振った。駆け抜けた大吉の後ろで、巨木が『ズドーン』と倒れた。
声も出ない。一同。
「どうじゃ。この者の力と技は」
讃岐宮が問うと、
「恐ろしい力でございます」
「いやいや、あの小斧を投げる正確さ」
「馬の遣い手としても一流」
皆、絶賛した。
「これで先鋒は決まりですな」
大下義弘が言う。
「うぬ、大斧大吉、其方を先鋒とする」
讃岐宮が声高々に命じた。
「謹んでお受けするだ」
大吉は畏まった。
北鎮西に上る前日、おときと無輪は讃岐宮の為に幟を作っていた。おときが布を縫い、無輪が宮の御印『忍冬(すいかずら)』を描いた。
翌日、ついに讃岐宮軍が出陣する事になった。
「ものども出撃だど」
大斧大吉の一声の元、三百三十の兵が森を出る。目的地は太宰府のある筑前国に近い豊後国である。ここで北鎮西の部隊と合流。勢場ヶ原で軍事訓練を行う予定である。
先鋒を行く大斧大吉の元に海賊、難破時化丸の部下である烏賊蔵が現れた。
「太宰府と戦する事、主に申し伝えました」
「そうかあ」
「その際は、海上からお手伝いする由にございます」
「そりゃあ、助かるなあ。何隻くらいで来るだ」
「二十隻でございます」
「そりゃあ、いいだな」
「では失礼します」
烏賊蔵は消えた。大吉はその事を、薩摩国司大下義弘に伝えた。大下は、
「大斧殿、いや帆太郎殿は海賊までも味方に付けているのか」
と絶句した。
やがて軍は豊後に着き、かねてより同心していた肥前国司の豊田時泰、肥後国司の高倉照之、豊前国司の関口清次、豊後国司の稲尾和豊、豊後の豪族、玉造次郎と合流した。
「みな来てくれたか。ありがとう」
と言って、讃岐宮はまたまた泣いた。
「先の謀略が露見し、太宰府を逃走したのが十ヶ月前。余には十名の家臣しか居らず、あろう事か皆恐らく死んでしまった。それが今は七百余名の勢力になった。これも皆鎮西の諸君の厚情の賜物。こうなったら太宰府との戦に勝利し、約束であった年貢の引き下げを実行しよう。さあ、その為の実戦訓練に励んでくれ」
訓練が始まった。指揮を取るのは帆太郎である。なぜなら大吉が「おらあ、斧しか使えねえ、無輪先生に武芸を教わった、帆太郎様が相応しいだ」
と推薦し、国司、豪族達の承諾を得たからだった。
「まず、組分けをする。自分が器用だと思う者は手を挙げてくれ」
全体の五分の一ほどが挙手した。
「お主らには弓を教える。では恐れを知らぬ者は手を挙げてくれ」
今度も五分の一が挙手した。
「お主らには馬を教える。残りの者は槍と剣を教える」
兵達がざわついた。彼らの殆どが農民の次男坊、三男坊で、戦の仕方など、知らない者であった。
「さて、どのように教えようか」
帆九郎が考えていると遠方から突然、一人の騎馬武者が現れた。敵の先触れかと思って誰もが身構えた瞬間。
「大斧、大斧じゃないか」
先陣にいた大吉に声を掛ける。
「大輔、梅田大輔ではないかあ」
大吉が叫ぶ。あの梅田大輔がついに帆太郎一行を見つけたのである。
「大斧元気か」
大輔が言う。
「おらも、帆太郎様も元気だ」
大吉が答える。
「帆太郎様……帆太郎様がいらっしゃるのか」
興奮する大輔。
「どこじゃ、どこじゃ……あっ、あの若武者」
大輔は帆太郎に駆け寄り、下馬した。
「帆太郎様。あなたはご存知ないとおもいますが、私は光明様の家来、梅田大輔義輝と申します。何の陣かは分かりませんが、この端に御加え下さい」
と願い出た。
「大輔殿。私は父の家来に逢えてうれしい。ぜひ、この陣に加わってくれ。今、我らは都から落ち延びられた、讃岐宮様をお助けして太宰府を攻める準備をしている。ところで大輔殿は弓と馬どちらが得意だ?」
再会の感動もそこそこに帆太郎は尋ねた。
「大輔殿はおやめ下さい。大輔と呼び捨ててくだされ」
大輔が言う。
「わかった、大輔。して其方は馬と弓どちらが得意だ?」
「敢えて言うなら馬かと」
「ではこの者達に馬を教えてくれ。時間はない。早急に取りかかってくれ」
「ははあ」
大輔は早速、馬の稽古を始めた。次いで帆太郎は、
「小吉。お主には弓を教えて貰おう」
「はい」
小吉は弓隊を指揮した。
「槍と剣は私が教える。国司や豪族のみなさんは無輪先生に『孫氏』を習って下され。聞きかじりで結構でございます。兵卒を指揮出来るようになればいい」
無輪は讃岐宮の軍師として参陣していたのである。本人は強く遠慮したが讃岐宮がどうしてもというので、やむなくついてきたものである。
「さて、剣を教えると言っても斧が沢山有るでもなし、そうだ皆の者、あの竹林に行って背丈の長い竹を切って参れ」
帆太郎はそう命じた。兵達が竹を切って戻って来る。
「各々、その竹を上から振り下ろしたり突いたりしてみよ。前後にぶつからぬように注意してな。ここで怪我をされたら何にもならぬ」
兵士達は言われた通りやってみた。だが重心がうまく取れなくて振り下ろせない。突くにしても竹は案外重くて上手に出来ない。みな苦労していた。その中に一人僧兵姿の大男が居て「エイ」「ヤアー」と見事に遣って退けていた。思わず駆け寄る帆太郎。
「お主、名前は」
「木偶坊乞慶(でくのぼう・こっけい)」
男は名乗った。
「僧籍のものか」
「はい。元は比叡山に居ましたが、小狡い悪僧を殴り殺し、自分が悪僧となって山を追放されました。しかし、拙僧は悪い事などしておりません。正しいと思って殴り殺したのです。その後、この鎮西に流れ着き、隠れ里にいた所、讃岐宮ご出陣と聞き、ついて来ましたがこの稚拙な教練。笑いながら遣っておりましたわ」
わはは、と不適に笑う乞慶。
「そうか、稚拙だったか。とっさに考えた演習方法だったからな。それより、お主のような傑物を見いだせなかった事、許せよ」
帆九郎は雑言に怒りもせず、自らの非力を詫びた。
「いやいや、何も知らない素人衆に剣を教えるのには効果的な演習。稚拙とは言い過ぎました。お許しを」
「ところで、私はお主を大変に気に入ってしまった。私の幕下に入らぬか」
「それは、この戦を見届けてから決めさせて頂きましょう。今は貴方様の度量が拙僧を上回るか、下なのか分かり申さん」
「分かった。それでいい」
帆太郎はそう言って他の兵の所に移った。
日が暮れて。
「今日の教練はお仕舞だあ。逃げ出してもいいがそれでは給金が出ないぞう」
大吉が言う。兵は皆くたくただ。今、太宰府軍が攻めて来たら讃岐宮軍は大負けするだろう。しかし、来なかった。
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