好き、嫌い、好きの法則

 しろい竜が怯え驚いて後ずさるのが可笑しかった。私はそこにいた人間の女よりも小さな身体をつくったのに、初めて出会う同胞はなにをこんなに怖れているのか。

 リディア。女がしろい竜を向いて言う。なるほど、ここの女は皆、竜に女性の名前を付けるらしい。

「リディア。似合っているじゃないか」

 私は親愛の情を込めて笑う。だがリディアは、大きく一歩退いた。柱が一本蹴り倒されて天井が傾ぐ。しろい竜は翼を打った。羽ばたく動きと頭と首、尾を振って柱を薙ぎ天井を突き破って、リディアは宙に浮く。女の悲鳴が聞こえた。

「私は同胞に会うのが初めてだ。リディア、君はどうだ」

 リディアは睨むばかりで私には答えない。知り合いであろう人間の女が死のうが死ぬまいが興味も無いふうだ。代わりに天井から庇ってやったのに、竜も女も私を怯えた眼で見るだけだった。

「なにか言ってくれ。私達は同胞だろう」

 リディアは吠える。空気がびりびり震え、女は声も出せずに震え上がって縮こまった。

「貴様は汚れている。同胞ではない」

 リディアはしろく、私がくろいからだろうか。人間を介した魔術粒子は汚れていると、そう言うのか。

「君は花占いを知っているか」

 清廉だと信じている竜は答えない。まあどうせ知りっこない。私だって知らなかったのだ。オフィーリアから聞き出すまで。

「花から花びらを一枚ずつ取る占いだ。一枚ごと、交互に是と非を繰り返す。最後の一枚を取ったときのそれが結果となる」

 ついさっきのことだ。床に座り込むオフィーリアの周りに花が散乱していた。花びらの一枚もついていない茎と、数え切れない花びら。私は彼女の真剣な背をずっと見ていた。私はここにいるのに、召喚しなければ私の存在を確認することもできない人間に話しかけることもできないまま、聞きたいことを山と積み上げて、昨晩貰ったばかりの名前を――オフィーリアが私に与えた名前を、彼女がささやくのを、召喚されるまでずっと見ていた。

「馬鹿馬鹿しいだろう。数を数えれば花びらなど取らなくとも結果を得られる。望む結果を得ることもできる。だが、人間の女というものはそんなもので好意を確かめるのだ」

 リディアは訝しげだ。私の言うことが理解できないらしい。

 オフィーリアが私の名前をささやいていたのを、私は記憶の中で再現する。だがあの甘美さは彼女自身でなければ出し得ない。すき、きらい、すき、きらい、すき。・・・・・・すき。きらいにならないように法則をねじ曲げて、花びらを取る人間の女の背中。

 彼女を通過した魔術粒子が、汚れていようはずがない。

 私は花びらを形づくる。オフィーリアが摘んできたのと同じ花の花びら。リディアの眼の、まさしくその前に、一枚、一枚、一枚、一枚。すき、きらい、すき、きらい。

 嫌い? 更に縮こまっていた女が呟く。リディアはその声に気がついたらしい。彼女を向いた、そのとき、私の四枚目の花びらが床に着く。


151206

第74回フリーワンライに参加したもの。

お題:好き、嫌い、好きの法則

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