死んで、いなくなるまで待って
まだ昼前の食堂に人影はまばらだ。ディアネイラはキオネを連れて通りがかりに中を見たが、準備に追われる食事係が忙しなく行き交っているだけだった。その内の一人がこちらに気付いて立ち止まり、頭を下げる。ディアネイラは労いの意味を込めて手を振った。影のようにひたり、後ろに立っていたキオネが食事係の視界から音も無く身を隠す。
この施設を維持するのも骨が折れる。ディアネイラは再び歩き出しながら――食堂の二階から下りてきて、入り口前を通り過ぎ、母屋である建物の四隅に引っ付く塔へ繋がる屋根付きの屋外通路へ――後ろ手にキオネを手招きした。数歩離れて影を形にしたような女がひたひた、付いてくる感覚がある。通路に人影はない。早く通り過ぎたいが、屋外に出なければ伝言を受け取ることはできない。かつこつ、鼓動と共に速まる自らの足音に急かされる。後ろの女の、衣擦れだけの足音は急ぎもしないのに遠のきも近づきもしない。上着の内ポケットから筒を取り出す。内張もないぺらぺらの上着は紅い布越しにぽつぽつ向こう側が見えるほどだ。筒のひんやりと、つるつるしながら固い感触と、筒の先から垂れる数珠つなぎの石のじゃらじゃらした頼りなさが、ディアネイラには扱いづらくて嫌いだった。赤、青、透明、黄色。菱形に切り出された石は魔術で互いにくっついている。火と空と風と光。”天界”とかいう連中が、地上の人間に対してそれらの魔術を使用するにあたって設けた制限の許可証。魔術の源である魔術粒子を詰めた筒に付けて魔術師としての身分を明らかにするのが一般的だ。
ディアネイラは筒を振った。人差し指と親指で作った輪よりも細身の筒は、女の掌を横にした幅の二つ程度の長さだ。昨晩のうちになみなみと満たされた筒の中はきらきらと銀色にきらめいている。石を四つ集められる程度の魔術師は、筒を通して簡単な伝言を伝えることができる。銀色の中に言葉が浮かんでは消える。『まだだ』。
まだ。ディアネイラは頭が熱くなるのを感じた。筒をポケットへ突っ込んで、塔へ駆け込む。入ってみて振り返れば、また何事もなくキオネは黒い上着にフードを被って、ひたり立っている。
「いつまで待てばいい?」
キオネの声は単調だが、幼い少女のような声をしている。ディアネイラの答えはいつも『まだだ』。筒がそう言うから。
「死んで、いなくなるまで」
キオネは深々と、慇懃に頭を下げた。彼女が待ちに待っていた言葉だ。ディアネイラも待っていた。だが、もう待っていられないのだ。そもそも遅すぎた。もう起こってしまったのだから――オフィーリアが竜を召喚したらしい。
151128
第73回フリーワンライ自主練
お題:○○になるまで待って(○○は自由)
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