見初め祭

夏氷

見初め祭

 古い石造りの鳥居をくぐると、そこは、空まで続きそうな長い長い石段。


 地元では百段階段と呼ばれているが、実際は数える度段数が違う。


ってのは地元の都市伝説的噂話だけど、鬱蒼うっそうと茂る木々と石の隙間にびっしりと生えた苔の感じが如何にもで……。


 その忘れ去られた神社は、人を寄せ付けないだけの充分な雰囲気を醸し出していた。


 何故突然そんな事を思い出したのか……。






逢初あいぞめ神社」


 私がそう呟くと、


「へぇ、コレってそう読むんだ」


と、彼が言った。


「そう言えば、うちの地元にも同じ名前の神社、あったな」


 今度は彼女がそう言って朱い鳥居を見上げた。


「どこにでもあるのかな?俺んちの近所にもあった気がする」


 彼はそう言うと、鳥居をくぐり石段をトントンと軽快に駆け上がる。


「無理すんなよ。コケるぞっ」


 もう一人の彼がそう叫んだ時、突然蝉の鳴き声が五月蝿うるさい程大きくなった。






「浴衣着たいーっ」


 新しい浴衣を買ってもらった日。


 深い藍色に朝顔柄の浴衣を買ってもらったあの日。


 私はお祭りでもないのに、どうしても浴衣が着たいと母にせがんだ。


「少しだけよ」と着せてくれた母の目を盗み、靴箱の中から下駄を引っ張り出す。


 お祭の日まで待てなかった。


 慣れない下駄でカラコロと道を歩き、あの神社の近くまで来た時、上の方から微かに祭り囃子ばやしが聞こえた気がした。


 私はそれに誘われるように鳥居をくぐると、何の躊躇ためらいもなく百段階段を昇って行った。


 子供が下駄で昇るにはかなり足元が危ないが、その時の私に迷いはなかった。


 石段を昇りきると、そこには沢山の屋台が並んでいた。


 狛犬の横には大きな松明たいまつが燃え盛り、奥の舞台では薪能たきぎのうが行われている。


 この神社、こんなに広かったっけ?


 小さな私は目を丸くしたまま、ちょこちょこと進み、近くの屋台を覗き込んだ。


「よう、嬢ちゃん。やってくかい?」


 そう言って話し掛けてきたのは赤鬼だった。


「わーっ」と叫びそうになって、慌てて口を塞ぐ。


「だい……じょ…ぶです」


 それだけ言って一目散に屋台から逃げ出した。


 よく見れば、客は人のようだが屋台を開いて居るのは異様な姿のモノばかり。


 急いで戻ろうとしたが、元来た道が見当たらない。


「……どうしよう」


「キミ、人の子?」


 その時私に話し掛けてきたのは、白い浴衣姿の同い年位の男の子だった。


 綺麗な金色の髪をしたその子は、おもむろに私の手を握ると、


「ボク、キミにするよ」


と言って笑った。


 全く意味は分からなかったが、彼に悪意が無い事だけは分かった。


 彼は私に焼きそばを買ってくれた。


 リンゴ飴も買ってくれた。


 いつの間にか鬼も怖くはなくなっていた。


 私は彼と遊んだ。

 時間を忘れてしまうほど永く永く遊んでいたような気がした。


 ふと我に返った時、辺りは既に真っ暗で、


「もう、帰らなくちゃ」


と呟いた私に、彼が右手の人差し指を差し出した。


「指、血が出てる」


「いいんだ」


 彼はそう言うと、自分の指から出ている血を私の唇にそっと押し当てた。


 口紅をさすように、ゆっくりと輪郭を撫で、


「舐めて」


と促す。


 私は言われるがまま、彼の血の付いた唇を舌でペロリと舐めとった。


「少しの間お別れだ。迎えに行くよ」






 嗚呼、そうだった。

 ようやく……思い出した。





「おーい!みんなも上がって来いよ。すっげー涼しい」


 彼が石段の中腹辺りからそう叫んでいる。


「どうする?」


「行く?」


 彼と彼女はそう言うと、ゆっくりと石段を昇り始めた。


 彼らの背中を見つめながら、私もまた石段を昇り始める。


 この上には、何があるのか?


 そんなの答えは決まってる。


「只の神社よね」


「違うよ」


 一瞬にして木の葉が舞った。


 気が付けば友人達の姿は無く、私は一人、石段の一番上に立っていた。


「ごめん。ちょっと術が効き過ぎたみたい。もう少し早く思い出すはずだったのに」


 私の前には、綺麗な金色の髪の男性が立っていた。


「……狐白こはく?」


「そう。ボクは狐白、キミは美月みづき。迎えに来たよ」


 そう言って差し出された手に、私はそっと自分の手を重ねた。


 あの祭りは、狐達が伴侶を探す為に開く、10年に1度の大祭。


『逢初神社』


 其処はそう言う場所。


 私はそこで彼に見初められ、私はそこで彼に魅せられた。


 あの日私は、神隠しに遭っていた。


 1週間後に発見された時、私はその間の記憶を一切無くしていた。


 だけど、




「キミにするよ」




 彼がそう言った瞬間から、私の運命は決まっていた。






 私は今日、2度目の神隠しに遭う。






 もう二度と、戻る事はない。





by KAORI (aoicocoro)

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