すばらしき新世界に

哲学徒

第1話 この時代における平凡な人生

 筧隆二は商社に勤めるごく平凡なサラリーマンであり、平凡な恋愛をし平凡に結婚した。妻が子供を欲しがるのでひとまず役所に行った。

 「まずは出産センターに行って不妊検査をして下さい。検査結果を渡されるのでその書類を持ってまたここに来てください。」

 出産課の役人はテキストを一字一句読み上げるようにしゃべった。

 「出産も一大事なんだな。」

 出産センターへと向かう車の中で隆二がそうつぶやくと妻に肘でつつかれた。

 「あなたもこれから父親になるんだから自覚を持ちなさい。」

 「分かってるよ。」

 自動運転車は安全運転で二人を出産センターまで運んだ。

 「不妊検査なんですが」

 「番号カードを提示してください。」

 二人は国民番号カードをいそいそと取り出した。受付係はそこに刻んであるバーコードを読み取り機にかざした。

 「筧隆二さんは二番の作業室、中田光さんは四番の検査室へどうぞ。」

 作業室とはなんのことだろう?疑問はすぐに解消された。要は精子を採取する部屋のことだ。トイレぐらいのスペースに座り心地が悪そうな椅子が置いてあり、テレビではくだらないAVが流れていて、チャンネルを変えるとゲイポルノが流れた。テレビの下は小さな雑誌用本棚になっていて、それぞれ異性愛者、同性愛者、小児愛者、二次元愛好者、機械性愛者・・・などさまざまな性的指向に対応した雑誌が置いてあった。隆二はテレビのチャンネルを異性愛者用のものに戻し、作業を行った。

 検査の結果二人ともに異常なしで、妻はたいそう喜んだ。今回提供された精子と卵子はひとまず出産センターで管理されたあと、役所から許可書を持ってくるとすぐに出産センターへ送られるようだ。

 「役所がいちいち間にあるのが面倒だね。」

 「昔はこれよりずっと苦労したのよ!フェミニストの方々が努力したからこそ出産が苦痛から解放されたのよ!」

 「はいはい」

 その後二人は許可書を出産センターに届け、晴れて子供をもつことになった。

 「今日は妊娠パーティよ!」

 「そうだな・・・」

 パーティの買い物に躍起になっている妻を横目で眺めつつ、隆二はどこか腑に落ちない気持ちだった。自分は父親になるのだ、何度もそう自分に言い聞かせたがどうも実感がない。

 「俺は父親になれるんだろうか?」

 「なれるわよ。いい父親に。」

 いい父親悪い父親以前に俺は父親としての実感を持てるのだろうか?持てないとしたらそれは父親になったとはいえないんじゃないんだろうか。そう自問自答していた隆二だったが、とても嬉しそうにはしゃぐ妻を眺めていると大丈夫だろうという気持ちになった。




 

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