血の色の靴

 カレンは両足につけた木の義足をゴトゴトさせ、礼拝堂のなかへ入っていきました。肘にかけたバケツの中の水がばしゃばしゃと揺れます。杖を近くに立て掛け、はいつくばるように、カレンは床の拭き掃除を始めました。皆靴であがるので、修道服の裾はすぐ泥だらけになります。なんだか惨めな気分になりましたが、カレンは文句をいいませんでした。これは自業自得なのですから。

 赤い靴を買ってもらった時のことを、今日もまた思い出してしまいました。裕福とは言えないお婆さんが、カレンのために買ってくれた靴を、カレンはすっかり気に入ってしまったのです。それこそ、大好きなお婆ちゃんのお葬式にもはいていくほど。

 しかしそれが神の怒りに触れたのです。悲しみを表す黒い靴ではなく、明るい赤い靴をはいた事が。靴が勝手に動きだし、少女は嫌でも踊り続け、歩き続けなければならなくなったのです。首切役人が両足を切り取ってくれなければ、カレンは餓死するか、疲れて死ぬまで歩き続けるハメになったでしょう。

 そしてカレンはこの修道院に身を寄せることになったのです。

 自分は幸運なのだ、とカレンは自分に言い聞かせました。命が助かっただけではなく、神様が罰を与えてくれたおかげで過ちを正すことができたのですから。

 ふと視線を感じ、少女は入り口の方へ顔をむけました。仲間の修道女二人、こちらをうかがっています。視線が合うと、二人は慌てて視線をそらせました。

 カレンは人を殺している。そんな噂が流れているのはカレンも知っていました。もちろんそんな事をしていません。でもその噂が流れ始めてから、周り目が冷たくなっていくのも感じていました。前に杖を頼りに修道院の外へでたら石を投げられたこともあります。人殺しを養うことになるのは嫌なのでしょう、最近寄付が少なくなっているらしく、院長がぼやいているのを聞いたこともあります。ひょっとしたら、近々ここをでて行かなくてはならなくなるかもしれません。そうなったらどうやって生きていったらいいのでしょう。

 カレンはぽろぽろと涙をこぼしました。

(きっとこれは私の罰なのでしょう。私はひどい事をしたのですから)

 でも、誰がそんなひどい噂を流しているのでしょう。


 修道院から離れた街で、男はパンパンと手を叩きました。

「さあよってらっしゃい、見てらっしゃい!」

 見せ物小屋には長い列ができています。

「人を殺した女がその罰で神に呪われた! おぞましくも踊り続ける女の足!」

 元首切役人は大声を張り上げました。

 あの時切り取られても少女の足はしぶとく歩き続け、どこかへ行こうとしていました。それをとっさに捕まえたのはなぜか、男は自分でも分かりませんでした。でも、そのおかげでこうやってお大儲けできるのです。

 もっとも、足を切られたショックで半分気を失っていた女は、自分の足が捕まったことを知らないでしょうが。

 もちろん、カレンが人なんか殺していないのは彼も知っていました。しかし、ショッキングな方がウケがいいのです。カレンに影響が出たとしても、彼にとっては知ったことではありません。

(神に感謝しなければ)

 元首切役人はほくそ笑みます。

(あの女に感謝しなければ。アイツの不幸と過ちで自分はなんの苦労もなく贅沢ができるのだから)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

毒童話をどうぞ 三塚章 @mituduka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ