運のいい奴、悪い奴

 キリギリスは、雪の上をトボトボと歩いていました。アリの巣に食べ物をもらいに行ったのですが、散々冷たい言葉を浴びせられて追い出されてしまったのです。

『キリギリスさん、夏の間歌っていたのなら、冬には踊っていればいいでしょう』

『まったく、私達が一生懸命働いて蓄えた食糧を、何もしないで分けてもらおうなんてずうずうしい!』

『こつこつ努力すれば困ったことにはならないのに!』

 もっとも、アリ達が怒るのも無理はないのです。彼らが小麦の粒を必死に運んでいる間、キリギリスはさんざん歌を歌い、仕事の邪魔をしていたのですから。それどころではありません。アリがため込んだ麦を盗み出して、こっそり店で酒と交換したりもしたのです。

 雪の冷たさで感覚がなくなった足は重たく、キリギリスは小さな石につまずきました。

踏み留まろうとしましたが、その力はありません。倒れた先は下り坂になっていて、キリギリスはそのまま転がり落ちて行きました。

 坂の先は細い縦穴に続いていました。落っこちたキリギリスは、自分が地下の大きな穴の中にいる事に気づきました。そこは外の寒さが嘘のように暖かく、体の凍えが取れていきます。

 暗闇に目が慣れると、もこもことした山のような物が目の前にあるのに気がつきました。それが体を揺すると、地面まで小さく揺れます。

「誰だい?」

 巨大な毛玉の正体に気づいた時、キリギリスはもう少しで心臓が止まる所でした。話し掛けて来たのは、一頭のクマだったのです。

「い、いえ、あの、起こしてしまいましたか」

 おどおどと言うキリギリスに、クマは疲れたように笑いました。

「いや、起きていたよ。冬眠しないといけないのに、眠れないんだ」

 とりあえず、すぐ踏み潰されたりはしないようです。キリギリスは少し安心しました。

「キリギリス君、悪いけど、眠れるまで何か歌ってくれないか。お礼だったらほら、あそこにあるし、ここが気に入ったならずっとここにいていいから」

 クマが示した所を見て、キリギリスは目を疑いました。そこにはクマが冬眠用のベッドに用意していた草のあまりが山積みになっていたのです。クマにとっては枕にもならない量ですが、体の小さなキリギリスにとっては一年たっても食べきれないほどです。クマの食べ残したブドウやドングリ、魚の肉もありました。

 しかも、クマの体温で暖かいここにいれば凍死する事もありません。少し歌うだけで食べ物と部屋が手に入るなんて、なんて運がいいのでしょう!

 キリギリスは喜んで歌い始めました。


 それから数十日後、穴の中でかさこそという音を聞き、キリギリスは歌を止めました。クマはキリギリスの歌でぐっすり眠っています。

「いた! キリギリス君!」

 穴から降りて来たのはアリでした。

「ここを通ったら、キリギリス君の歌が聞こえたから」

 キリギリスは、アリの姿を見てびっくりしました。アリは、やせ細っていたのです。アリは、物欲し気に隅につまれた食べ物を見つめました。

「申し訳ないけど、少し食べ物を分けてくれないか」

「いや、でもあんた達は麦を蓄えていたはずじゃ……」

「麦の中に、毒のカビを持っている物があったんだ! 蓄めていた麦はほとんど全滅だ! その毒のせいで仲間もどんどん…… 頼む、少し食べ物を……」

 キリギリスの頭に、今までかけられた言葉がよぎりました。

『夏の間歌っていたのなら、冬には踊っていればいいでしょう』

『まったく、私達が一生懸命働いて蓄えた食糧を、何もしないで分けてもらおうなんてずうずうしい!』

 キリギリスはニヤリと笑いました。

「こつこつ努力すれば困ったことにはならないんだろ? これからまた、努力すればいいじゃないか」

 そう言い放って、キリギリスはアリを追い出しました。


 冬の間、暖かく暮らしたキリギリスは、春になってアリの巣をのぞいてみました。しかし、アリさんは全滅していたんですって。


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