月まで届け、不死の煙

窓の外をのぞいても、今まで暮らしてきた竹取の翁の家はもう見えません。夜空をすべる輿の中で、かぐや姫は脇息(きょうそく:肘掛けのこと)にもたれかかりました。

「それで、かぐや様。うまくいきましたか?」

 一緒に輿に乗っていた従者が心配そうに声をかけてきます。

 かぐや姫は、つまらなそうに極彩の着物の袖から光る宝玉を取り出しました。それは、なんと美しい玉だったのでしょう。内に蒼い炎が揺らめいている水晶の玉です。かすかに触れたただけで、蒼い光が水面のように揺らめいて輿の中の影をゆるゆると躍らせました。

「石作皇子、仏の御鉢」

 お手玉をするように、かぐや姫は玉を放り投げました。まるで輿の中に水が満たされているように、玉は落ちずにゆっくりと弧を描きながら宙に漂います。

 月の姫は、もう一つ蒼い宝玉を取り出しました。

「車持皇子、蓬莱山の玉の枝」

 投げられた新たな宝玉は、一つ目を追うように宙に舞い上がりました。

「右大臣阿部御主人、火鼠の皮衣。この三人は、偽物を私に見抜かれ、嗤い者に。そして、自ら命を絶ちました」

 かぐや姫は伸びをするように体を軽く仰け反らせました。漆黒の滝のように背を流れる黒髪の間から、さらに黒々とした羽が細かく振るえながら現われました。鳥ではなく、コウモリのように骨と皮でできた羽です。

 姫の手遊びは続きます。投げられた玉は中空を漂いつづけ、慕うようにかぐや姫の傍を離れません。

「大納言大伴御行、龍の首の珠。龍の探す旅で傷を追い、それが原因で命を落としました」

 もはや宝玉の輝きで、輿の中はまばゆいほどです。

「中納言右上麻呂、燕の子安貝。崖から落ちて絶命……」

「五人、ですか。二人足りませんね」

 付き人は、かすかに顔をしかめました。

「しかし、かぐや様のお父上もひどい事を考えつかれる。あなたは、確かに月で罪を犯した。でも、だからといって地上に十数年も流刑とは」

「しかも地上にいる間、私を慕う人間七人の命を、直接手をくださずに奪わなければ、私は極刑……」

「今、あなた様が持っている魂は五つ……二人足りませんね」

 悲しげな顔をして、従者はかぐや姫を見つめました。人間達が魔物と呼ぶ一族の姫君を。


 駿河の国にある、日ノ本で一番高い山。その頂上に、竹取の翁と媼(おうな:お婆さん)はいました。帝の家来におぶさり、ここまで運んで来てもらったのでした。

「さあ、ここがこの国で一番月に近い場所」

 翁と媼は、晴れた夜空を見上げました。分厚い氷のように、冷たく、清らかな満月が白銀の光を放っています。かぐや姫の故郷が。

「これを。早く燃やしてしまいましょう」

 媼が、小さいツボを取り出しました。

「ああ、そうしよう。かぐやがいない今、こんな物になんの意味があるだろう」

 帝の家来が用意してくれた小さな焚き火に、媼はツボの中身をさらさらとこぼしました。

「あの、竹取の翁殿」

 帝の家来が少し緊張した声で訊ねました。

「そのツボの中身はなんなのだ? 翁殿は、道中何度尋ねても教えてはくれなかった」

「薬じゃよ。かぐやが月に帰るとき、自分を育ててくれたお礼にとくれた不死の薬」

「なんと……!」

 小さな焚き火からは、まるで絹糸のように細い煙が立ち昇り始めました。煙は高く高く雲間まで伸びていきます。はるか月にいるはずのかぐや姫に馳せた、翁と媼の思いを辿るように。

(かぐや……)

 閉じた翁のまぶたから、涙がこぼれ落ちました。

(かぐやや。年寄りの知識を侮ってはいけないよ。お前は何も言わなかったが、お前の正体は知っていたさ。魔物が罪を犯すと地上へ落とされるという言い伝えは本当だった。おそらく、許されるには七人の人間の魂が必要だという言い伝えも本当だろう。この火が消えたら、ばばと一緒にあの世へ向かおう。方法はいくらでもある。お前を殺させてなるものか。お前はかわいい私達の孫娘。かぐや……)


*竹取物語原作について

 かぐや姫が地上に来たのは、月で罪を犯したため。(具体的な罪状不明)大罪ではあるが情状酌量の余地があったらしく、刑がひどくなりすぎないよう、優しい竹取の翁のもとに選んで落とされた。月に帰る場面ではかぐや姫は和歌のやり取りをしていた帝に不死の薬を渡してから、地上での出来事を全て忘れる羽衣をまとい帰っている。失意の帝は、不死の薬を日本で一番高い山で焼き捨てた。それが富士山(不死山)の語源だとか。なお、この小説のタイトルは東方のシューティングゲームのBGMからいただきました。あまりにもぴったりだったので……



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