生に至る病

@somnus_meus

第1話


 おはよう。

 ―――おはよう。

 誰のものかは分からない声が頭の中で響き、頭蓋骨にこもるように反響した。

 不意に目が覚めて、清潔感のある白い毛布に包まれている自分に気付く。むくりとベッドから起き上がり、周囲を窺った。太陽が窓ガラス越しに、部屋の隅々まで優しい朝を告げている。

 そこは病室で、カーテンに仕切られたベッドが二つ。仕切られていない無人のベッドが一つ。そして私のいるベッドの合計四つのベッドで一つの部屋を共有していた。

 静かな匂いがそっと漂う木造のその部屋は、宗教的な絵画で装飾された壁と天井、小ぎれいな調度品などに囲まれていて、私の知る普通の病院とは全く別のもの。私が知るどの部屋とも違う、静謐の世界そのものだった。

 少しの間、ベッドの上で自分の周りに漂う静寂を楽しんで、私は再び部屋を見回した。どんな小物一つとっても見覚えのあるものは無い。

――私、何処に来ちゃったんだろう

 言葉にしてみても、しんとした空気は返事をしない。ただ、言葉がぐるぐると頭蓋の中を跳ね回るだけだ。

 まるでその日から私の人生が始まったかのような、不思議な朝だった。


 ◇


 初めは何も分からなかった。

その日の午前に家族が私のいる部屋を訪れた。訪れた女性と小さな子が私の家族だと、老いた看護師が教えてくれた。

若々しく目鼻立ちの整った母親に、長い黒髪を揺らす小さな妹。私の家族。

「具合はどう?」

 母親が柔和な表情で、静かに聞いてきた。

 やはり、私は入院しているようだ。しかし、ベッドに座っているだけの私に体調の良し悪しはいまいち判別しがたかった。少なくとも今は気分が悪いわけではない。私は小首を傾げ、くぐもった声で曖昧な返答をした。

 私の反応は思ったよりも良いものだったようで、わぁ、と小さな歓声を妹があげた。

「お姉ちゃんお姉ちゃん、今日は何の日? 当ててみて!」

 妹がくりくりとした目を向けて、私に問いかける。透明なガラス細工のような純粋さがその小さな体から発せられる言葉に染み込んでいるようで、私はそれが壊れないように不器用な微笑みを彼女に返した。

「お姉ちゃんの誕生日!」

 待ちきれないという表情で妹が答えを口にだし、後ろ手に隠していた箱を私の手に押し付けてくる。

「誕生日おめでとう、お姉ちゃん!」

「おめでとう」

 妹と母親がにこにこと私を見つめる。戸惑いを隠せない私はどんな表情をしていただろう。何の冗談なのだろうか。昨日までの記憶もなく、まるで今日という日から初めてこの世界に存在しているような感覚の中で、私はこう告げられたのだ。誕生日おめでとう、と。

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