曖昧なもの

福蘭縁寿

好きの定義

 もう、するだけ無駄だ。する必要なんてない。好きという感情はあまりにも曖昧で、正しく定義なんて出来ない。今好きと思っても明日には薄れていたり、もしかしたら些細なことで嫌いという感情になっていることもありえるのだ。三日たったら、この気持ちはただの勘違いでした、なんて話も聞く。そんな感情は私には分からない。


 だいたい、この手の話は碌でもないものばかりだ。彼氏が浮気した、自分がした、ただの嫉妬の塊の話やらを、公共の場で長々としている人たちの気が知れない。そんなことを言っている時点で楽しいものではないと思う。まぁ、好きという感情が分からない私、岩倉優希には関係の無いことである。


「ねぇ、楓花。なんでこの人のことが好きだって分かるの?」

「そうだなぁ。一緒にいたいとかかな。優希はどう思ってるの?」

「そんなの分からないよ」


 分からないから聞いているのである。一緒にいたいと思ったら恋なのか? え、それだけ?


「そっかそっか。分からないのね。そんなんだと青春を楽しめないよー」

「恋愛だけが青春じゃないでしょ」


 それもそうかと楓花は笑った。


「好きって感情かぁ。聞かれると答えられないな。これだっていう決定的なものが

何も思いつかない」


 二人で考えても確実にこれだというものが思いつかない。


 この後、学校の授業が終わって一人で家まで帰るはずだったのだが、何か起こってしまうものだ。それは手を繋いで歩いている夏菜に会ったことで、声までかけられたという出来事である。


「おーい、優希。今帰り? 遅くない?」


 授業が終わったあと、一人で例のあの感情について考えてたなんてことは私的に絶対に言えない。


「え、まぁ、色々あってね」

「そう? 気をつけて帰るんだよ。明日ねー」


 こう言って夏菜は手を繋いだまま帰っていった。


 相手は彼氏だろう、違う学校だからと、毎日早く家を出て途中まで一緒に行って帰りまで合わせたりしているらしい。同じ高校生でも、私や楓花、夏菜で全く違うのだから面白い。そしてその三人が同じクラスで友達であるという事実もまたすごいことだ。


 夏菜に聞けばこの問題は解決するのだろうか。機会があれば聞いてみることにしょう。


 私はこの家までの長い道のりをそれについて考えながら行くことに決め、地下鉄に乗った。地下鉄はいつものように混んでいて、向かいの席の人なんかは見えない。目の前に立っている人で私の視界はいっぱいである。そして冬でも暑いと感じるほどの窮屈さである。そんなわけで考えると決めたものの、この状況では無理だと判断する。何個目かの駅でやっと人が多く降りていった。席は空いたが次の駅が私の降りる駅だ。そこでようやく気がついた。いつも同じにならない人が同じ車両に乗っていることに。名前は確か、山中涼賀。同じ教室で過ごしているにもかかわらず、曖昧なのは話したことの無い人だから。私が帰るときはなぜか一人も知っている人に会わないのに、珍しいこともあるものだなぁ。もうこの生活をして十数ヶ月経つけど初めてだ。いたところで、私には何にも関係ないのだけれど。


 私が地下鉄を降りるとき、山中君も降りた。同じ方向なのだろうか。ま、いっか。私はそのまま家に帰った。

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