3S・モラトリアム
本屋 雄人
第1話【入寮前】最高にして最悪な環境
【これは、大学生にもなれず、かといって高校生でもない、
モラトリアム期間を満喫することすら出来なかった1年間を過ごした、
少年たちの戦いと抵抗の物語である(誇張)】
2015年3月某日、俺は危機的状況に陥っていた。
というよりも、後に引くことの出来ない状況に陥っていた。
今は、高校3年生の3月。大学受験に挑んだ俺は、
志望校に一校も合格することができず、滑り止めで踏みとどまる事もできず、
見事、一時的に敗者へと身を投じることとなった。つまりは大学生になれず、
浪人生へとジョブチェンジしたのだ。サクラは咲かずに蕾のまま散ってしまった。
俺の周囲の友人の中にも浪人生になった奴は何人もいたが、落ち込んでいたと思ったら直ぐに立ち直り、高校の卒業旅行では某ネズミの国に遊びに行ってやがった。もちろん、俺も誘われたが即答で断りの返事をした。当然である。
決して、クラス内で浮いていたとか、そういう事が理由じゃない。本当だ。
大学受験に失敗しているくせに遊びに行くなんて、親に申し訳が立たないだろ?
今日はその代わりに、4月から新しく通うことになる予備校の見学に来ていた。『刑務所』とも揶揄される厳しいと有名な予備校のようで、周囲の環境に流されることの多い俺にとって、監視される生活がデフォルトで付いてくる予備校なんて最高としか言えない。俺の実家は埼玉で、この予備校に通うには2時間弱かかってしまうので、親に頼み込んで直営の寮にも入ろうと決めていた。
自分次第の面も当然多いが、これで合格できないなんてありえない。
大丈夫だ、問題ない。
ここまで散々意識が高い浪人生の心境みたいな物をつらつらと書き連ねて来たが、本音を言えば遊びたい。ギャルゲーをして嫁とイチャイチャしたり、MMORPGで友人とダンジョン潜ったり、一日中バスケしたり。
それに、まあ、多感なお年頃だし?女の子にも興味があるわけで…
「当予備校は、浪人生が最も勉強しやすい環境を作るために、様々な規則が存在します。携帯電話の使用禁止。髪の染色禁止。ピアス禁止。自習室での飲食、
並びに音楽再生機器の使用禁止などなど…。登校してからの予備校内だけでも、メインの規則は多く存在しています。生半可な気持ちではなかなか続かないものです。しかし、私どもの予備校に通っている生徒たちは皆が実践し、自分が目指す第一志望の大学合格に向けて勉強しています。君は…、ここで頑張れるかい?」
「んぁ?、あ、はい。大丈夫です」
予備校の1階フロアで、チューターからの説明を受けていた。
説明を聞いてはいたが、想定以上の厳しい縛りで頭が半分スリープ状態に入っていたようだ。おかげで返事が遅れてしまった。
ここは大手のS台やK合塾等とは厳しさが一線を隔していると再確認をした。
まあ、わざわざしたくもなかったけど。
環境的には申し分ない。願ったり叶ったりだ。365日、皆が同じ方向に向かって生活をし、受験勉強に励むことができるなんて、そうそう無いことだろう。
問題なのは、娯楽は存在しないから辛いってことだけど…
母親と俺の二人で、必要書類に記入を済まし、入塾料や入寮費等の振込み期日を確認して、今日は帰らしてもらうことにした。
「望月君、これから1年間、一緒に頑張っていこう!期待しているよ!」
そう最後に声を掛けられて、俺と母は予備校を後にした。
なんとも体育会系の人だ。暑苦しいのは大好きだ!
うん、そんなわけあるかい。
予備校を出て改めて思ったのは、スーツ姿の人の多さだ。ここは、東京の中でも一番と言っていいほどのビジネスの中心地なのだ。
こんな所で受験勉強をすることになるなんてな。このピリッとした空気は、さすがに背中が伸びるわ…
初めて来た土地ということもあってか、尚更だ。浪人生に対して、徹底的な娯楽の排除と、緊張感を持たせるようになっている。
なるほどなぁ、これなら確かに勉強できる。
少しばかり苦笑が漏れた。だけど、俺は受験勉強をする為にここまで来たんだ。後悔は、無い、と言えなくも無い気がしないでも無い。どっちだ。
本音を言ってしまえば、間違いなく辛い一年になるのは目に見えていた。
今まで、アニメやゲーム、漫画やネットが大好きだった俺が、1年間それらの一切を絶とうと言うのだから。きっと、この1年間が終わった時には世捨て人、
果ては浦島太郎状態になっていること間違いなしだ。
アニメはリアルタイムで見るのが一番楽しいし、法人特典が大量に付いたゲームを発売日に買って、開封してはニヤニヤするのは至福の時だ。ギャルゲーや乙女ゲーとも離れ、インターネットラジオも聴けない。
娯楽という娯楽から隔絶された予備校。
さすが、『刑務所』と呼ばれるだけのことはある。
ついさっきまで、ガンガン勉強する一年にするんだ!と、意気込んでいたはずが、早くも鬱々としてきたぞ…
《閑章》
予備校に入塾するまでの約1ヶ月間、息抜きもしつつ、勉強は続け、それと並行して俺はある事についてインターネット掲示板で調べていた。
それは『刑務所予備校で出来る息抜きについて』だ。
人間、365日ずーっと勉強だけに集中して、気を張り詰めて生活するなんて、少し考えれば不可能であることぐらい直ぐに分かる。俺は一体何を勘違いしていたんだろう。しかし、娯楽という娯楽が禁止されているここ刑務所予備校で、
俺たちにできる『遊び』は存在するのか?このインターネット社会だ。
すぐに検索に引っかかった。ネット掲示板には刑務所予備校を出所(卒業して予備校を去ること)した偉大なる先輩たちが、
【努力は実る。それは夢オチだった】
というタイトルで立ち上げられたスレッドに、自分たちがどんな生活を送っていたのかを詳細に書き込んでいた。まさに獄中記。
読んでみたところ、結果としては、遊ぶことは可能であるようだ。
箇条書きしていくと以下のようになった。
①携帯やゲーム機の持ち込みは禁止されているが、音楽再生機器の持ち込みは 実のところ許可されている(名目上、リスニングの練習などに使用)
②何だかんだみんな内緒で色々持ち込んでいる
③隠し場所は寮長も熟知している。常日頃からの生活態度に気を付けていれば寮 室チェックの厳しさは緩くなり、逃れ易くなる
④要は、勉強もそうだが、自分次第
との事だった。禁欲というのは流石の先輩たちもできなかったようだ。
むしろ安心したぞ。つまりは、勉強はしっかりとするのは当たり前。
しかし、息抜きもやはり必要ということだ。
幸いなことに、寮の近くにはネットカフェがあるし、電車で十分の距離にアニメ漫画の聖地が存在している。最寄り駅の目の前には、ピンサ(以下略)もあるらしい。初めて知ったが、学割効くんだな。
寮周辺に限って言えば、ストレス解消の方法は山のように存在した。
予備校の場所周辺こそ何も無いが、寮の場所は最高の立地だった。
『意外と楽しいことになりそうだな』
浪人生のくせに、無駄にニヒルな笑みをしてみたが、恐らく大して様にはなっていない。俺は一度鏡を見て、自分の顔の程度を確認した方がいい。いや、眼科、
むしろ精神科か?
とりあえず、一通り調べ終わったし、今日はここまでにしよう。
最後に、1日の疲れを癒す為に…
寝る前のギャルゲータイムですわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます