「直轄ジマ」の人々
第1部長と、チームの重鎮である直轄班長と先任が、そろって部長室に入ってしまうと、七つの机が並んだ「直轄ジマ」は急にのんびりした空気になった。
「今までまともに話す機会もなかったよね」
1等空尉の階級を付けた若い男が、やや馴れ馴れしい口調で美紗に話しかけて来た。面長の顔に短めの髪の毛を立たせた彼は、航空自衛隊の制服を着ているにも関わらず、街で遊ぶ大学生のような雰囲気だった。
「あ、僕、
ノリの軽そうな彼は、唐突に名乗ると、次に「お茶飲む?」と聞き、美紗の返事も聞かずに総務課のほうに走っていった。
言われてみれば、直轄班長の比留川と先任の松永を除く直轄チームのメンバーとは、挨拶もろくにしていなかった。それに気が付いた美紗は、非礼を詫び慌てて自己紹介した。
「シマ」の中ほどの席にいた白髪交じりに口ひげの3等陸佐が、温かな物腰で話しかけてきた。
「気にしなくていいよ。普通、担当者が変わったら、前任者か上官が新任者を連れて挨拶周りするもんだ。今回はそれすらなかったんだから。君も今までやりにくかったな」
口ひげの3佐は、「
「彼は
「変なこと言わないでくださいよ。ここでは丁稚みたいなもんですから」
未来のエリート、と紹介された富澤は、角ばった顔に太い眉を寄せて、照れくさそうな笑みを浮かべた。
高峰の左隣、直轄班長のすぐ脇に位置する所に座っていた3等海佐は、腰を浮かせてひょろりとした上半身を美紗に見せると、「
「これ、昨日の出張の土産。午後にでも出すつもりだったけど、せっかくだから、今みんなで食っちまうか」
白い饅頭の詰まった箱が「シマ」の真ん中に置かれると、大の男達が揃って「いただきます!」と大きな声を出し、我先にと手を伸ばした。
麦茶の入ったガラスのコップを小さな盆に載せて戻ってきた片桐は、饅頭談義を始めた佐官たちをちらりと見ながら、箱から素早く饅頭を三つ掴み取った。そして、そのひとつを麦茶と一緒に美紗の前に置いた。
「うちね、実はいつもこんな感じ。怖そうって思ってた?」
美紗は正直に頷いた。これまで、統合情報局第1部に顔を出せばいつも怒られていた。強面の制服たちが仕事中に茶菓子の話で盛り上がるとは、想像もしていなかった。
「あと、今いないけど、先任の松永3佐と富澤3佐の間に、部員の
片桐は、高峰の向かいの空席を指さした。
「宮崎さんて、富澤3佐と同じくらいの年なんだけど、ものすごく面白い人だよ」
片桐が言う「部員」とは、防衛省の中でも、国家の安全保障政策を担う中枢機関である内部部局、通称「内局」に属する幹部職員、いわゆるキャリア官僚である。制服を着ていないという点では美紗と同じ「文官」であるものの、主に一般事務を担う「事務官」である美紗とは全く立場が異なる。
そのエリートが若い1等空尉に「面白い」と評されるとは、相当に異色な人物に違いない。
美紗は興味を覚えながら、饅頭を一口ほおばった。その瞬間、再び部長室のドアが開いた。
「お前ら本っ当うるさいな。何食ってんだか知らないが、全部聞こえてるんだぞ!」
イガグリ頭の3等陸佐がずかずかと歩いてきて、饅頭をパクついていた一同の前で仁王立ちになった。
一歩遅れて出てきた班長の比留川は、厳めしい顔をした松永の後ろからそっと腕を伸ばして、箱の中のものを一つ取った。太り気味の2等海佐は、体形が示す通りの甘党らしく、手に取った饅頭をにんまりと見つめている。
その様子をあっけに取られて見ていた美紗に、最後に部屋から出てきた第1部長が、数枚の紙を手渡した。
「鈴置さん、ちょっとこれ見てもらえる? ある国の出来事を取り上げて、それに関する今後の見通しを書いたものだけど、致命的な欠陥があるんだ。細かい事実関係ではなくて、全体の構成……、というべきかな。何が良くないか分かる?」
手渡された文書には、「〇〇国における治安政策に関する情勢分析」というタイトルが付き、各ページの右上には、赤く『秘』と印字されていた。
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