【戦国ブレード&リアルバウト餓狼伝説】

格ゲー弱者たちのリアルなバウト 1/2

【深夜の秋穂県秋穂市】


 秋穂あきほ県秋穂市。地方都市の深夜は早い。

 バス、電車ともに二一時を回ればほとんどなくなってしまう。

 二二時はもう絶望的。

 そして現在時刻、二三時一〇分。言わずもがな、である。

 あきらめて歩くか、リッチにタクシーを利用するか、帰るのはあきらめてネットカフェに泊まることをおすすめする。

 体力がもつなら居酒屋で飲み明かす、という選択肢もあるが。

 幸か不幸か、秋穂の地酒は旨い。酒を飲んでいるつもりが、逆に酒に呑まれないように注意が必要だ。



【深夜の馬島うまじま駅】


 そんな市の中心駅から普通列車で一駅、時間にして三分、徒歩ならば三〇分から四〇分ほどを覚悟しなければならない距離にある、二〇時を回ると無人駅になる馬島駅。

 当然、深夜ともなると、線路をくぐる連絡通路くらいしか使い道がなくなる。

 駅前のコンビニ? なにそれ、おいしいの?



【深夜の二階建てアパート】


 そんな駅前に存在するテナント入りのアパート。

 左から古本屋、中華料理屋、空き店舗、と並んでいる。二階は住居。

 中華料理屋はシャッターが閉まっている。閉店時間が二一時と書かれているので、通常通りだ。



【深夜の古本屋】


 だが、古本屋の様子はいつもと違う。

 本来ならば二二時閉店のため、この時間であればお隣さんと同じようにシャッターが閉まっているはずなのだが、今日に限っては店内の明かりが煌々と輝いてみえる。翼よ、あれがパリの灯だ!

 だが、閉店はしているようで、自動ドアの電源は入っていない。

 透明なガラスのドアから中をのぞくと、店内手前にあるゲームコーナーが目に入る。コの字に並べられた木製の棚の中心に、ブラウン管テレビとスケルトンのセガサターン。三十過ぎた二人の男が、揃いも揃ってだらしなく足を投げ出してイスに座っており、お揃いのスケルトンのパッドを握り、揃って画面に向き合っている。



【深夜のご来店】


 そんな深夜の、閉店後の古本屋で、だらりとしたレトロゲームの時間が始まります。

 いらっしゃいませ。



+×+×+×+× now loading...



【サービス業はつらいよ】


「てんちょうー」


 画面から目を離さず、プレイも止めず、1P側の男が話しかける。


「なんだー新政あらまさ。というか、今までそんな呼び方したことないだろう。旭川あさひかわくんみたいな呼びかけ方しおって」


 だるそうにつっこむ2Pの大平おおひら。こちらもプレイの手は止めない。そんなことはまったく気にせず、新政こと新屋あらや政仁まさひとは話を続ける。


「連休ってなんだろう? 黄金週間ってなんだろう?」

「知らん。ガキが多いってことかな」

「あー、タダのガキならいいけど、クソって形容されるガキが多いのかもしれない」

「……疲れたな」

「うん、疲れた」


 この二人が心身共に疲れ切っているのは、今日という日がゴールデンウィーク前半の連休の最終日であることに他ならない。

 かたや古本屋店長、かたやパソコン専門店自作パーツコーナー長。大型連休中のサービス業の殺人的な忙しさは推して知るべしである。毒でも吐かないとやっていられない。


「でもさ、連休だからといって古本屋にそんなにお客さんがくるものかい?」

「うーん、そこは俺も誤算だったんだな。去年はたいしてお客さん来なかったからな。旭川くんにも出なくて大丈夫だよって言ってしまって。あー」


 画面上で大平の操る暴れん坊巫女『こより』が被弾。ボムは使っていたが、発動まで時間差のあるタイプのため、緊急回避できなかったのだ。新政の『翔丸』は無事なため、残機を減らされその場から継続。これでこよりの残機は0だ。


「あと結構ネット通販の注文も多めにかぶっちゃって。一人で発送準備しながらではキツいレベルで客数あったからなあ」


 売上が割と良かったからうれしい誤算ではあるんだけど、と付け加える大平。もっとも、その表情はあまりうれしそうではないが。


「なるほど、通販とのダブルでね。うちは目の前のお客さんさえなんとかすればいいから、まだ気楽なものか」

「とはいえ、会社員ではあるんだからそれだけでもなかろうよ。コーナー長といったら中間管理職なんだろう?」

「まあねー」


 敵弾に埋め尽くされた画面をまっさらにしてくれる、翔丸のボム。またも敵弾に囲まれていたこよりを助ける形となった。


「いいタイミングでやってくれるねえ。さすがコーナー長、フォローばっちりだな」

「やめろー! その肩書きをゲーム上で持ち出すなー!」


 クレームが……などとブツブツ言い始める新政。スタッフのフォローで大変だったのであろう。

 ちなみに、二人がプレイしているのは『戦国ブレード』。シューティングメーカー『彩京さいきょう』初の横スクロールシューティング、そのサターン移植版である。

 現在ステージ5。敵の数も敵弾の数も、さらにはシューティング界に名高い超高速弾、通称『彩京弾』もより激しさを増しているあたりである。

 ステージ5ボスに到達。ボスが上から下、下から上へと、薙ぎ払うような高速弾を放つ。新政はボス正面の安全地帯に陣取るが、大平は位置を間違えたようで、即座に被弾してしまう。


「ああっ! 大平ーいつもあれだけ真正面って言ってるじゃないかー」

「うーむ……なんか二人プレイだと位置取りが難しくてな……」


 もう残機がないため、大平はパッドをテーブルの上に投げ出し、代わりにビールをグラスに注ぎ、疲弊した体に流し込む。


「くぅーっ、この一杯!」

「なあ、僕のプレイが終わるまではビールなくさないでくれよ」

「ポーズかけりゃいいじゃないか」

「アーケードゲームにポーズなんてあるかい?」


 危なげなくボスを撃破し、次のステージを選択する新政。ここで休む気などさらさら無いようだ。


「こだわりだねえ」


 やれやれ、と大平はビールをちびり。と、その時、テーブルに置かれていた新政のスマホが鳴りだす。電話の着信のようだ。表示されている名前は『新屋彩子あやこ』。

 それを視界の端で確認すると、すぐさまポーズをかけ電話に出る。


「あっ、もしもし! 彩子さん、仕事終わったの?」

「こだわりはどこ行ったのさ……」


 大平は新政をじとりと見つめ、ビールをもう一口。



【オープン×3】


「……うん、まだだよ。……そか、じゃあお願いする! ……うん、じゃねー」


 彼の妻、彩子との通話を終え、スマホをテーブルに戻す新政。


「彩子さん仕事終わったからこっち向かってるって。牛丼買ってきてくれるみたい」

「よっしゃ! さすが彩子先生だ、ありがたし」


 彩子が今こちらへ向かってきてくれているであろう方角に、うやうやしく手を合わせる大平。


「まあ、続きでもやって待つとしようかな」


 新政はそう言いながら、ビールを自分のグラスに注ぎ、ゴクリとあおる。


「この一杯!」


 そして再びステージ6の城内へ攻め込む翔丸。


「好きだねえ、『戦国ブレード』」


 すでに鑑賞モードに入った大平が二本目のビールを開け、新政の戦をしばし観戦。和風テイストに味付けされたBGMをつまみとして。



 そして危なげなくラスボス到達。さすがアーケード稼働当初からのプレイヤー。そんな光景は見慣れているのか、大平はビール片手にぼんやりとしている。


「はー早くこないかなー牛丼……と彩子さん。腹減ったー」


 先ほど牛丼という魅惑のワードを聞いてしまったがために、一気に空腹に襲われ限界に近い大平がテーブルに突っ伏す。その手がサターンのオープンボタンに触れる。

 パカッ! シュルルー! フィイン!

 ディスクドライブが開く! CDの回転が勢いよく止まる! 画面がメニュー画面に戻る!

 パッドを握りしめたまま、じっとメニュー画面を見つめる新政。


「お……」

「お?」

「……おぉーひぃーらぁぁあー!!」

「うわ怒った!」

「いくら温厚な僕でも怒りますよ!! ラスボスだったんだよラスボス!!」


 自分で言っててはアレだが、新政の温厚さは折り紙つきだ。さすがに大平も焦ったらしく、謝ればいいものを変に弁解を始めてしまう。


「いやいやほら、二人プレイだっただろ? ハイスコアも狙えなかったし、いい――」

「よくなーいっ! スコア云々の問題じゃないっ! いついかなる時も本気で撃つ!! 避ける!! これがシューター魂だーっ!!」

「そうだそうだ、大平くんが悪いぞー」


 いつの間にか新政に味方が増えている。電源の切れた自動ドアを手動で開けて入ってきていたようだ。突然の増援に大平は驚き、入口へ振り向くとそこには……。


「……だれ?」


 ドアの外の深夜に溶け込んでいきそうな、ストレートの黒髪と黒セーラー服を身にまとった女性が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。極上のタレの香りと共に。



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