Mermaid Lovers マーメイド・ラバーズ

喬木まこと

プロローグ

朝のSHRが終わり。授業までのわずかな時間。普通なら、各々自分達のクラスで過ごすはず。


なのに、このクラスだけは違う。他クラスから集まった野次馬共が前後のドアに密集してる。


矢薙やなぎってどれ?」


「あいつ。あの窓側にいる髪の長い女」


「ここからじゃ、よく見えねーな。こっち向けよ」


「何あれ、大した事ないし」


大した事なくて悪かったね。野次馬達の好機の目を一身に浴びる私は極力奴らに背を向け、ひたすら窓の外を眺めていた。


開け放たれた窓からは、近くの海から届けられる。


それに穏やかな波の音が聴こえてきてるけど、この最悪な気分を和らげてはくれない。


転校して一週間。


当初の予定じゃ、適当にクラスに馴染んで平穏な学校生活を送るはずだったのに、気付けば学校中の話題を攫っていた。


し・か・も。


悪い意味で。


「どうして、こんな目に」


何度呟いたか分からない台詞を、ため息と共に吐き出した。


いや、分かってる、それもこれもあれもこれも。


みんなみんなみんなみんなみぃぃーーんな、あいつの……


「ん?」


窓枠に手がひっかかってる。何これ?


と思った瞬間。その手の持ち主の男は、懸垂の要領で身を持ち上げた。


「よお」


出たな、バカ男。私の不幸の原因。掌握の根源。悪魔の申し子。


てか、ここは2階だ。あんた、どうやってはい上がってきた。


「キャァァーーッ」


「坂口君だぁーー」


冷めた気持ちの私とは反対に、クラス中から女子の甲高い悲鳴が上がった。皆、奴の登場を歓迎してるらしい。


やだなー。私ってばアウェー感が半端ない。


でも、もうすぐ授業ですからね。


「坂口君」


「何だよ」


この人気者には早急にご退出して頂かないと。


「自分の教室に戻って下さい」


「うお」


窓サッシに置いた奴の脚を思いっきり持ち上げてやった。


当然、イケメンはバランスを崩し。頭からグランドにダイブする事となる。


「ギャァァーーーーッ!」


再びクラスから悲鳴。ほーんと人気者なんだから。


「ぷっ」


だけど奴は体をひねって回転し。アスリート顔前の運動神経の良さで見事着地した。


「チッ……骨の一本でも折れれば良い物を」


可愛げのない男め。


矢薙伊耶佐やなぎいなさ!心の声、だだ漏れだぞぉぉーー」


「やだ、私ったら。根が正直者だからぁ」


つい、本音が出ちゃった。


「ふざけんなっ。この俺がわざわざ出向いてやってんだぞ!」


「頼んだ覚えはありません。1限目が始まりますので、さよーなら」


窓を閉めて鍵を掛けると、丁度良いタイミングでチャイムが鳴った。


ドン引きしているクラスメイトを無視して席に着く。そして前方の扉が開き。生真面目そうな国語の教師登場。


良かった、今日は無事に授業に入れそう。


……と思ったのに甘かった。


「イナサー!矢薙イナサァァーーッ!イナサーー出て来ぉぉーーい!」


ああ、うるさい。先生の説明が聞こえないじゃない。


「……」


ほら、先生だって顔面の左半分を引きつらせてる。


「や、矢薙」


「はい。諸行無常の響きあり。沙羅双樹の……」


「いや、教科書を読めと言ってるんじゃなくてな」


「なんでしょう」


「坂口君が呼んでるぞ」


オイオイ。反応、違うでしょ。奴を生徒指導室にしょっ引いて。厳重注意とかかましてくださいよ。


「彼と話して来なさい」


驚くべき職務怠慢。


「ハイ」


でも行って来ますよ。抵抗しても意味ない事は分かってますからね。仕方なく教室を出る。


背中に突き刺さるクラスメイト視線。その視線は好奇心よりも、女子生徒の嫉妬心の割合が強い。代われるもんならアンタ達と代わりたいよ。


「こんちくしょうめ」


私が奴の元に向かってる間にも、授業は進んでしまう。こっちは授業料払ってるのに。


ああ、もったいない。なんて、もったいないんだ。


坂口め。いいや、バカ口め!


特別進学科だかなんだか知らないけど。好き勝手ワガママ放題して。何で教師はこいつを放置なのよ。


「暑……」


夏休みが終わったばかりで、まだまだ太陽はパワフルだ。


太陽の陽射しが照り付けるグランド。数分でも居たら、普通ならうっとおしい汗がしたたっていてもおかしくないはずなのに、坂口嵐は涼しい顔で立っていた。


温い風があいつの髪を撫でる。


光の加減ですこし青みがかって見える黒い髪。不思議な色。それに端正な顔立ちが映える深い濃紺の瞳。


猫科の獣を思わせるしなやかな身体付きは、決して頼りなさげではなく、均整が取れている。


制服は少し着崩してるけど、完璧に着こなしていて、だらし無さは微塵もなく、世俗的な服装に反して、どこか異質でミステリアスな雰囲気を漂わせている。


髪の毛一本から爪先に至るまで隙のない美しさ。その美貌だけは認める他はない。


それから……


「伊耶佐」


声。思わず引き込まれてしまいそうな低音。


「おせぇ」


だけど奴の美点の全ては、その傲慢な性格が打ち壊してしまう。


「待つの嫌いだっつてんだろ」


「すみません、嫌々来たもので」


それについて気付いているのは、この学校では私だけのようだけど。


「こっち向け」


「嫌だ……むにぃ」


3mは開けていたのに、いつの間にか坂口は私と距離を詰めて、アゴを掴むと強制的に上を向かせた。


「目閉じるなよ」


「眩しいの」


これは嘘。


間近に聞こえる声は否応なく私の感情を引っ掻き、恐ろしく不安にさせる。


脆い虚勢。


「じゃあ、そのままでいいから聞け」


視線を絡めてしまったらいけない。認めたくない。


「いいか」


認めたくはないけれど。


「矢薙伊耶佐」


この男の視線は、ううん、この男の存在は私を捕らえて逃がさないのだ。


「お前は俺のものだ」


きっと私は逃げ切る事は出来ない。


これは予感?それとも確信?


「……はいはい。じゃ、私は授業あるから」


「待て、逃げるな。イナサーーッ!」


足掻いていられるのは時間の問題。


そんな事はとっくに分かっている。


でも……

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Mermaid Lovers マーメイド・ラバーズ 喬木まこと @makoto0121

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