第七幕 居座り続ける居候猫

 さよなら、と自分は言った。

 そうやっていった自分を、彼はひきとめてくれた。彼はそのとき、怒っていた。

 あんな風に怒ってもらったのも初めてだなぁ、と思う。

 怒ってまで自分を引き留めてくれただなんて、考えてみればとても嬉しいことじゃないか。

 そう、だからあたしは彼のところに帰らなくちゃ。

 そうして、恩返しとお詫びをしなくちゃならないんだもの。恩返しとお詫びが出来るなんて、なんて素敵なことなんだろう。

 彼はそうやって、あたしに居場所を提供してくれる。


 ……でも、どうして、どうして、急に体が動かなくなってしまったんだろう。この先で隆二が待っていてくれているのに、

 はやく帰らなくちゃ……。

 だから、ねぇ、隆二。

 行かないで。

 待っていて。

 お願いだから、あたしを置いていかないで!



 マオがうっすらと目を開けたとき、最初にうつったのは、あの赤いソファーにもたれてとてもつまらなさそうな顔で本を読む隆二だった。

『……隆二?』

 夢かも知れないと思って声をかける。

 だって、どうして彼が自分の目の前にいるのだろうか?

 隆二は目を開けたマオに気づくと、つまらなさそうな顔はそのままで言った。

「おはよう、マオ。いや、もうおはようじゃないか?」

 時計に視線を移した隆二はどうでもよさそうな声でそういう。

 視線をそれに移したら、午後一時をさしていた。

「大丈夫か? なんかお嬢ちゃんに変な銃で撃たれていたが」

 隆二はまたつまらなさそうな顔のまま、マオに尋ねる。

 その顔がわずかに心配そうにゆがめられているなんていうのは、自分の都合のいい思いこみだろうか?

 自分の置かれた状況を確認する。視界に入る赤。マオの大好きな、隆二の家の、赤いソファー。

 少し混乱している記憶を整理する。

 そうだ、あのとき自分は撃たれて……、そして、どうして今、隆二の家にいるんだろう? その間に一体何があったのだろう?

『……隆二、あれから何があったの?』

「死闘の末、全員を無事気絶させて、とりあえず知り合いに丸投げしてきた」

 始終一貫してつまらなさそうにそこまで言うと、隆二は再び視線を本に移す。

 ゆっくりと時間をかけてその言葉を理解し、呟いた。

『それじゃぁ……、あたしは』


 言ってしまうとそれはまるで消えてしまうかのように、マオはゆっくりと慎重に、問う。

「マオ?」

 隆二が本を閉じて、マオを見る。

『あたしは、まだここに居ていいの?』

「ん? ああ」

 その台詞に多少面食らったように、隆二が頷く。

「だからなんで駄目だって思う」

 隆二はそこまで言って、言葉を切った。

 マオの顔が何故か泣きそうなぐらい歪んでいたから。

 どうしたのだろうか?

 また自分は何か、まずいことを言ってしまったのだろうか?

 また何か、彼女を泣かせるようなことを言ってしまったのだろうか?

 そう思った次の瞬間には、隆二はマオに抱きつかれていた。


『ありがとう』


 ほとんどすすり泣くかのような声でマオは言う。

『ありがとう。守ってくれて、助けてくれて、待っていてくれて』

 小さな声で、何度も何度もマオは呟く。

「……別に」

 そういうものの、自分はなんだか酷く優しそうな声をしていると思った。無意識のうちに、マオの頭を撫でていた。

『だけど、ありがとう。もう、迷ったりしないから。もう二度と、消えることを選択したりしないから。存在を維持していくためならば、どんなことでもする覚悟だから』

 隆二の肩に顔をおしつけるようにしているからマオがどんな顔をしているのかわからない。少し顔を動かせば分かることではあるが、何故か隆二はそうする気が起きなかった。

『だから、ずっと、ずっとここに置いていて。あたしが、何か出来ることがみつかるまで。……できれば、見つかってからも。お願い……』

「ああ。むしろ、それは俺のほうからもお願いしたいな。きっと、人生が愉快そうだ」

 少し笑いながらそういうと、マオも顔をあげて小さく笑った。

 それから、隆二の姿を見る。あちらこちらに傷痕があり、包帯の巻かれた体。

『……痛い?』

「いいや。……すぐに治るさ」

 安心させるように微笑む。自然とそう答えていた。

『……あの人、また、来るかな?』

「いや、それについてはまた別の」

 ピーンポーン。

 隆二の言葉を遮るようにチャイムがなる。

 マオがおびえたように隆二を見る。慌てるマオを片手で制す。

「大丈夫。多分、解決編のはじまりだから」

 そうして笑ってみせると、玄関に向かう。

 ドアをあけ、そこに立っている人を見ると口元に笑みを浮かべた。ほらやっぱり。

「昨日はどうも」

「いいえ、こちらこそ」

 昨日、倉庫に来た男性が笑っていた。


 隆二は来客をダイニングに通す。

 突然現れた和服を着た男性に事態が把握できず、しばらくマオはその人を見ていたが、男性が彼女の方を見て会釈したところ、慌てた。

『隆二、もしかして、その人!』

「あ~、大丈夫だから落ち着け」

 意味もなく手足をばたばたさせるマオの手をひっぱって、自分の隣に座らせると、来客を目で示しながら言う。

「確かにこの人は研究所の人間だが、研究所の人間には珍しくとても話のわかってくれる人だから大丈夫だ。昨日も助けてもらったし。なぁ、おっちゃん?」

 そういうと正面に座った来客は苦笑した。

「相変わらず辛辣ですね。それから、そちらのお嬢さん、マオさんでしたか? 今のお名前は。心配しないでください。わたしは別に争いに来たわけではありません。ただ、昨日の娘の不作法な行いのお詫びと、それからこちらの今後の方針を話しに来ただけなので」

 ゆっくりと相手の言葉を理解し、

『ええっ!?』

 マオは大声をあげて来客を指さした。

『え、娘って娘って、あの人の父親っ!? 赤いのの!?』

「お前、結構失礼だぞ」

 隆二が横目でマオを睨んでたしなめる。

『え、でも、だって、似てないっ! 顔とか髪の色とかもあるけど、なんていうか性格が! 空気が似ていないっ!』

「ああ、それは俺も思う。どうしたら、おっちゃんの娘があんな破天荒な性格になるのか、不思議でしょうがない」

 隆二とマオでよってたかってそういうと、エミリの父親、和広は困ったように笑った。

「そういわれましても……。恵美理はどちらかというと母親似ですし、外見はわたしの父似なんですよ。無鉄砲な性格は、わたしの母譲りですしね」

 そういってから、顔を引き締める。

「それよりも、昨日はうちの娘が本当に失礼なことを致しました」

「いいって、いいって」

 隆二は手をひらひらと顔の前で振った。

「結局、俺らの勝ちなわけだし、そんなにたいした被害もなかったから」

 マオが何かを言いたそうな目で見てくるのを無視する。

「ですが、けがもされたようですし」

「別にすぐ治るって。っていうか、おっちゃんに謝られてもねぇ。おっちゃんは責任感強すぎ」

 昔からそうなのだが、隆二には和広に責任を押しつけると言うことが出来なかった。

『隆二は責任感がなさすぎだわ』

 マオが横でぼそりと呟く。

「お前が言うな」

 マオの頭をはたく。

 文句を言ってくるマオを無視して、和広に向き直る。

「昨日は悪かった。急に呼びだして」

「いえいえ。寧ろよかったです。恵美理はどうにも暴走するところがありますし」

「祖母にそっくりの、なー」

『呼び出したの?』

「あーほら。コンビニの人に電話借りただろ? あの時」

 菊の家から電話をかけたのが和広だった。研究所の人間で唯一信頼出来る人間。寧ろ、神山隆二が唯一信頼出来る人間といっても過言ではない。

「本当はマオさんがいる先が神山さんのところだとわかった段階で、恵美理は研究所に一度連絡をいれるべきだったんです。それをあの子は、逃げられたことに腹をたてて一人で暴走して」

「途中で増えたしなー」

「増援に呼ばれた彼らは新人だったので、適当に言いくるめられたのでしょう。まったく、男親は駄目ですね。特にあの子は妻の忘れ形見ですし、ついついわたしも甘やかしてしまって……」

 そこでマオが説明を求めるように隆二を見た。

 おそらく、彼女が考えていることは当たっているだろう。隆二は一つ頷いて見せた。

 和広の妻、つまりはエミリの母親は、エミリが小さい頃に他界したと聞いた。

 もし生きていたなら、また話は違ったかもしれないのに、と時々思う。

「いずれにしてもけが一つ無く、恵美理を諫めてくださってありがとうございました」

 頭を下げる。

「あんまり人にけがをさせるなって、言われているんでな」

 なんとなく居心地が悪くて、ぶっきらぼうにそう答えた。

「……そうですか」

 和広は一瞬何か言いたげに口を開いたが、すぐに当たり障りのない言葉を言った。

 ふと、この人はどこまで知っているのだろうか? と思った。直接は知らなくても祖母から、あの死神から、過去の話を聞いたことでもあるのだろうか。

「そういえば、嬢ちゃんが増援で呼んだのがおっちゃんじゃなかったのはちょっと意外だったな」

 そうしたらもっと早く話が解決しただろうに。

「今はこうやって事後処理をするのが仕事なんです。もう、走り回れるような体力は残っていませんし」

 台詞の後半で和広は苦笑した。

 その笑い方と台詞に、和広が老いた事を実感し、隆二はまた置いていかれたような気分になった。誰かが年をとったことに気づくといつもなる、あの気分。

 それを悟られないように勤めて明るい声で言う。

「へぇ、それはおっちゃんにぴったりだな。まさに天職?」

「…… そうですね。わたしがこういうことを言うのも問題だとは思うのですが、わたしたちの研究所には血の気の多い人が多すぎます。わたしはあまり争いごとは好きではありません。話し合いで解決できるのがやはり一番だと思います。そういう意味ではこういう仕事はぴったりですね」

「あの研究所にもおっちゃんみたいな人が増えてくれたらおれは非常にやりやすいんだが」

 小さくため息。

「それで、事後処理は無事に終わった?」

 隆二の言葉を聞き、マオも心持ち体をこわばらせて和広の顔を見つめる。

「ええ、そうですね。どちらかというとこちらが本題です」

 和広はそういうと、居住まいを正し二人を見る。

「昨日のことを一通り報告しました。まあ、多少、神山さんに有利になるように情報を操作したことは否めませんが」

「いやいや、ありがたい」

「結果、今後のこちらの方針と致しましては、神山さんというかつての……こういう言い方をしてしまうことをお許しください。かつての実験体と現在研究している実験体のマオさんとが出会うと言うことは極めて稀であります。また、マオさんは……、こういう言い方をしてしまうことは非常に失礼なのですが、こちらから見ればかなり異質な存在です」

『異質?』

 マオは不愉快そうな顔をする。

「らしいぞ」

 その言葉に隆二が答える。

「お前ほど自我が確立していて、また感情が豊かなのは、嬢ちゃんに言わせれば失敗作らしい」

『……失敗作、かー』

 自嘲気味にマオは言う。

「あの子はそんなことを言いましたか……」

 和広は眉をひそめる。

「すみません。マオさん、そんなに気にしないでください。わたしたちに貴女を失敗作だという資格はありません。……そもそも、本当は神山さんにもマオさんにも謝らなければならないのですから」

 和広は頭を下げる。

 しばらく沈黙を流れたが、マオがそれを破った。

『でも、あたしは作ってもらえて嬉しいわ。それから、こういう事をいうと自分勝手に聞こえるかも知れないけれども、隆二が不死者でよかった。そうじゃなかったら、例えあたしが作られていてもここにこうしていられなかったんだもの。……そうなよ、あたしがここに今いるのは凄い偶然の連続だと思わない!?』

 急に思いついたのか、マオが大きな声で嬉しそうに仮定の話をはじめる。

 一つ事例を挙げるたびに、一つ指をたてながら。

『もし、あたしが作られなかったら、根本的にあたしは存在しなかった。もし、あたしに感情が無かったら逃げ出さなかった。もし、隆二が居なかったら、もし、隆二に幽霊が見えなかったら、もし、隆二に会わなかったら、あたしはとっくの昔に捕まって消されていた。もし、隆二がただの人間だったら、あたしを助けてなんてくれなかった。他にもきっといろんなことがあって、あたしは今ここにいるのよ! ねぇ、これってすっごい偶然の重なりだと思わないっ!』

 自分のその発見が嬉しいのか、頬に手をあてて、とても楽しそうにそういう。

 和広は少し驚いたように目を見張って、隆二はあまりに“マオらしい”態度に微笑んだ。

「そうだな。確かに、マオの言う通りだ。もし、マオの存在が生み出されることがなければ、俺は未だに独りでだらだらと存在しつづけていただろうな。それを悪いとは言わないが、だが、今の方が楽しいことに違いはない」

「ですが」

 何か言いかけた和広を遮り、

「ま、だからな、おっちゃんがそんなに気にすることはない。それに、俺が咎めたいのは俺らをつくったじいさん達であっておっちゃんではない。そして、じいさん達はもう逝っちまったんだろ?」

 軽く肩をすくめる。そして、まるで聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるように続けた。

「つまりおっちゃんが気に病む必要はない。違うか? もっと言うならば、気に病む必要性の無い人間に謝られることほど、不愉快なことは無い」

 沈黙。

「……そうですか」

 和広はゆっくりと顔をあげて、二人を見ると微笑んだ。

「お二人にそう言っていただけると、非常に気が楽です」

 小さく息を吐く。

「それで、先ほどの続きですが、そういうお二人がこうして一緒にいると言うことは、今後……こちらとしても何か役に立つことがあるかもしれません。ですから、わたしたちはこれからはマオさんのことを追うことは致しません」

 マオが目を見開いて和広を見る。隆二は表情を全く変えず、腕を組んだ。

「ですから、……安心してください」

 言い終わると同時に、マオは顔をぎりぎりまで和広に突きつける。

 和広はわずかに身を引き、隆二がそれを咎めた。

「おまえ、それ失礼だって」

 けれどもマオは、そんな言葉は耳に入らないかのように、和広の顔をみて言った。

『それ、本当? 本当に、本当に、あたしはここにいていいの?』

「え、ええ……。もしかしたら、何かご協力をお願いすることがあるかもしれません。そのときに、協力さえしていただけたならば……」

 たじろぎながら和広が答えると、マオは顔中を笑みにして和広に抱きついた。触れていないが。

『ありがとうっ! 本当に本当にありがとう! 貴方、大好きだわっ!』

「え、えっと……」

 救いを求めるように自分を見る和広と、それから自分の中に生まれたいらだちに背を押されて、隆二はマオの後ろ襟首を捕まえて自分の隣に再び座らせた。

「少し落ち着け」

 けれどもマオはおちついたりせずに、今度は隆二に抱きつく。

『だって、嬉しいじゃない!』

 そのまま、猫のように体をすり寄せてくるマオに閉口する。

 それをみて、和広は笑った。

「……なんだよ、おっちゃん。助けてやったのに」

 笑われていることに気づき、情けないぐらい恨みがましい気持ちで言う。

「すみません」

 まだ笑いながら和広は首を横に振る。そして、ただ……と続ける。

「神山さんは変わったと思いまして」

「はぁ?」

「恵美理に聞いてはいたのですが、神山さんがそうやって楽しそうに笑っているところをみるのは、もしかしたら初めてかもしれませんから」

 慌てて口元に手をやると、確かに口は笑みの形になっていた。

 なんだか悔しくて、無表情を装う。

 けれどもそれは、自分にひっついたまま大はしゃぎするマオによって、簡単に崩された。

 小さく舌打ちをして、苦笑と微笑が入り交じった笑みを浮かべる。

 それを見ながら和広は続けた。

「やはり、マオさんと神山さんが一緒にいることはいいことだと思います」

「なんでだよ」

 これのどこが? 顔にそう浮かべて、隆二はマオを指さす。

「そうですね……、手負いの獣が治療を施してくれる者にあったみたいですよ」

 それだけいうと、口をつぐむ。

 それは一体どちらがどちらなのだろうか? それとも、二人とも両方にあてはまるということなのだろうか?

 説明を求めて和広を見ても、和広はゆっくりと首を左右に振るだけだった。

 自分で考えろと言うことだろうか? それとも、言った和広自身もわかっていないのだろうか?

 いずれにしても、やけに饒舌な和広に少しばかり閉口して肩をすくめる。

 和広はそれに気づき、笑った。

「しゃべりすぎましたね。それから、お邪魔のようですし、今日はもう失礼いたします」

 そういって立ち上がる。

「え、ああ。別に邪魔じゃないが……」

 その言葉の真意を測りかねて、隆二はしどろもどろに言った。それからテーブルの上がやけに寂しいという事実に気づく。

「そういえば、お茶も出さないで悪かった」

「いいえ。わたしたちがかけた迷惑を思えば、お茶をだして頂くなんて厚かましいです」

 和広はそういうと、やけにゆったりとした動作で出ていった。穏やかな、まるで自分の子どもを見るような笑みを残して。


 和広を見送り、まだひっついたままのマオに視線を落とす。

「いい加減離れろ」

 無理矢理引きはがすと、マオは不機嫌そうな顔をしたが、やがて微笑んだ。

『ねぇ、隆二。お願いがあるの』

 上目遣いで頬を染めて、伺うように、言ってくる。

「お願い?」

 客人が帰ってから、というのも変な話だが、コーヒーが欲しくなり立ち上がりかける。

 マオはそんな隆二の手を掴み、引き留めた。

『ちゃんと聞いて』

 その手を振り払うだけの理由も思いつかず、隆二は黙って再び腰を下ろした。

 それを見届けてからマオは続ける。

『あのね、あたし、まだ、存在して少ししか経っていないじゃない?』

「ああ」

『だからね、あたし、まだまだ知らないことたくさんあると思うの……』

「だろうなー、マオはバカだから」

『む……、否定出来ない』

 揶揄するように言うと、マオは少しだけ不満そうに呟いた。

『だから、否定出来ないから。あたしはまだ、何も知らないから。だからね』

 小首を傾げて、隆二の顔を見つめる。

『あたしに、世の中の事を教えて欲しいの。この偏った知識を、足りない部分を補って欲しいの』

 隆二の顔を見つめてまっすぐにそう言い、

『……頼んでも、いいかしら?』

 最後は少し臆病に、付け加える。

 そういうところが、本当に猫のようで愛らしい。

「残念だが、教えられるほど生きてはいない」

 隆二はそっけなくかえす。

 マオが視線を落とした。あからさまに。

『そう、だよね、図々しいよね、ごめ』

「だがな、」

 マオの言葉を遮り、笑った。

「一緒に学んでやってもいい」

『え?』

 ゆっくりと、微笑んでみせる。

「一緒に学んで行こう、色々と。知らないこととか、わからないこととか。それなら、付き合うよ。ひとでなし同士、仲良くやって行こう」

 マオはしばらくぽかんっと間抜けに口をあけて隆二を見ていた。

 それから隆二の言葉を理解したのか、じわじわと微笑んでいく。笑顔が顔を、徐々に浸食してく。

『そうね!』

 マオが顔上げ嬉しそうに笑った。

 そう思ったら、隆二は再び抱きつかれた。

『そうね、そうしましょう』

 喉を鳴らしそうな勢いでそういうと、神山家の居候猫は微笑んだ。

『そうね、あたしたちひとでなしね! 人間じゃないもの同士、仲良くやっていこうね! 隆二性格悪いからそういう意味でもひとでなしだよね!』

 さりげなく罵倒された。よし、とりあえず礼儀というものを教えるところから始めよう。

 敢えてこの場ではつっこまず、心の中でだけそう決意する。

『約束よ、絶対に約束よ』

 そして、また楽しそうに笑う。

『ゆびきりげんまんよ! うそついたらはりせんぼんのますんだからね!』

 頬と頬をすりよせながら、マオが笑う。

「……ああ、約束な」

 隆二も小さく、笑んだ。


 風がカーテンをゆらした。

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