お前等、俺のために争うな!

@ken

第1話小さな違和感

  ーー今朝から体調が悪い……ような気がする。


  何だろうか、頭がおかしい。


  そうだ頭がおかしいんだ。


  痛いわけではない、重いわけでもない。敢えて言うのなら、ずっと誰かに耳元で囁かれているような、そんなモヤモヤした感覚。


  遂に、精神が病んでしまったのかもしれない。


  この雑踏ざっとうのなかで叫んだら少しは気が晴れるだろうか? まぁ、そんなことはしないがな。

  なんせ俺はあと3年間、この雑踏に紛れなければいけないのだ。悪目立ちするなんて真っ平御免だ。


  高校に入学して3ヶ月、いつもと変わりない登校風景だ。いつもと同じような顔ぶれで構成された人混み。いつもと同じ並木道、植林されているのは桜の木だ、綺麗だと思ったのは初日だけで、二日目からは頭上からパラパラパラパラ降ってくる花びらが鬱陶しくなり、今では花も散りただの雑木ざつぼくになっている。


  ーーつまらん。


  やり甲斐と言うのは大切だと思う。


  このところ俺はそのことを強く実感している。

  というのも、俺はいま通っている学校に対し不満を抱いているのだ。そもそも俺のレベルに見合ってない、下らない教師、頭の悪いクラスメイト、つまらない授業。せめて試験で失敗すれば少しはやる気も出るのではないかと思ったが、この前の中間試験はバカみたいに簡単だった。実際、殆どの教科が満点、一番悪いので97点だったか。


  ーー受験には、あんなに失敗したのにな……。


  それに頭が良ければ、勉強ができれば、立派で凄いなんてことは決してない。

  勉強はできても、どうしようもなく空っぽな俺自身が言うんだから、これは確かだ。


  今日は頭がおかしいから、休もうかとも思ったさ、でも今日休んだらきっと明日も休む、明日休んだらきっと明後日も休む、その繰り返し。

  『自堕落』魅惑的な響だ、でもそれが恐ろしい。

  きっと俺が不登校になったら、学校側から両親に連絡がいくだろう、そしたら両親は俺に何も言わないんだと思う。


  今日は、なんだか陰鬱いんうつだ。人混みがわずらわしい、頭もおかしい。


「おはよ~!!」


「おはよう」


  ーー今日もか。


  毎日俺なんぞに挨拶をする彼女は誰なのだろうか。入学して以来ずっと挨拶してくる彼女、でも俺は彼女の名前を知らない、それどころか顔さえ見たことがない、なんせ地面ばかり見ているからだ。受験に失敗する前まではこんなんじゃなかったと思う。


  最初はどうせ、優等生ぶった奴だろうと思った。

  ほらいるだろ、俺みたいなボッチの奴に気を遣ったり、率先して面倒ごとを請け負っちゃう自分に酔ってる輩が。

  その類かと思ったが、学年集会などで代表として話すこともなければ、クラス委員長でもないようだ。


  ーーまぁ、声しか解らないから確かかどうかは謎だが。


  そもそも、本当に俺に挨拶をしているのだろうか。3ヶ月間、毎朝毎朝俺の近くを偶々歩いている誰かに挨拶しているのではないか……流石にそれないか。


  そんなことを考えている間にも彼女は、長めの黒髪と、グレーのチェック柄のスカートを揺らしながら走り去っていく。これもいつもの光景だ。いつもと違うところと言ったら、右手に俺のと同じ青色のシューズ袋をぶら下げていることくらいか。

  そういえば彼女はなぜいつもそんなに急いでいるのだろう、まだまだ時間に余裕はあるのに。


  ーーどうでもいいか。


  何処か遠くに行きたい、そんな気分だ。

  誰も俺のことを知らない場所に、それこそ両親ですら分からないところに。

  そうすれば、もうあんな過ちは侵さない、

 もっと上手く生きてーー


「イタッ!」


  何だ今の!? 咄嗟に痛いと言ってしまったが違う、違和感だ。

  始めての感覚、

 驚き、恐怖、悲しみ、不安、不快、緊張とがごちゃ混ぜになったような味わったことがない感覚に脳からアドレナリンが溢れ出す。


「……ッ」


  弱い違和感がジンジンくると思ったら、突然物凄い違和感が押し寄せてくる。俺は仕方が無いので並木道の生垣に腰を下ろした。


  ーー最悪だ、悪目立ちしている。


  皆が俺を見ている。違和感から顔をしかめながら周りを見ると、皆が咄嗟に目を逸らした。


「……い」


  ッ!? 何だ、何処どこからか声が聞こえた気がする、とても悲しい、涙を押し殺すような声。

  俺は、咄嗟とっさに周りを見回すが、雑踏のなかで泣いている人がいる、などという異様な光景は映らなかった。

  耳に意識を集中させる。


「……い」


  聞こえる!!


「ハハハ!!」


  ーーうるさい!!!!


  俺は雑踏の騒がしさに両手で耳を塞いだ。何故そうしたのだろう、音が聞きたいなら耳を塞ぐべきではない、当たり前だ。だが俺はこのときそうしなければいけないと思った。意識を集中させる。

  次第に確かな変化が生じた。

  さきほどまでの違和感が啜り泣くような音に変わり、ときたま微かに声が聞こえる。多分、女の子だ。


「……みしいよ」


「みしいよ?」


  俺は目を閉じる。


「寂しいよ……」


「ッ!?」


  座っていたはずの生垣の段差がなくなり、俺は後ろにひっくり返った。


 


 

 

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