第21話

 ――その日の朝。


 フェリアは『六角転送基』の部屋に足を入れた。


 フェリアの姿は、いつもの「紅月の稲妻」ではなかった。紅月の由来である右目の下の紅いペイントは施されておらず、その代わり、薄く肌と同じ色に化粧をしていた。

 

 腰まであるロングの黒髪は肩甲骨辺りで切り揃えられ、軽くウェーブが当てられていた。白のブラウスに僅かに茶色がかったカーディガン。その上に濃紺のブレザーを着ている。紺地に白のチェック柄のミニスカートから伸びる素足は赤紫色のソックスへと続き、茶色のローファーに収まっている。胸元には紺地に薄紫と白線のポイントが入ったリボンが結ばれていた。


 クーマは何人かの助手と一緒に転送基の調整をしていた。フェリアは、操作端末横の鍵穴のようなものから何本ものコードが伸びているのを見つけて、きっと転送基を起動させる鍵の代わりなのだろうと推測した。


「お待ちしておりました……」


 フェリアが入ってくるのに気付いたクーマが声を掛けると、続けて普段と違う恰好であることを指摘する。


「なるほど、これが『チキュウ』の服装ですか」

「向こうの世界で学生が着る服よ。普段と大分格好が違うから落ち着かないけれど、髪を切ったせいもあるかしらね」

「その姿もお似合いですよ。『チキュウ』の情報インストールは如何でしたか」

「余り気持ちのいいものではなかったけれど面白かったわ。地球の科学レベルはヴィーダより全然劣っているし、惑星を統べる帝国もない。歴史で習った大昔の世界ね。だけど凄くワクワクするわ」


 神楽耶の率直な感想に、クーマはフッと笑った。


「事前調査でターゲットは現地の惑星の三つの教育機関のどれかに所属しているところまでは絞り込めました。あとは貴方が……」

「分かっているわ。一つあたり一セグエントと少しの時間があるわけね」

「そうです」

「一番確率の高いところは分かる?」


 クーマはリストを記したメモを渡した。上から順に「翠陽学院」、「江南高校」、「朽木高校」と記されていた。


「残念ながらそこまでは……ですが、リストの教育機関のどれかだということは確かです。調査のために、これら教育機関の新入生として入学する手筈を整えてあります」

「ありがとう。じゃあこの――スイヨウガクインからにするわ」

「分かりました。ではジャンプ先を設定をします。ああそれから……」


 クーマはフェリアを恭しく端末横に置いたテーブルに案内する。テーブルには『クレスト』と、何種類かの眼鏡がフレーム毎に並べられていた。


「こちらにある『クレスト』は、あちらの宇宙で使うように調整した新型です。『クレストⅡ』とでもお呼び下さい。新型の『クレスト』は通常のエミット機能に、こちらの宇宙との通信機能を持たせています。お試しください」


 といって、クーマは『クレストⅡ』をフェリアに渡し、電話をするイメージを持つよう指示する。


 フェリアが『クレストⅡ』を掌に乗せて念じる。クレストⅡは青く発光し、ホログラム映像を結ぶ。


「これは、地球かしら?」


 昨日の会議室でみた惑星が映し出されていた。


「その通りです」

「やはり、ヴィーダのように綺麗な惑星ね」

「えぇ、流石『対宇宙』というだけのことはあります。相対座標も同じです。この『クレストⅡ』は対宇宙の同一座標への思念を飛ばし像を結びます。その思念を画像・音声変換することで、通信の代わりとするものです」

「素晴らしい技術ね」

「御褒めに預かり光栄です。あちらへはこの『クレストⅡ』をお持ちいただきすよう」

「分かったわ。ありがとう。クーマ」


 クーマはフェリアの礼に答えずに眼鏡を指さした。


「もう一つお持ちいただくものがあります。ターゲットの宙の王を検知する装置です。これを掛けてください」


 クーマは適当な一本の眼鏡をフェリアに手渡した。

 フェリアが眼鏡を掛ける。度は入っていない。裸眼でみるのと何も変わらない。


「こちらを御覧ください」


 クーマは、手にした水晶型のクリスタルを指した。

 フェリアが眼鏡越しにみると、レンズの内側にクリスタルを囲むように赤いラインが丸く表示され、点滅している。


「このクリスタルは宙の王の情報思念体パターンを擬似的に発生させているものです。赤く丸で表示されているのが分かりますね。これを頼りにすれば宙の王を見つけられる筈です」

「大したものね。助かるわ」


 クーマはフェリアから眼鏡を返して貰うと、テーブルに並べた眼鏡を指さしてどれかを選ぶよう促した。


「この装置はチキュウで使われている眼鏡に偽装するのが一番自然だったのでそうしました。ただ、部品のダウンサイズに限界があり、見た目はやや保証でき兼ねます。残念ながら」


 クーマの用意した眼鏡はボストン型やウェリントン型など、「チキュウ」で普段から使われているものではあったのだが、どれもフレームが分厚かった。


 フェリアは一通りみて、アンダーリムのフレームを手に取った。眼鏡を掛けて、横にある鏡で自分の顔を映す。うまく右目の下の傷が隠れることを確認したフェリアは、この眼鏡にするとクーマに言った。


 そのフェリアの背中に声が掛かる。


「準備はできたか。フェリア」


 部屋に入ってきたアパクが相好を崩した。


「先生、御蔭様で」


 フェリアが意外そうな顔を見せたのを見て、アパクは苦笑する。


「可愛い教え子の旅立ちだ。見送りにな」

「わざわざありがとうございます。先生」

「ターゲットの居場所は絞り込めたのか」

「えぇ。技術主任が三つまで絞り込んで呉れましたから、あとは現地で調査しますわ。えぇと……」

「ジャンプ先は、ヨコハマという所です」


 フェリアの視線の問いにクーマが答えた。

 フェリアは軽く頷くと、アパクに別れを告げる。


「では、先生。行ってまいります。きっと『宙の王そらのおう』を回収して戻ってきますわ」

「うむ。作戦の成功を祈る」


 アパクが手の甲を上にして敬礼し、フェリアが答礼した。


「はい。行って参ります」


 それを見ていたクーマが、思い出したかのようにフェリアに尋ねた。


「あぁ、そうでした。大事なことを聞くのを忘れていました。向こうの世界での名前は何にするのですか」


 フェリアは昨日、脳に圧縮インストールされた、地球の情報ファイルを脳内で展開しながら、しばし考えた。そして、ターゲットの国に伝わる古い物語の登場人物に行き当たった。


「カグヤ…。そう。立花神楽耶たちばなかぐやにするわ」

「分かりました。『タチバナカグヤ』ですね。現地惑星の情報中枢データを書き換えるまでの間しばらくお待ちください。帰還の日は七セグエント後の今日です。お忘れなきよう……お嬢さん」


 フェリア――立花神楽耶――は、アパクとクーマ達に見送られ、転送基で旅立った。

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