第20話

 四人が入った別室は会議室として使われていた部屋のようだった。アーチ型の天井を間接照明が白く照らしている。中央にU字型のテーブルがあり、肘掛けのある皮張りの椅子が並ぶ。各席には立体ホログラムモニタとマイクがそれぞれ設けられていた。U字の底には議長席があり、その背後の壁一面に、大画面モニタがモスグリーン一色のスタンバイ映像を映していた。


 カラクは議長席に座って、アパクとフェリアに座るよう促す。フェリアは着席する前にクーマを見たが、クーマは大画面モニタの脇に立ち、「どうぞご着席を」とばかり手で椅子を指した。フェリアはカラクから遠く離れた末席に座ろうと椅子を引く。


「フェリア。今日はお前が主役だ。所長の隣に座れ」


 アパクが顎を横に動かす。


「え……。よろしいのですか?」


 フェリアがアパクとカラクを交互に見やる。


「当然だ。掛け給え」


 カラクが大きく頷く。


 フェリアが指示に従うと、次元調整機構のスタッフが飲み物を持ってきた。初めてみる顔だ。機構はエミット計画の為にスタッフ拡充を進めている。きっと新しく雇った新人なのだろうとフェリアは思った。


 飲み物から豆を煎った独特の芳香が立つ。フェリアはカラクの次に目の前に置かれた飲み物を軽く覗き込んだ。


 飲み物は黒かった。


 その色からして、スラウェシ星産のトアルコト豆から淹れた「ラジャ」のようだ。その余りの黒さ故に『ブラックホールの泪』と呼ばれることもある高級品だ。スタッフはそれぞれに湯気冷めやらぬ飲み物と、濃縮乳を小さくパックした「ジャスータ」、そして正八面体の甘味ブロックをセットすると一礼した。

 

 クーマはスタッフに一瞥を呉れただけだったが、フェリアは静かに頭を下げて一礼を返し、カラクとアパクは軽く手を上げて礼をした。


 カラクが自分「ラジャ」を見て、おやという顔をする。スタッフの手落ちなのか、カラクのラジャには甘味ブロックが添えられていなかった。カラクがスタッフを呼び止めようと顔を上げると、神楽耶が気を利かせる。


「カラク所長。こちらをどうぞ。私は使いませんから」


 神楽耶が、自分のやや紫がかった甘味ブロックを差し出した。


「すまんな。昔は使わなかったのだがな。歳かもしれぬな」


 カラクは珍しく軽口を叩いた。そのとき、クーマの歪んだ口元が更に歪んだのだが、誰も気づく者はいなかった。


 「ラジャ」を持って来たスタッフが退室したのを確認すると、カラクはクーマに目で合図を送る。クーマは所長の視線を受け取ると、カラクの背後にある大モニタに映像を出して説明を始めた。


「先程皆さんが見た装置はカラク所長が仰ったとおり、対宇宙へジャンプするための次元跳躍転送装置です。およそ数千万周期の昔に造られたと推定されます」

「数千万……」


 フェリアは言葉を失った。そんな昔の装置があったなんて、俄かには信じられなかった。

 クーマはそんなフェリアをみて肩を竦めてみせた。


「その通り。私も今でも信じられません。しかし年代測定の結果がそう示している」

「そんな昔の機械がちゃんと動くの?」


 フェリアの問いにその疑問は当然です、と前置きしてクーマは続けた。


「現に、宙の王が対宇宙にジャンプした。それは重力子波動追跡の結果からも明らかです。あの装置は動いている」

「どうやって動かすことができたのだ。『島の記憶』の奴らは」


 アパクが口を挟む。


「宙の王がいたからです」


 クーマの答えにフェリアは怪訝な表情をみせた。


「あの装置の外面に文様が刻まれていたことにお気づきになられましたか? あの文様は先史超古代文字なのです。解析班は同じ文様パターンの出現頻度から文字である蓋然性は限りなく百パーセントに近いと結論づけました」

「それが宙の王とどう関係するのだ」


 アパクが急かす。クーマはそれには答えず、スクリーンの画像を文様パターンの一部に切り替えた。


「残念ながら、あの文字は記録にも残っていない先史超古代文明の文字です。なにせ数千万セグエント前のものですからね。しかし、皆さんも御存知のとおり、宙の王は太古の記憶を持つと言われている男です。おそらく宙の王はその記憶を呼び覚まして、転送基に刻まれた古代文字を読んだのでしょう」


 一同に緊張が走り、会議室の空気が変わった。


「なんて書いてあったの?」


 フェリアが訊いた。


「残念ながら、我々の力では解析できませんでした。が、宙の王が翻訳したメモを残していたのを発見しました」


 クーマは更に画面を切り替えた。


「これは、操作マニュアル?」


 フェリアに驚きの表情が浮かんだ。


「御明察です。装置の外壁に直接マニュアルが刻まれていたのです。宙の王のメモがこの文字の翻訳であるならば、ですがね」

「確かなのか」


 アパクが確認する。


「メモを元に技術班が動作確認を行ったところ、その通り動きました。少なくとも宙の王のメモが動作マニュアルであることは間違いない。現在、解析班がメモを頼りに転送基外壁に刻まれた古代文字の翻訳作業と確認を行っています。どうやら、これを造った先史古代人は『六角転送基』と呼んでいたようです」

「じゃあ、私達もこれを使えるのね」 


 フェリアは期待の眼差しを向けたが、クーマは眉一つ動かさなかった。


「はい。条件付きですが」


 アパクがモニタに注いでいた視線をクーマに向ける。クーマはアパクの強い視線に込められた意図を理解し、その条件を語りだした。


「こちらから向こうの宇宙にジャンプする事は何時でもできます。しかしこちらに還ってくるのは何時でもという訳ではありません。宙の王のメモにも向こうの宇宙にジャンプする方法しか書かれていなかった。我々はこのシステムの原理を理解しているわけではなく、一部を使えるというだけなのです。それは『島の記憶』も変わらないのですが……」

「一方通行なら意味がないわ」


 フェリアが呆れたように首を振った。


「いえ。自由には出来ないというだけで、帰って来られない訳ではありません」


 クーマはフェリアを咎めた。


「技術班の調査では、こちらの宇宙に戻ってくる時間と座標がセットされていることが分かりました。いくつかセットされている可能性もありますが、今のところ分かっているのは七セグエント後です」


 手元のカード型の端末を操作し、クーマはモニタに青く美しい惑星を映し出した。


「これは……ヴィーダ?」

「いえ、あちらの宇宙の惑星です。重力子波動追跡に間違いがなければ、宙の王はこの惑星に逃げ込んでいます」


 クーマがフェリアの問いに答えた。


「ヴィーダそっくりね」


 フェリアの感想に小さく頷くと、クーマは補足した。


「座標は我がヴィーダと対になる座標にある惑星です。そして、我らと同じ人類が住んでいる。彼らは『チキュウ』と呼んでいます」


 クーマの台詞に続けるように、カラクはフェリアのブルーの瞳を正面から捉えると、口を開いた。


「そういう事情なのだ。フェリア、君に向こうの宇宙に行って貰いたい。そして宙の王を捕らえ戻ってくるのだ」

「ですが、どうやって」


 フェリアが口を挟む。


「我々は向こうの宇宙のことは殆ど分ってはおらん。しかし、我々の宇宙と対を成す鏡像宇宙である以上、物理法則にそれほど大きな差はない筈だ。既に何基かの探査機を送っているが、報告から分析するとそう判断できよう。ただしテレポート能力は制限されるかもしれぬ。君程のテレポート能力者でもだ。そこは注意してほしい」


 カラクはそこで一息いれ、「ラジャ」に口をつけた。


「しかし、テレポートに制約がかかるということは、ジャンプに伴う肉体の分解と再構成も儘ならないかもしれぬということだ。宙の王は情報思念体のまま、向こうの人間の情報思念体に入り込んでいると儂は考えている」

「でしたら、発見するのは不可能なのでは?」


 フェリアの当然の疑問に、カラクの代わりにクーマが答えた。


「そうとも限りません。入り込むといっても、情報思念体波形パターンに一定以上の親和性がないと侵入できませんから。宙の王は自分と似た情報思念体波形パターンを持つ者の中に潜んでいる可能性が高いのです。逆に言えば、宙の王の情報思念体波形パターンを追えばいい。そのための装置は既に開発しています。ただ……」


 クーマは少し間を置いた。


「ただし、その装置は使用者の情報思念体波形パターンの影響を受けるため、宙の王の波形パターンに近い波形パターンを持つものでなければ、ノイズが混ざってしまい探知精度が極端に落ちてしまうのです」


 更に言葉を継ごうとしたクーマを制して、カラクが口を開いた。


「それが、君を向こうの宇宙に送り込む理由だ。君の情報思念体波形パターンは宙の王のものと酷似している。君ならば、『チキュウに隠れている宙の王』を見つけられるはずだ」


 フェリアは「ラジャ」を載せた皿に添えられた小さなステッィクで、少し冷めた反射率0.35%の暗黒の液体をくるくると二、三度かき混ぜると、「ジャスータ」を垂らした。フェリアは白色の「ジャスータ」が形作る渦巻きが漆黒の液体を普通の黒に変えるのを見届けてから、カラクの方を向いて力強く返答した。


「主命とあらば、是非もありません。承りましたわ」

「ん。出発は明後日だ。チキュウ情報のインストールと装備一式はクーマに用意させる。時間がないが早速準備を進めてくれ給え」

「はい」


 フェリアは立ち上がって、カラクに敬礼すると、アパクとクーマに断って、一足先に会議室を後にした。

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