話其の陸/機転の良さと物判りの良さ

桃太郎は犬から自分が鬼であるという、余りにも衝撃的で意外な事実を教えられる。


勿論、最初は信じられなかったのだが、犬からの指摘に思い当たる節もあり、少しずつ、自分は鬼の様な気もしてきて、最終的に自分が鬼であるという事実を受け入れざるを得なくなっていた。


そんな桃太郎に犬が声を掛ける。


「そうだ。お前は間違いなく鬼だ。それでもお前は鬼退治へ向かうつもりなのか?」


「確かに俺は君の言う通り、鬼なのかもしれない。しかし俺は村の皆に鬼を退治してくると約束をした」


「そんな人間との約束なんて、守る必要はないだろ!?」


「君は人間に酷い事をされたみたいだから、そう思うのかもしれないけど、俺は村の皆に助けられてきたから、そういう訳にはいかない」


「じゃあ、お前は自分の同胞の鬼を退治するのか?」


「そうなんだよ。そこなんだよ。俺は鬼なのかもしれない。でも、まだ鬼を同胞とは思えないんだ。それよりも村の皆の期待に応えたい。約束を守りたいんだ。俺にとってはまだ、村の皆の方が同胞なんだよ」


「そういう事なら、此処をすんなりと通す訳にはいかなくなってくるが」


「困ったなぁ。俺には君と争う理由はない」


「お前に無くても、俺は人間の味方をするお前を、このまま見過ごす訳にはいかない」


「どうしても?」


「ああ、どうしても、だ」


「こういうのはどうだろう?」


「こういうのとはどういうのだ?」


「俺は君に鬼ヶ島までの道案内を頼みたい」


「何、馬鹿な事を言っているんだ!?」


「その代わりに俺は鬼を退治する事を考え直す」


「ん!?どういう事なんだ!?」


「俺が何故、鬼を退治しに鬼ヶ島へ向かっているのか。それは鬼が人間に悪さをするからなんだけど、要は鬼にその悪さを止めてもらえればいい訳で、先ず、鬼と話をさせて貰って、それから俺は鬼を退治するかどうか、君は俺と戦うかどうかを決めればいいんじゃないかと」


「なるほど。そういう事か」


「君には俺と鬼との話し合いを見届けて貰って、その結果、君と戦わなければならなくなるのであれば、俺の方も腹を括って、相手をさせて頂こうかな、と」


「そうまで言われたら、仕方がないな」


「ありがとう。君が話の判る犬で良かった」


「じゃあ、俺について来な」


「うん。鬼も話の判る鬼だったらいいのになぁ」


犬に先導されて、桃太郎は再び鬼ヶ島へと向かう。

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