話其の肆/子を想う親心と期待を寄せる他人

今日は桃太郎が鬼ヶ島へ鬼退治へ出掛ける日である。


お婆さんはいつもよりも早起きをして、桃太郎の為にお弁当を作っていた。


お爺さんと桃太郎はまだ寝ている。


お婆さんだけが先に起きて、お弁当を作りながら、朝食の準備もしなければならず、慌ただしい。


そんなお婆さんではあるが、本当は桃太郎に鬼退治には行かせたくなかった。


勿論、桃太郎が鬼を退治をする事が出来れば、大勢の人々を助ける事にもなる。


しかし子供に恵まれなかったお婆さんにとって桃太郎の事は、実の子以上に愛おしく感じていたのかもしれない。


実際に実の子がいる訳ではないので比較は出来ないのだが、それぐらいに桃太郎の事を可愛がっている。


だから桃太郎に危険が伴う事はして欲しくなかった。


その一方で桃太郎自身が自分の意思で、苦しんでいる人々の為に鬼退治を決断した事は嬉しかったりもするのだ。


我が子の成長を喜ぶのは親として当然でもあろう。


そして、そんな桃太郎を後押しもしたい。


だからお婆さんは本音を口にする事はせずに、ただただ自分が桃太郎の為にしてあげられる事をと思い、今、心を込めてお弁当を作っているのだった。


暫くすると、お爺さん、続けて桃太郎も起きてくる。


そして三人はいつも通り黙々と朝食を済ます。


しかし、そこには、いつもと違った緊張感も漂っていた。


桃太郎は朝食を済ませると鬼退治に出かける準備をする。


そして準備が整うと桃太郎とお爺さん、お婆さんの三人は家の中から外に出た。


外に出ると、この村に住む村人達の殆どが、鬼退治に出掛ける桃太郎を見送ろうと集まって来ている。


それだけ桃太郎に対する村人達の期待が大きかったのだろう。


そんな中でお婆さんが桃太郎に、お弁当を手渡しながら声を掛ける。


「たいした物は作れなかったけど、道中これをお食べ。それと、無理はしないでおくれ。そして、無事に帰って来ておくれ」


「ありがとう。婆ちゃん」


桃太郎はお婆さんに礼を言った。


続いてお爺さんが桃太郎に声を掛ける。


「婆さんを悲しませる様な事だけはしないでおくれよ」


「判ってるよ。爺ちゃん」


桃太郎は元気一杯に応える。


鬼退治がどの様なものであるか、理解が出来ていないかの様であった。


そして桃太郎は出掛けようとする。


そこへ村人の代表者が桃太郎へ駆け寄って来た。


「これ、少ないけど、村のみんなからのお餞別だよ」


代表者はそう言いながら、少々の金子を桃太郎に差し出した。


「ありがとう。ちゃんと鬼を退治して来るから、期待して待ってて」


少々の金子を受け取りながら、桃太郎は力強く言った。


「頼んだよ」


そう言いながら、代表者は桃太郎を拝んだ。


それを見て、周囲に居た村人達も桃太郎を拝み始める。


そして桃太郎はお爺さん、お婆さん、村人達に見送られながら、鬼を退治するべく、鬼ヶ島へ向かう。

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