第20話

「や、悪ぃ悪ぃ。久しぶりの戦闘でハッスルしてたら、うっかり火力を上げ過ぎちまってな」

 賊徒を全て捕らえ落ち着き払った陣営の中、悪びれる様子も無く、考福がカラカラと笑いながら言った。その様子に、這這の体で館から逃げ出す羽目となった一同は揃って渋面を作った。

「笑い事じゃねぇよ! こっちは危うく焼け死ぬところだったんだぞ!?」

「全くだ。館を燃やしてしまった事に気付いていたのなら、せめて消火作業をしてくれれば良かったものを。どうせ、水を扱った術も使えるのだろう?」

「けどさ、考福の事だから……多分水量の加減もあまり考えないで滝のような水を降らせてくれちゃってたんじゃないかな?」

「そうなったら……水圧で死んでいたかもしれんな……」

「……となると、消火作業をしないでいてくださって、良かった、という事になるんでしょうか……?」

 思い思いの言葉を発し、一同は再び渋面を作る。そんな彼らを眺めながら、考福は問うた。

「ところでよ、これからどうするんだ? 賊徒は全員捕まえた。こいつらを煽ったジジイは天帝の処へ連行された。……じゃ、護龍隊の仕事はこれで終了だろ?」

 その言葉に、文叔が頷いた。

「そうだね。とりあえず私は高矗や考福と一緒に、早々に洛陽へ戻らないと、かな? あ、できればここにいる女性達も一度洛陽に連れて帰りたいんだけど。今回の事で彼女達が心に負った傷を何とかしなきゃだしね」

「ってかよ、考福がいるなら、俺達も歩いて帰る必要無ぇよな? 今すぐ皆で帰っちまおうぜ」

 忠龍が言うと、智多がぶんぶんと首を横に振った。

「駄目ですよ! 逃集村に芳萬さんを残してきたままなんですから! まずは芳萬さんを迎えに行くのが先です!」

 智多の言葉に、全員が「あ」と顔を見合わせた。どうやら、本気で忘れていたらしい。

「アンタ達が普段アタシの事をどれだけどうでも良いと思っているのか、よ~くわかったよ!」

 少しだけ間を置いて、当の芳萬の声が忠龍の背後から聞こえてきた。忠龍は思わずビクリと震え、恐る恐る背後を見る。

「あーあー、月華! そんなところに火傷を作ったりしてどうしたんだい? 女の子は顔が命! ほら、早くこの薬を塗りな! 智多! あんたはそんなに顔を真っ黒にして……婆ちゃんが拭いてやるから、顔だしな! ……野郎どもは元気そうだね。かすり傷には唾でもつけときな」

 そこには、予想に違わず持ってきた薬やら手ぬぐいやらで一同の世話を焼き始める護龍隊最強の老婆、芳萬の姿があった。だが、予想と違っていた様子もある。芳萬の背後に、何十人という人間が控えていたのがそれだ。

「……芳萬、一応聞くけどな? 後ろの人達、何だ……?」

 少々片言になりながら忠龍が問うと、芳萬は豪快に笑いながら言う。

「逃集村の人達だよ! あの後、何でかあの坊やの家に逃集村の人達が押し掛けてきてね。何でも良いから働いて人間らしい暮らしをしたいって言うのさ。だから、連れて来たんだよ。勘でそろそろ終わる頃だろうと思ったからねぇ」

 何でかと言うか、多分旅人でそれなりに見れる格好をしている護龍隊に頼めば、何か仕事にありつけるのではないかと思ったのだろう。街から街へと渡り歩いている旅人に聞けば、人手の足りなそうな街の一つや二つくらいは教えてもらえると考えたのかもしれない。それに加えて、赤の他人の子どもを取り上げ、あまつさえその後の世話までしている芳萬を面倒見の良い気さくな婆さんと認識したのだろう。

 そう頭の中で納得して、忠龍達は逃集村の人間達を再び見た。その顔は、最初に見た時と比べて明るくなっているような気がする。働けるかもしれない、人間らしく生活できるかもしれない、という希望が、彼らに活力を与えたのだろう。

「洛陽の都も、都としてはまだまだ日が浅いからね。人手はいくらあっても良いだろう? 文叔」

 有無を言わさぬ芳萬の笑顔に、文叔は苦笑した。そして、やがて苦笑から本当の笑顔になると、文叔は一同に向かって言った。

「それじゃあ、帰ろうか」

 その言葉に、忠龍達は笑って頷いた。考福が術を使って風を起こし、一気に地面の土を巻き上げる。土遁を使って、ここにいる人間を一気に洛陽へ運ぶためだ。

 巻き上げられた土は、やがてその場にいる人間達の姿を覆い隠してしまう。そして、土が完全に地面に落ち切り大地の姿が元に戻ったその時。そこに、人の姿は影も形もありはしなかった。

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