2.6
次の日の昼休み、僕らは「下調べ」を始めた。
「ねぇヴェリテさんや」
「どうしたんだい、蒼ばあさん」
「ばあさんゆーな。せめてじいさん……もやめろ」
「で、何?」
「ここらでいっちょ、幽霊の定義頼む。具体的に何ができるのか」
「幽霊はゆーれいですのよ」
「ちゃんとやれ」
「……はい」
幽霊といっても、いろいろといる。
動物霊などの低級霊。
最近急に知名度を増した地縛霊。赤いネコとか。
一般的に「幽霊」だと思われている浮遊霊。
ほとんどの霊は一般人には見えず、実在するものも触れない。が、力のある奴は見えるし、ものにも触れるらしい。浮遊霊に多いそうだ。
そして、強さに差こそあれ、何らかの《
「ってことは、そのゆーれいさん達は私達の日常の中に紛れ込んでることもあるってことですか? すか?」
「そうなるっすね」
「ひえー。……ひえ」
棒読みっぽく千草が言ってから、本当に肩を震わせた。確かに、廊下ですれ違った人が実は生きてませんでしたとか考えると、恐ろしい。
「《
最近、千草の精神年齢が急激に下がりつつあるように思えるのは僕だけだろうか。
まるで――《彼女》みたいに。
やめてくれ。
浮かんでくる顔を追い出すように、僕は首を振った。
それに。
「大丈夫だよ、白藍さんは穏便な人だ。不思議な人ではあるけれど」
「なんでそんなこと分かるのよ。分かるのよ」
まだ分かっていない馬鹿は放置。
続いて、白藍さくらさん本人について。
文芸部が設立されたのは、四十七年前――昭和四十五年。
僕らの両親が生まれる、少し前くらい。
担任に当時の卒業アルバムを見せてもらったが、残念ながら白藍さんはいなかった。探せばあるのだろうけれど、今はあまり時間がない。
その後、実際に文芸部の人に話を聞いた。
蔵指さんはいなかったため、後輩に話を聞く。
「なんで……?」
千草はその事に関して首をかしげていたけれど、無視。逆に気づかないって、わざとじゃないのか?
彼女が亡くなったのは、中学二年夏。自動車事故、だったらしい。信号のない横断歩道を渡っていたところ、急に突っ込んできた車にはねられたそうだ。ミステリーコンテストの原稿を郵便局に持っていく途中だったという。
締め切りぎりぎり、もちろん徹夜。そんな中でやっと仕上がった原稿――。
それを持ったまま、彼女は死んだのだ。
「けっこう、重たいね。……重たい」
一通り調べ終わり、教室に戻ってきた僕らは、同時に溜息をついた。
ヴェリテは一度もう一方の魔法少女の様子を見に行くとかで、どこかにいってしまっていた。
クラスメイトは図書館やら運動場やらに遊びにいっていて、教室には誰もいない。
開いた窓からは、暖かい風が入り込んできては僕らをやさしく包んでいく。
でも今、そのやさしさは必要なかった。
「そうだね。まあ、未練を残したっていうのも、納得」
「それが四十五年続いたっていうのは、びっくりだけど。びっくり」
「まあ、物書きって、そんなもんだよ」
小説――書いた文字というのは、書いた当人が思っている以上に重要な意味を持っている。どんなにふざけて書いた、もしくは利口ぶって書いた文字であっても、それは本人の言葉だ。
本人の、叫びだ。
気持ちが――少なからず、入っている。
ふざけて書いたものには、「ふざけたい」がだけの理由が。
利口ぶって書いたものには、「誰かに認めて欲しい」理由が。
少なくとも、含まれているものだ。
それを専門にしたがる奴は――なおさら。
白藍さくら。
文芸部部長にして、その創設者。
ミステリー。
幽霊。
オッドアイ。
うん、君の気持ちは、理解した。
分からないけれど、理解した。
「蒼ってさ、意外と積極的な奴だったんだね。 せっきょくてきー」
机に頬杖をついた千草の大きな瞳が、僕を見つめる。
焦げ茶色の光彩。瞳は黒。典型的な日本人の目だが、白目のホワイトと光彩のダークブラウンの境目が見事だ。
薄い灰色が、柔らかに二つの色を飲み込んでいる。
いつ見ても、本当に思う。
《彼女》の目に、そっくりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます