遅咲きの花

蜜缶(みかん)

前編

初めて会った時、その人には彼女がいた。









「いらっしゃいませー」

夕方から夜にかけてのバイトの終了時刻まであと15分となった時、そのお客さんはやって来た。


「海人、早く買って家戻ろうね!」

「あぁ…うん」

「あ、このお菓子新しい味でたんだ?あ、コレも美味しそう!ついでに買ってっていい?」

田舎な上に雨なこともあって夜のコンビニの客足は少なく、店内には今入ってきた2人とオレしかしかいなかったため、2人の会話がよく響く。

整理していた棚から顔を出してレジの方向へ移動しようとすると、彼女と腕を組んだ彼氏とバッチリ目が合った。


(目、合っちゃった…彼氏さんすごいイケメンだな…)

彼氏はくっきり二重なのになんか塩顔で、自然な茶色の髪に少しアシンメトリな髪型。スタイルがいいからジーパンにパーカー姿でもやけにおしゃれに見えた。

彼女の方も化粧が濃いが多分女性としては可愛い方なんだろうけど、恋愛対象が男な自分は自然と彼女ではなくて彼氏の方へと目がいってしまう。

2人は…というか主に彼女が大きな声でしゃべりながら、お菓子コーナーや飲み物コーナー、デザートコーナーなどを見て、レジの方向へと歩いてきた。

その時、


ブーッブーッ…

「…はい、もしもし?あ、うん爽子?え、ダメだよ、今から彼氏んち泊まるんだから無ー理ー!」


静かな音楽が流れる店内で、露骨に響く電話のやりとり。

思わずチラッとそちらに目線をやると彼女ではなくてやっぱり彼氏と目があってしまって、思わず顔をそむける。


「…おい美月。会計しとくから、電話すんなら外でやれよ」

彼氏がため息交じりにそう言うと、そんな声もまたイケメンで、不自然に心臓が跳ねた。

(彼女持ちの男になんかときめいてもしょうがないのに…)

どぎまぎしながら俯いていると、いつの間にか彼氏がレジ台の上に商品を置き始めていた。


「わかったよー、外で電話してるからね。あ、ちょっと、コレ買いにコンビニ来たんだから忘れないでよー!」

そう言って彼女がレジに突き出したもの、それはいわゆる…ゴムだった。


(「コレ買いに来た」とか、彼女露骨すぎだろ…)

彼女はさっさと店を出て行ったので、店内に残されたオレと彼氏はなんか微妙な雰囲気になったが、平然を装ってレジを打ち始めることにした。


「…では商品を失礼します。お菓子が3点と、お飲み物が2点と…こちらは」

「あ、やっぱいいです、それ。もうやる気失せたんで」

紙袋に入れておきます、と言う言葉を遮られて発せられた言葉は、彼女と同じく露骨だった。

「はぁ…ではこちらの商品はキャンセルと言うことでお会計644円になります。…では1000円お預かりします…おつり356円のお返しです。ありががとうございましたー」


お釣りを受け取った彼氏はお金を財布にしまいながらオレの目をじっと見つめて

「…なんかすいませんでした。でかい声でしゃべったり、店内で電話しだしたりして…」

と謝ってきた。

「あ、いえ。他にお客さんもいませんでしたし、全然大丈夫です。ありがとうございます」

そう返すと、今度は軽く頭を下げて「ありがとうございました」と笑顔で去って行った。


(彼女のしたことを謝るとか、かっこよすぎだろう…)

オレは次のシフトの人が来るまで、無意識に店の出入り口から外を眺めたままだった。





「いらっしゃいませー…あ」

思わず出てしまった「あ」と言う言葉に、店の奥へ行こうとしていたのを振り返った男性は

「あ、昨日の!」と言いながら笑顔を向けてこちらへやってきた。

近づいてきたその男性は、あのゴムの時の彼氏さんだった。


「今日もバイトなんだ?大変だねぇ」

「あ、いえ、どうも。毎度ありがとうございます?」

会計に来たわけでもないのにわざわざ律儀に話しかけに来てくれた彼氏さんに何て返していいかわからずにいると

「ふはっ!なにそれ、めっちゃ他人行儀!」と笑われた。


(いや、他人行儀も何も、他人だし…)

と思いながら、その笑顔の破壊力にただ曖昧に笑顔を返していると

「……名前、瀬名さんていうの?下の名前じゃなくて、名字だよね?」

彼氏さんはオレの名札を指さしながらそう聞いてきた。

「はい。名字です…」

「そうなんだー?可愛い名前だねー、なんかピッタリ!」

そう言ってまた笑われた。

今日はよく笑うなぁ…と圧倒されていると「すみません、レジお願いします」と別のお客さんに呼ばれる。


「あ、はい!すみません、今うかがいます!」

彼氏さんにペコリと頭を下げてレジに向かうと、今日はその後に立て続けにレジを待つ人が来て、その後は彼氏さんにもサクっとお会計をしてロクに話すこともなく終わった。





それからシフトは2連休になり、今日が休み明け。

田舎だからそんなに混まないけど、休み明けはやっぱ疲れるなーと思ってると、バイト終了間近の9時50分に入り口の自動ドアが開く音がした。

「いらっしゃいませー」

そう言って整理していた棚から顔を出そうとすると


「ぅぉわ…っ!…っスミマセン」


お客さんが既にオレの目の前にきていて、ビックリして変な声を出してしまった。

恥ずかしくなりつつ顔を上げると

「やっぱ瀬名さんだ!今の声はそうかなーと思って」

そう言って眩しい笑顔を見せたのは、あの時のゴムの彼氏さんだった。


「…どうも。よく来られるんですね」

相変わらずのかっこよさに、心臓はビックリした時のまま落ち着かず、バクバクと大きな音を立てていた。

「うん、まぁ。自炊めんどいからコンビニ飯にしょっちゅうお世話になってます」

「そうなんですか、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。昨日もねー、来たんだけど。瀬名さんいないからハズレだったわ」

「ハズレ、ですか…」

優しい笑顔を見せながら彼氏さんがどういう気持ちでそう言ったのか分からないが、自分の顔がじわじわと熱くなるのを感じた。



それからというもの、オレのバイトの度に毎回と言うわけではないが、3回に2回くらい彼氏さんはやって来た。

もしかしたらあの出来事の前から常連さんだったのかもしれないけど、少なくともオレのシフトの時には見たことはなかったと思う。…だって、1回見たら忘れない感じのかっこよさだから。

彼氏さんは来るたびにオレに声を掛けてくれて、混んでなければ少し会話をするのが当たり前になった。

混んでる時は「頑張ってね」と声を掛けて帰っていったり…オレの気のせいかもだけど、時々すくまでブラブラと時間をつぶしているようなこともあった。


そんな彼氏さんに惹かれていくのはあっという間で、彼女がいるのを知ってて最初から失恋な恋をするなんて…自分があまりにばかばかしくて逆に笑えた。






「瀬名さんていつも何時に上がるの?」

今日も今日とてやってきた彼氏さんは、会計がてらオレに小声で声をかけてきた。

他にお客さんが2人ほどいるが、2人とも品定め中でまだお会計には来なさそうだ。

だから彼氏さんもオレに話題を振ってきたんだろう。

「だいたい10時ですね。お会計1874円です」

今日の品物は缶ビールに酎ハイ、カクテルとお菓子。週末だから宅飲みでもするのだろうか。

「2000円でお願いします。ちなみに今日終わったら暇?」

「……え?」

今までにないパターンの会話に呆然としてると、彼氏さんは悪戯気に笑った。


「今日は土曜だし、宅飲みしようかと思ってるんだけど、1人じゃ寂しいしさ…瀬名さんもどう?」

「え…あ…えと…おつり126円のお返しです」

「ありがとう。10時ならあと5分くらいでしょ?近くで待ってるから、バイト終わるまでに考えといて」

彼氏さんが返事も聞かずにレジを後にすると、すぐに別の人がレジに並んだ。

…彼氏さんは、後ろにお客さんが来たことを察知してたのだろうか。

いつも周りに気を配っている彼氏さんに、また心臓が乱暴に鳴る。


(予定ないけど…返事、どうすればいいんだ)

行くにしても行かないにしても、彼氏さんはオレがバイトを終えるのを待っていてくれてる。

そう思うとその後の会計は気が気じゃなくて、慣れているはずのレジのボタンの位置を探して手がうろうろとさまよった。

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