吸血鬼のアイロニー

@double-bind

第1話

 朝露を飲み込むように彼は血をすすった。まだ仄暗い霧の朝の中に、ひとりきりで。ただ、呼吸をしていた。


 三万三千年、生を受けてから幾つもの生命の移ろいを見てきた。狩るものと狩られるものと、幾多の種族が興り、滅びていった。数えたことはないが、次々と、生命は生まれ、消えてゆく。まばゆく輝く命もあれば、輝きを知らぬまま消えていく命もある。


 穢れ無き魂、無垢さ。それはすべての種族の生きる時間の経過とともに失われていくのだろうか。それとも、もともとの個体が持つ性質なのだろうか。

愛しいと思う気持ち、相手を思う気持ち。心の純粋さを持って個体同士が引き合う引力。それはその精神の穢のなさで美しさは天と地ほども違うものだ。

その純粋さ故に、乙女は命を落とす。計算なき汚れなさゆえに、人生を破滅させる。そういった愛情こそ、私の求める魂の輝き、穢れ無き赤、無垢なる血液。


 ただどうだろう、この二百年ほどで完璧なる無垢さには出会えずにいる。私の魂が古びてしまったのか。血の匂いも、魂の輝きも我々の種族の持つ7つ目の感覚器官がぴくりとも反応しない。

生命の交感、純粋なる血液の鉄の味。魂の輝き。ああいった日々は18世紀においてきてしまった。私自身命を永らえすぎ、そして死ねずにさまよっている。

人を狩る。狩猟の民らしくもなく、この時代のヒューマン同様にただ生きるだけの時を過ごしているのだ。生きる意味、生きる意味、生きる意味。ただそれは狩猟の民である自分にとっては穢れ無き魂の血液を啜ること。それだけであるというのに。

無垢なる乙女の死によって私の魂すら曇ってしまった。

ただただ毎日がくだらなくつまらない。私だけこの世界に取り残されてしまったようだ。ただ夜は静かに、月は上り、また朝が来て、時が過ぎていく。

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