2.街灯の下で、セーラー服を着た女子高生が金属バットを振っていたのだ。

 現実的に考えて人生においていろいろ上手くいかないのは、結局のところほとんどが自分のせいなんだって。だけど、そんな厳しい人生の理なんぞ悟ったところで心の傷が癒されるわけはない。


 幼馴染の鈴木すずきルミナに彼氏がいると発覚したその日から僕の生活は廃退した。


 もともと日々日常、学校生活に対して抱えていた不満、ストレスの爆発も相成っての効果だろう。昼と夜は逆さまになり、僕の夏休みは部屋からは一歩も出ずギャルゲーに夜通しのめり込む毎日が当たり前となった。


 夕飯も運んでもらって部屋でとる。外出するのは深夜に夜食を買い出しにコンビニへ行く時のみ。インドア体質が極限まで開花してしまった男の末路がここには確かにあった。


 昼夜がすっかり逆転している僕を見て、母親は初めの数日こそ小言をグチグチネチネチ言っていたが三日もすると何も言わなくなった。夏休みであることを考慮しているとは思うが、どうにも呆れられたようである。


 僕の高校一年生の夏休みは母親からのある種の放置プレイとギャルゲーによって構成されていた。



 そう、あの日までは。




 ある日の深夜。

「三次元にはね、嘘が細切れになって混じり込んでるんだよ。だから嘘か本当か自分の目で確かめて選別しなくちゃいけない。これはとっても大変なことだよ? スゴク疲れることなんだよ? 本物だと思ったら嘘だったなんて悲し過ぎるじゃないか! 気付いてしまった時のあの絶望感! でも、ほら。二次元を見てみなよ! そこにあるのは虚構でありフィクションでありその他現実に関わる一切の出来事とは関係ありませんだけど、それでも二次元なら僕は嘘を嘘として理解したうえで享受することができる! 嘘だと知ってる、でも確かにそこにある……。二次元は僕を裏切らない! 傷つけない! 二次元最高! ひゃーっほう!」


 そんなことをパソコンの画面の前で薄ら笑いを浮かべブツブツ呟きキーボードを叩く僕はどう見ても廃人だった。末期症状だった。


 人間として終わっているとも言えよう。ただ、末期症状でも腹は減る。というわけで小腹が空いた僕は夜食を買いにこっそり家を出た。


 夜中に行動するのは家族のお目汚しにならないよう気を遣う、引きこもりとしてのマナーだ。


 実家での引きこもりを考えている人はよく覚えておくように。




 近所のコンビニに足を運び、カップラーメンとツナマヨオニギリを購入。そして今はその帰り道だ。


 ビニール袋を手に携えて深夜の人通りのない住宅街を歩く。この辺はかなり治安がよく、深夜遊びに興じるマヌケな中学生や高校生なんかが全くいない。遊ぶ場所が皆無なのも影響しているだろうけど。


 深夜に馬鹿騒ぎをしたい放蕩者はもっと、そういう夜遊びに適した街へ繰り出していくのだ。扶養家族の分際でナマイキな連中である。


 だが、そんな連中のことなど僕にはちっとも関係ないことなのであった。そう、つまりルミナが今どこで何しているのだろうとかそんなことは全然気にならない。


 いやホント、関係ない。


 関係ないから考えるのをやめる。頭の中身を空っぽにし、口笛を暢気に吹きながら夜道を歩く。すると、何やら風を切るような音が聞こえてきた。ブォンブォンと、一定の間隔でそれは僕の耳に届いてくる。何の音だろう。


 気になったので寄り道をすることにした。本来は直線で進むはずのルートを途中で右折し、音のする方へ。角を曲がると僕はなかなかレアな光景に遭遇した。


 そこには人がいた。だが、ただいただけではない。街灯の下で、セーラー服を着た女子高生が金属バットを振っていたのだ。

 

 黒い髪を後ろで縛ってポニーテールにし、真剣な表情で素振りをしていた。ソフトボール部とか野球部の子なのかな?


 そう思ったけど、わざわざこんな時間にこんな場所で、しかも制服で? という疑問が頭の中を駆け巡った。


 閑静な深夜の住宅街でバットを延々黙々スイングし続けるセーラー服女子高生の姿は異彩を放っていた。


 場違いな雰囲気を漂わせて素振りをしている女の子を見て見ぬ振りをする器用さは僕にはなかったようである。


 長らくボサっと見とれてしまった。そのせいで僕は彼女に様子を窺っていたのを見つかるという失態を犯した。


「フゥー……」


 軽く息を吐いた後、素振り少女はスイングを中断し、バットを肩に乗せる。そして僕の方を向いて鋭い視線を送ってきた。


「あなた、さっきから何見てるのよ」


 ずっと気づかれていたようだ。そりゃそうか。

 僕と彼女の距離は二十メートルもない。気付かない方がおかしい。


 とりあえず、どうしたものだろう。話しかけられてしまった以上、何らかの応答はしなくては。


「えーと。……な、なにしているんですか?」

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