第一章
1.全ては世界が悪いのだ。
全ては世界が悪いのだ。この世界には人々を貶める罠が蔓延っている。
学校生活においてクラスメートの鼻持ちならないリア充イケメン野郎の
どれもこれも全て、この世界が悪いのだ。
そう、世界は陰謀を企てている。空気のように目立たず、それでいて僕らと密接した位置に陰謀を渦巻かせているのだ。
これは妄想ではない。純然たる事実だ。
とは言っても、そう簡単には誰も信じられないだろう。これから僕の経験を踏まえたうえで、この危険な世界の組織的策略の一端を語ろう。
例えば五月の半ば頃。
街中で女友達数人と一緒にいる幼馴染を偶然見つけ、会釈をしたら素通りをされてしまったのは世界が幼馴染の視神経に細工を施し、彼女に僕を視認できなくさせてしまったせいなのだ。
酷い話である。
だが、その時の僕は世界がそのような工作を働かせているとは知らない無知な愚民だったから、単純に彼女に無視されたのだと思い悩んでしまった! ベッドにうつ伏せで寝て枕を濡らしてしまうくらい傷ついてしまった!
そしてついこの間、一学期最後の終業式の日。
三枚目の容姿を持つ僕としてはかなり気に食わない存在、ハンサム丸斉藤が
「ねえねえ、
と、ニヤニヤ締まらない顔つきで僕にねちっこく訊いてきたうえ
「オレはプールにでも行こうかなって思ってるんだよね。あとは遊園地とかさ。吉川君も行きたいと思わない? まあ、誰かと行くよね。きっと。高校生にもなって誰ともどこにも行かないとかマジありえないよね?」
などと自らの楽しい楽しいひと夏の計画をスケジュールがら空きの僕に語り自慢しつくしてきやがったこと。
これも世界の計略だ。
斉藤は世界が僕に差し向けてきたエージェントなのである。証拠はない。ただ僕には分かる。誰とも遊ぶ予定のない僕に精神的ルサンチマンを感じさせて苦しめようという魂胆が丸見えだったからな。
ハッ! 長期休暇を一人で過ごして悪いか! お前に迷惑かけたのか? え? どうなんだ、言ってみろ!
しかし分別のある僕はその場では斉藤に何も言わず、家に帰って部屋に戻ってベッドに潜り込んでから家族に聞かれないよう掛布団の中でブツブツ恨み言を呟いた。ものすごくイライラした。
悔しくて、ストレスで胃が痛くなった。だけどこの時は一晩寝たらすっかり回復した。斉藤ごときを用いて攻撃してきても、僕に重傷を負わせることは不可能なのさ。
ざまぁ見ろ、世界! だが、世界は次なる手を打ってきた。
それはつい一週間前のことである。
その日、僕が何気なく自室の窓から外を見ていると、隣にある幼馴染の家の前にでっかいバイクにまたがった色黒の男が待ち構えていた。
何者だ、あいつは……。男は近所迷惑なエンジン音を響かせたままそこを動こうとしない。僕が騒音への腹いせに110番通報を検討し始めていると、なんと
「ごめーん、待ったー?」
幼馴染の鈴木ルミナが家から出てきたではないか。しかもやけに親しげに話しかけている。楽しそうに会話している。挙句、二人はバイクに乗ってどこかへ行ってしまった。ますます何者なんだ、畜生……。
もしかして、いや、そんなはずは……。僕は悶々と考え込んだ。スゴクいろんなことを考えた。
次の日も男は迎えに来た。そしてまたも二人乗りで去って行った。
これはもうアレだ。決定である。そう、彼氏というやつだ。
ああ、ルミナ……。なんてことだ。幼稚園の頃にはお互い結婚する約束まで果たした仲だと言うのに。確かに中学生になった辺りからほとんど接点はなくなっていて、近頃は全く会話もしなくなっていたけど……。
とんでもない裏切りだった。世界よ、これがお前のやり方かっ! しかし、いくら嘆いてみても現実は非情なままだった。度重なるスピリチュアルアタックの合わせ技にとうとう僕の精神も限界を迎えた。僕の心はポッキリ折れてしまったのである。
そもそも、小さい頃に交わした約束ほど不確かで実現しない話はない。
過去に近しい間柄にあったからといって、それが経年しても継続され、恒久的にあり続けるとは限らないのだ。
だけど、それでも少しくらいの希望を持ち続けていたかった。
繋がりがまだあると期待していたかった。だが期待の芽は眼前で摘み取られ、握りつぶされた。一方通行の想いであるとは重々承知していたが、やはり現実として形を成せば心の痛みは当然訪れる。
弱りきってしまった僕は、『世界が悪いんだ!』とほざくことでしか心の平穏を保つことができなくなってしまったのである。
……大体、世界が悪いって何だよ。
世界が何かしてるとか、被害妄想激しいんじゃねーの? そう、僕が散々持論を展開してきた世界が云々の話は空想の類に過ぎず、いろんなことの原因を他に押し付けることで楽になりたかった故に思いついた幻の陰謀説なのだった。
ああ、そうさ。ホントはわかっているんだよ。僕だって。
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