私の彼は宇宙人

茅ヶ崎ぽち

前篇



 男が女性の髪を掴み、床の上へ叩きつける。こめかみから生暖かいものが、涙と一緒に頬を伝わる。別れ話がこじれた男と女。だが、何もかもが、男の一方的な身勝手だった。


「痛い・・・。ひどいわっ・・・・・・」


「うるさいっ! とっとと俺の前からうせろっ、このブス!」


「私は・・・、別れるのなら、今までのお金返してって、言ってるだけでしょ。あの車だって、そのソファだって、みんな私が買ったものじゃないっ! それがいけないっていうのっ!!」


 男は、女の髪をさらにきつく掴み上げ、全身ミラーの前に顔を打ち付けた。ガツンと音がして、鏡にヒビが入り、可憐の額に激痛が走る。鏡には、血がベットリと付着している。


「やめて・・・・・・、高次」


「きやすく呼ぶんじゃねえよっ。いいかっ! この顔見てみろよ! おまえみたいな、一生男に相手にされないブスと付き合ってやってたんだぜっ! 俺みたいなイイ男がっ! おまえが払ったものは俺に対する慰謝料だっ。ありがたく思え」


 とんでもない理屈である、いくら偽りだらけの法治国家である日本でも、この考えは法廷では通用しないだろう。


「わかったか、二度と俺の前に現れるなっ! ドブス!!」


 そのままの体制で玄関へと引きずられ、ドアの外へ放り出された。通りがかりのカップルが、何事かと足を止めて見入っている。バタンとドアが閉まる。


 可憐は血だらけの顔で、そのカップルを睨みつけた。カップルは汚物を見つめるような冷たい目線をこちらに向けて、いそいそと部屋の中に入っていった。


立派な傷害事件なのに、応急手当をしてやるでもなく、大丈夫ですかと声をかけるでもなく、ただバカにしているだけだった。


関わり合いになりたくないのなら、無関心を装えばいいことなのに。面白がるだけなら、足を止めてあんなに凝視しないで欲しい。


 情けなかった・・・、自分が必要とされていない人間だってことは、よく解かっている。でも、あんなひどい目に合わなければならないほどの生き方はしていない。


結局、運命なんて不条理なのだ。ただ、容姿が醜いというだけで、とてつもない仕打ちを受けなければならない。


 中古の年式の古い軽四輪貨物車、これが自分のマイカーだ。男には、自分が組んだローンで、ランドクルーザーのグレードの一番いい車を買ってやっていた。


(私は、一体、何をやってたんだろう・・・・・・・・・)


 自分を犠牲にして、稼いだお金の全てを彼のために使って。結婚詐欺に合った女性の気持ちが、痛いほどよく解かる。


見返りを期待するのは、そんなに悪いことなのだろうか、見返りを期待しないで、異性に奉仕する人間なんているわけない。


ギヴ・アンド・テイクの関係になりたかっただけだった。


「この顔で、今まで付き合ってやってたんだぜ!」


 あの男の言葉が、ガラスの破片のように心に突き刺さる、そして、肉を抉り取り、ジワジワと不快な鈍い痛みを残していく―――。


 バカな事をしたものだ・・・、誰からも相手にされない自分なのだから、周りの人間みんな、私みたいな女を相手にしないのは、よく解かってるくせに、何を夢見ていたのだろうか・・・・・・。


 ハンドルを握りながら、頭の中は自己嫌悪と後悔でいっぱいになっていた。だから、どこをどう走っていたのか理解していなかった。


付いた場所は、カップルたちのカーセックスの穴場といわれてる、山の中。展望台のように開けた所では、街の夜景が見渡せる。


「ヤダ・・・、何でこんな所に来たんだろ・・・」


 こんな時に、いちゃつくアベックなんか見たくもない。急いで山道を降りるため、裏道に入る。


 その時だった、何かが、目の前に突然飛び出してきた。可憐は、急ブレーキを踏む。車体がスピンして、リア部分が180度移動した。


 狸か何かかと思ったら、人間のようだった。レーサーレプリカタイプのバイクが転がっている。けど、横道なんてものはなかったし、周りは林になっている。


突然飛び出してきた、というより、まるで、突然”空から降ってきた”感じがした。可憐は車から降りて、横たわってる人間の傍へよる。


「ちょっと・・・大丈夫ですか・・・・・・??」


 可憐は肩を揺すってみた、その人間は?! え、人間・・・・・・??


「な・・・何、これ・・・???」


 その”若い男”は、耳が尖っている。それは、少なくとも人間の耳には見えなかった。鹿や山羊のような耳だった。そして、暗くてよくわからないが、端正と思われる顔立ちの唇からは、小さな牙が覗いていた。


そして、極めつけは、ズボンからダラリと垂れ下がっている、尻尾・・・・・・。悪魔のような、矢印の形をしている。


 絶句、呆然自失、そんな単語が今の梨絵の気分だった。こんなの、普通の病院に連れていっても仕方なさそうだ。では、動物病院か?!


「どうしよう・・・・・・、でも、このままにしとくわけにも・・・」


 とりあえず、自分の家に運ぶことにする。アパートの一人暮しだし、隣り近所は水商売の人間が多いから、人に見られる心配はないだろう。


 


 医者じゃないので何ともいえないが、外傷は擦り傷程度の軽いもののようだ。この頑丈そうな銀色のスーツが、防護していたようだ。こんな丈夫で軽い素材なんて、見たことも無い。


かなり、高い物なのだろう。目に付く傷の手当てをして、布団の上に寝かせておいた。


 今日は散々な一日だった、と、コーヒーを入れてると電話が鳴った。


「もしもし、私、香奈枝よ」


 こっちが何も言わないうちに、明るい声をまくし立てる。彼女は、中学以来からの、”親友のフリをしている”親友だ。


「ああ、どうしたの?」


「それはこっちのセリフ、アイツに、捨てられたんでしょ・・・」


「・・・・・・ん、まあね・・・」


「ごめんね、あんな奴、紹介しなきゃよかったね」


 可憐の中に、香奈枝の苦い記憶が蘇った。今でも、鮮明に情景が浮かんでくる――――――


 それは、香奈枝と香奈枝の彼氏の譲と三人で、アミューズメントパークに出掛けたときのことだった。香奈枝は、外見はごく普通だけど、明るい性格だった。


コンプレックスだらけで、どうしても暗くなりがちな可憐に、優しく接してくれた。ホントにいい子なんだなと、思った。あの会話を聞くまでは。


 トイレに行っていて席を外してた可憐は、香奈枝が譲と、自分の事を話ししていた。


「でもさ、何でまた、あんなドブスと友達やってんの?」


 譲は、灰皿が設置してあるにもかかわらず、吸殻をその辺に捨てている。


「だって~、可憐といるとさ、自分が美人に見えるじゃない。それだけよ。あの子がいると、私が引き立つじゃない」


 可憐に衝撃が走る、冷たい水を頭からかけられたような・・・。


「何だ、それ、でも納得したぜ」


「私ってさ、特別美人ってわけでもないじゃん。可憐と一緒にいたら、誰が見ても、私の方がいいって思うでしょ」


「ハハハハハハ、そりゃそうだ」


 二人の高笑いが響いてくる、お互いが尊敬し合うことができないのなら、もう親友とはいわないのだ。香奈枝というメインディッシュの、引き立て役でしかない、ただそれだけの存在だったのだ。


 それ以来、香奈枝とは気持ちだけ、距離を置く事にした――――――。


「―――――でさ、ちょっと、可憐、聞いてるの?!」


「う、うん・・・、私なら、もう平気だから」


「そう・・・?」


「ホント、あんなカッコイイ奴が、私なんかとね・・・、おかしいって思わなきゃいけなかったのよ。じゃあ、ちょっと、オフロ沸かしてるとこだから、切るよ。それじゃ・・・」


 可憐は一方的に電話を切った、きっと、どんなに落ち込んでるかと、笑いの肴にでもするために電話してきたのだろう。電話の前で、暫く呆然としていると、後ろから気配を感じる。


「あ、気がついたの・・・?」


「≠∥◎§*○£◆※*$・・・・・・・・・・・」


「はっ??」


 どうやら、人間じゃなさそうな男の目が覚めたようだ。戸惑いがちな表情を浮かべて、地球の言語には存在しないような、言葉を発している。


「∋¥∞§£¢¬∂‡∝・・・・・・・・・・・・・」


「ちょ、悪いけど、何言ってるのか・・・・・・」


 可憐は、両手を上げて顔を竦める、”わからない”と身体で表現したつもりだった。男の方も、会話を諦めたのかため息をついて、胸ポケット辺りをゴソゴソとやっている。


「・・・・・・、これ、翻訳機です」


 モンブランの万年筆のような物を取り出して、それに向かって喋りだした。


「はあ・・・・・・??」


「あなたが、助けてくれたのですね。ありがとう。ところで、ここは何ていう星ですか?」


「星?! あの、あなた、一体何者なの?」


「僕はルークといいます、シリウス連邦星系のピウロメントが居住星です。星空ツーリングの最中、立ち入り禁止区域になってる太陽系に迷い込んじゃって」


 可憐は理解に苦しむ、この男、頭がおかしいのだろうか、だが、耳や尻尾は作り物には見えなかった。


「ここは地球という所でしょ?! 知能が低く、紛争が趣味の(一応)高等生物が存在しているって、カレッジで習ったけど」


「ええ、地球だけど・・・・・・」


「でも、あなたのような、”宇宙一の絶世の美女”がいるなんて! 野蛮な惑星だと思ってたけど」


 この宇宙人(らしい)は、人をからかっているのか!


「その窪んだ、瞳があるのかないのかわからないような目元、低い鼻、分厚い唇、形の崩れた輪郭、出っ張ったくびれのないウエスト、


垂れたヒッップライン、短い脚・・・・・・まさに、宇宙一の美 ――――――――――、ぬおぅ!!」


 可憐はゲンコツで、宇宙人ルークの顎を殴った。


「なんで、宇宙人にまで、バカにされなきゃなんないのよ――――――っ!!!」


「僕、なんか失礼なこと云いました~???」


 宇宙人ルークは、痛そうに顔をさすった。


「どうして、”誉めた”のに、殴るんですか~?! やっぱ、地球人って戦闘的なんだ・・・」


「だってあなたが、ひどい事言うから・・・。自分では、不細工なのは承知してるわよ。でも面と向かって、それもあなたみたいな綺麗な美少年に、ホントのこと言われると・・・・・・・・・」


「あなただって、ひどいじゃないですかっ!! この僕の、どこが”綺麗な美少年”っていうんですかっ! 僕のような”ブ男”は、宇宙広しといえども、そうそういませんよ~」


「えっ、何よそれ?! だって、あなた、そこら辺のタレントなんかよりは、よっぽど綺麗な顔立ちしてるじゃない」


「冗談はやめてくださいよっ! あなたこそ綺麗な人なのにひどい・・・・・・」


 部屋に置いてある、ハ○○o○○魔王のぬいぐるみに、ルークは目を付けた。


「これ、これですよ。僕の星の、”一緒に寝たい男NO・1”のタレントとそっくりです!」


「え~っ!!」


 ぬいぐるみを抱えたままルークは、ブツブツと呟きながら、何か思索している。


「そうかっ、そういうことかっ!!」


「ちょっと~、一人で理解しないでくれる~」


「あ、すみません。つまりですね、この地球とピウロメントでは、”美的感覚・価値観”がまるっきり違うんですよ」


「要するに、あなたの星では私が美しいってことになって、私の星ではあなたが美しいってことになる。ということ??」


「そういうことになるでしょ。堂堂巡りの論議ばかり続けても、容量のムダですし、ここらでそろそろ納得しないと、話が先に進みませんし」


「でも、なんか、おかしいわ。あなたが不細工なんて、地球じゃ絶対に誰も思わないわよ」


「それを言うなら、僕の星でも同じことがいえますよ。あなたは、ピウロメントの美人コンテストでは最優秀賞です」


 そういうものなのだろうか、当たり前の習慣や価値観が覆されてしまった。だが、結局容貌なんてものは、パターン認識のデータでしかないのだ。


何を基準にするかなんて、絶対的に決定されているものではないのかもしれない。


ただその団体で、勝手に価値を決定付けて、暗黙の了解で順位付けているだけなのだ。


だが、たったそれだけのことで、この地球では、人生を狂わされてしまうのだ。


「僕は、容姿にコンプレックスがありまして、どうしても、積極的になれないんです。性格も、暗くなる一方だし、何もかも悪い方に考えてしまって、不信になるんです・・・」


「私も、同じよ。今日だって、尽くした男に殴られて、捨てられて・・・・・・」


 同じ境遇の相手だと、どうしても本音で何もかも話してしまいたくなる。考えてみれば、この宇宙人とは立場が一緒なのだ。


「そんな、ひどい・・・・・・、そこまで残酷なことする高等生物は、僕の星、いや銀河連盟にはいませんよ。同じ高等生物なんですよ! どうしてそんな・・・・・・」


「あら、地球人はそんなものよ。平気で人の心も身体も傷つけて蝕む・・・、そんな人の方が多いと思うわ」


「たしかに・・・・・・、これだけ何度も戦争を繰り返す、自分たちの居住する星を破壊してしまう兵器をわざわざ作成する。


これだけ学習能力のない、レベルの低い高等生物の住む星ってのは、宇宙でも聞いたことありません。


そりゃ、危険区域にも指定されますよね」


「けっこう地球の歴史に詳しいのね」


「僕、カレッジでは、宇宙歴史学を選考してるんですよ」


「でも地球が、あなたの星みたいに科学が進んでなくてよかったわ。これで、光速宇宙船とかワープ走行だっけ、なんてものが可能になってたら、宇宙が無茶苦茶になっちゃう」


 暫くの間、奇妙な宇宙人との会話は弾む。こうやって、壮大なテーマの話をしていると、情けなかった気持ちがどこかへ飛んでいくようだ。


次元の小さな事で落ち込んでたことが、だんだんバカらしくなっていく。


「でも、あなた、どうやって帰るの??」


「宇宙バイクが事故した時点で、自動的にタキオン通信で母性のコンピューターに届くはずです。だから、事故のあった地点に、宇宙船が迎えに来てくれると思うのですが・・・」


「そう・・・、じゃあ、迎えがくるまで、ここに隠れてたらいいわ。その耳と牙と尻尾じゃ、すぐにどこかの研究所に連れていかれるわよ」


「あなたは、容姿だけでなく、中身も綺麗な方ですね・・・・・・」


「そんな・・・、捻くれてばかりなのに・・・・・・、でも、嬉しいわ。お世辞でも、誉めてもらえたのは何年ぶりかしら・・・」


かなり心配ではあるが、可憐はルークを部屋に残したまま仕事に行くことにした。



  

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