がじゃまるの木

歌鳥

(全編)

   がじゃまるの木


 本当の名前は“州上野西水道道路横オルガン児童公園”。

 緑道沿いには小さな公園がたくさんあって、わかりやすくするためか、それぞれに楽器の名前がついている。なぜ楽器なのか、なぜオルガンなのかは、よくわからない。

 この公園が“がじゃまる公園”になったのは、私たちが小学二年生の時だった。

「ねーねー、これ、がじゃまるの木?」

「それはシラカバ」

 塾からの帰り道、由佳里がまたおかしな遊びを始めた。緑道の両側に植わっている木を次々に指さして、片っ端からこう質問した。

「これは? これはがじゃまるの木?」

「それはニレ。ハルニレ」

「んじゃ、こっちのは? がじゃまる?」

「それはビワ。実がなるよ。おいしい」

 由佳里の悪ふざけそのものは、私は最初の二回で飽きてしまっていた。けど、舞はいちいち付きあってあげた。木の名前を即座に答える舞に、私は感心するしかなかった。

「んじゃーこれ! これはがじゃまるだ! 絶対そう!」

「キンモクセイ。いい匂いするよ」

「いい匂いっていうか、トイレの匂いだよね」

 そんな遊びを繰り返しながら、私たちはオルガン公園にやってきた。――もっとも、そんな名前には馴染みがなくって、私たちはただ“舞ちゃんの家の近くの公園”と呼んでいた。

「あれだよ! あれこそが本当のがじゃまる!」

 公園の真ん中にある木を指さして、由佳里は大いばりで胸を張った。そして、すぐさま舞に修正された。

「あれは桜。たぶんソメイヨシノ」

「ねえ、由佳里ちゃん」

 そこでとうとう、私は我慢できなくなった。

「どうして“がじゃまる”なわけ?」

「んー?」

 由佳里は満面の笑みで答えた。一点の曇りもない、完璧な笑顔で。

「だって、面白いじゃん、名前!」

 ――その日、理科の授業で、先生から沖縄の植物について教わった。

『ほかの木にからみついて、絞め殺してしまう』という先生の説明に、私は震えあがった。けど由佳里は、その木の名前の響きが気に入ったらしい。

「“がじゃまる”だよ、“がじゃまる”。かわいいじゃん、“がじゃまる”って名前! ピュアレンジャーに出てくる変な動物みたいでさー」

「違うの。そうじゃなくって」

「へっ?」

「“がじゅまる”だよ。沖縄の木は“がじゅまる”」

「……」

 由佳里は一瞬、ぽかんと口を開けて立ちすくんだ。

 それから、突然くすくすと笑い出した。

「ぷはははっ。やだなぁあいちゃん。それ違う、“がじゃまる”だってば。間違ってるの、あいちゃんだよ!」

 ほんの少しだけ、かちんときた。

「“がじゅまる”だよ。“がじゃまる”じゃなくって、“がじゅまる”」

「そそ」

 舞がこくこくうなずいて、私に同調してくれた。けど、

「またまたー、舞ちゃんまであたしを騙そうとしちゃって。そうはいかないぞー」

「……舞ちゃん、ちょっと向こう向いて」

 私は舞のランドセルを開けて、理科の教科書を借りた。そのページを開いて、にやにやしている由佳里の目の前に突きつけた。

「ほら。“がじゅまる”って書いてあるでしょ?」

「……あれ?」

 きょとんとして首を傾げる由佳里。そこへ舞が追い打ちをかけた。

「じゃがまるくん」

「ふぇ?」

「あっ、そうか。“じゃがまるくん”と“がじゅまる”で、“がじゃまる”なんだ」

 どうやら由佳里は、コンビニで売ってるスナック菓子と混同したらしい。

「……」

 私と舞の解説を聞くと、由佳里はその場で凍りついてしまった。しばらく黙って待っていたら、由佳里はうつむき加減に視線を逸らして、言った。

「知ってたもん。わざとだもん。ふざけたんだもん」

「本当は?」

「ごめん嘘。素で間違ってた」

「素直でよろしい」

「うーわー」

 その場にうずくまって、手で顔を覆う由佳里。

「よしよし」

 舞に頭を撫でてもらっても、由佳里は立ち直れなかった。

「はずかしー。あたし、塾からここまで“がじゃまる”“がじゃまる”言いまくっちゃったよ~。しかも、あんなでっかい声で」

「平気じゃない? 誰も“がじゃまる”がなんのことかなんて、わかんないわけだし」

「あたしがわかってるもん。はずいよー」

 おかしな理屈だった。けど、由佳里らしいと言えるかもしれない。

「……よしっ、決めた!」

 と、由佳里はいきなり立ち上がって、公園の真ん中にある木を指さした。

「今日から、あの木が“がじゃまるの木”だよ!」

「いや、だから桜だってば」

「ソメイヨシノ」

 私と舞に訂正されても、由佳里は頑なに言い張った。

「知ってるけど、でも、いいもん! あれは“がじゃまる”なの!」

「違うってば。“がじゃまる”じゃないし、“がじゅまる”でもないよ」

「ソメイヨシノ」

「いいじゃん、違う名前がついてても! ほら、学名とかそーいうのだよ」

「……学名も違うと思うけど。それより、なんであの木が“がじゃまる”になるわけ?」

「だってさー」

 一点の曇りもない笑顔で、由佳里は胸を張った。

「あれを“がじゃまるの木”にしちゃえば、あたし、間違ったことにならないじゃん?」

「……」

 私は呆れて、声も出せなかった。

 それはいかにも由佳里らしい、強引で、まったく意味のない理屈だった。

「由佳里ちゃん、かしこい」

 一方、舞はまったく逆の感想を持ったらしかった。

「でしょでしょ? えへへ~、舞ちゃんはわかってるねー」

 由佳里は舞に抱きついて、両手でわしわしと頭を撫でまくった。

「舞ちゃん偉い! かわいい! えらかわいい!」

「やーめー」

 舞は顔を真っ赤にして、由佳里の手から逃れようとじたばた暴れた。

 そんなことがあってから、由佳里は「じゃ、今日はがじゃまるの公園で遊ぼ!」「昨日がじゃまるの木のとこでさー」などと、しつこく言い続けた。

 気がつくと、私や舞もその木を“がじゃまる”と呼んでいた。最後には「今度の土曜日、がじゃまる公園ね」という具合に、公園そのものの名前が変わってしまった。“オルガン児童公園”という名前は、どこかへ忘れ去られた。

 ――結局、由佳里は間違ってなかったことになる。

 だって、“がじゃまるの木”は本当にあったんだから。少なくとも、私たち三人の中では。

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