訪問・五

「──とりあえず、腹を切って詫びなさい」


「いくらなんでも重すぎないか!?」


 それは月ヶ丘朧が訪問者として次期当主選定の代理決闘(計十戦)を持ち掛けてきた放課後から二時間後のこと。ようやく時宮から戻ってきた早々に俺からことの次第を聞き終えた瞳子の第一声がこれだ。なんとも物騒な瞳子の発言だが要は俺が瞳子の代理として話を進めたのが気にくわないらしい。


「当真が武士の家系なのは知っているわよね。それにふさわしい責任の取り方をさせてあげようってのよ。おとなしく掻っ捌きなさいな」


「俺は別に武士でもなんでもねぇだろうが!」


「武家の子孫たる当真家の部下なら罰則規定もそれに準じるべきでしょ。道具と場所は用意してあげるから遠慮なくいきなさい」


 用意してあげるから、と聞いて誰が喜び勇んでハラキリするものか。越権行為だと言われればこちらの非はあきらかだが、さりとて命で詫びるなど到底頷けるものではない。そんな話の落とし所に困る状況を見かねてか、空也が俺と瞳子との仲立ちを買って出る。


「まぁまぁ、瞳子ちゃん落ち着いて。優之助だってなにも好き勝手に話を請けたわけじゃないんだよ。瞳子ちゃんがそうするだろうとわかっているからこそ代理で啖呵を切ったんだ」


「私がどう考えているかがわかるなんて思い上がりも甚だしいとは思わない? それに百歩譲ってわかっていたとして、許可もなく動いていい理由にはならないわ」


 公私の別なく馴れ合うことを釘刺す瞳子にそれもそうだと素直に引き下がる。しかし、それも一瞬のこと。拍子抜けするのを見計らうように、でもね、と空也が反論を綴る。


「何かあるごとにいちいち瞳子ちゃんにお伺いをたてる指示待ち人間みたいなのを僕達に期待するのもそれはそれでおかしくないかな? 相手を理解することを瞳子ちゃんは思い上がりというけど、優之助がどうでるかくらい予想できないっていうのは逆に読みが甘いと思うけど、どうかな?」


 言っていることは開き直りもいいとこだが、“それくらいわからなかったのか?”と突かれるとプライドが高めの瞳子には少々頷きにくいのか言葉に詰まる。

 ん? それだと俺が単純だと軽くディスられているような気が。


「それにさっきも言ったけど優之助は瞳子ちゃんを蔑ろにしてないよ。えーとなんだっけかな……あ、そうそう“別にぃ〜瞳子のぉ〜友人だからぁ〜お咎めなしをぉ〜楽観してるぅ〜わけじゃないぃ〜”」


「うおぉ! 空也てめえ!」


 いきなり何を言い出すかと思えば、瞳子の代理として場を仕切る覚悟を問う会長を説得した時の台詞だ。あの時ですら素面ではキツいと述懐した青臭い台詞群は時間を置いても精神にクるものがある。むしろ時間を置いた分だけ熟成され、さらにダメージが増している気がする。気のせいではない。あと空也、俺はそんな間伸びさせて言ってない。


「──“世話になっているのは事実だけど、だからといってかしずいているわけでもない。……認めているだけだ。友人であることも、頭に据えるのを手を貸すだけの器量があることも、な。向こうからわざわざ負けにきたのに迎えないようなやつならとうの昔に縁が切れてるさ”……だったか? 首を突っ込むのはいつものことだが、えらく語ってみせてたな」


 空也のそれとは対照的に脚色も寄せようともせず、その後を継いだのはその場にいたもう一人の友人である剣太郎。月ヶ丘朧の話を一切聞いてなかったくせになんでその部分だけ記憶しているのか? からかう気満々の空也と違い、そんな意図がないとわかるから逆に読めない。どうでもいいが、なぜ二人ともこの記憶力を学園生活で活かそうとしないのか? はっきり言って、無駄遣いにもほどがある。


「──はっ、痴話喧嘩がしてぇなら後でいくらでも乳繰りあえよ。人のメシ時を中断させてまで呼び出したんだ、とっとと話を進めろや。つか、むしろなんか食わせろ」


「──王崎と同意見なのは少々業腹だが、の進行を滞らせるような無駄ないさかいは止めてもらおうか、当真瞳子。それにその場におらず、何の指示も残さず、向こうの出方を予測すらしなかったおまえが優之助をどうこう責める筋合いはない」


「──言ったそばから脱線しそうな火種をぶっ込むなよ。当真も御村も、いいから話を進めてくれ」


 三者三様の温度差で嗜める声がリビングをさらに賑やかにする。それぞれ元序列五位『王国』王崎国彦、元序列十位『皇帝』月ヶ丘帝、元序列十一位『スロウハンド』逆崎縁の三人──それに加えて元序列十四位『殺眼』当真瞳子、元序列七位『空駆ける足』篠崎空也、元序列三位『剣聖』刀山剣太郎がこの場に集う。それは時宮が誇る黄金世代と呼ばれる異能者達、その中で天乃原学園に籍を置く面子が一同に会していた。


「(──まぁ、つまり時宮地元でも特に厄介な顔触れが集まったってわけだな。俺の部屋で)」


 毎度のことながらうちのリビングにたむろしなくても、と思わなくもないがそれを言ってもはじまらないので──言っても無駄だとも──思うだけにどどめるが無難だ。


 それにどう控えめに言ってもマイペースの権化である異能者がここまで集まるのはなんだかんだ卒業式ぶりだろう。必要にかられてなのは違いないが、必要にかられるほど互いの目的──あるいは価値観というべきか──が擦り寄ることがめったにないのでちょっとしたレアイベントみたいなものだ。こんな嬉しくないレアもそうそうないわけだが。



「──それもそうね。とりあえず優之助の件は後にしましょう」


 あくまで保留だと強調させて、瞳子が引き下がる。こちらとしてはそのままうやむやになるのを期待しつつ、話を本筋に戻す。


「月ヶ丘朧の──というか、当真瞳呼が持ちかけた代理決闘だが、現時点で困った問題がある。


「は? 俺がいるだけでも充分だってのに足りねぇってこたないだろ」


「……いや、御村の言う通りだな」


 本人からすれば単純に疑問を口にしただけだろうが凄んだようにしか見えない国彦に、俺の言わんとしたことを察した逆崎が首を横に振る。


「相手が十戦を提示した理由に当主候補自身の人望を量るってやつがあったな。星取り戦とも。なら一度決闘に立ったやつは次以降の代表に指名できないってことだ。王崎、おまえがいくらやる気があってもどうなるって話じゃない」


「しかも額面通りに受け取るなら、仮に人数が足りない場合でも瞳子を代表に据えることはできない。現状、俺、空也、剣太郎、国彦、帝、逆崎の六人。あと四人足りない」


「おそらく僕も参加は認められないだろう。僕の戦闘スタイルにロイヤルガードは必須だ。勝算があったとしても一対一の決闘に他の人物が介入していいようにはしないはずだ」


 帝が俺の盲点を指摘する。俺達の認識では帝とロイヤルガードがセットになっての『皇帝』だが、よそから見れば屁理屈と思われても仕方ない。


 一方でそれでも勝てる自信があったとして、反対に他の人物の介入が疑われる可能性を排除したいとはじめから『皇帝』の参加を禁止にしたいということか。それが意味するのは俺達や外野にぐうの音も出ない勝利を見せつけるつもりなのだ。


 舐められているとみるべきか、不気味な自信とみるべきかはさておき、これで参加できるのは俺、空也、剣太郎、国彦、逆崎の五人。半分も足りない。仮に全員が勝っても引き分けが精一杯だ。


「向こうが持ちかけてきた話だし、いっそ五戦を提案するか? 奇数だからなお都合がいいだろ」


「ダメよ。それじゃあ、私が数を集められないみたいになるでしょ。こちらはあくまで向こうの提案に“仕方なく”付き合って“あげている”でないといけないの」


 ──集められないのは事実だろ、という言葉を飲み込んであいまいに頷く。頭を悩ます状況に違いないが、瞳子の言うことももっともだ。


 つまりは帝が参加できない理由と同じ、後で異議が出ないように立ち回っている。“おまえらの条件に文句を言わず乗ったのに、いざ不利になったらゴネるのか”という具合に。


 それにちょっとした集まりすら困難なほど協調性のない異能者達を束ね、組織化できるからこそ当真家は異能者達の棟梁足り得てきたのだ。代理戦争の面子くらい揃えられないようでは差し障りがあるのも事実だ。


「だが実際、どうする? あてはあるのか?」


「今回のことがなくても声は掛けていたけど芳しくないわね。国彦の『王国ところ』で用意できない?」


「『王国うち』は高えぞ? ……と言いてぇが俺らに見劣りしねぇクラスのやつはだいたい出払ってるな。質を無視するなら話は別だが、だったら瞳子おまえがとっとと呼んでるわな」


「あれ? そういえば『ドッペルゲンガー』はどうしたのさ。僕は一度も顔を見てないけど、優之助や縁と戦ったんだよね? 彼に頼めばいいじゃない」


 名案とばかりに空也が声を弾ませる。しかし、それを聞いた瞳子と国彦の表情はなんとも微妙といった感じで反応は鈍い。


「……そういえば、空也は知らないんだったな。創家は──『ドッペルゲンガー』は学園はおろか高原市を離れているんだ」


 『多重幻肢ドッペルゲンガー』創家操兵は一連の騒動の後、心先輩──海東心についていった。なんでも国彦と瞳子がそれぞれ声を掛けてらしいが、心先輩に借りがあるとのことで──大元の原因である能力の切り売りに先輩が絡んでいたので複雑ではあるが、あくまで間接的だったことと自ら後始末したことで水に流したらしい──行動を共にするのを決めたそうだ。


「なるほどー、だから瞳子ちゃんも国彦も不機嫌なんだね」


 俺ですらモノローグ内心遠慮するくらいありありとわかる態度を前に空也の正直な感想が場を凍らせる。いや、気にしているのは俺くらいのようで例によって何かしらを読む置物と化している剣太郎はもとより、逆崎からも特にリアクションはない。これだから異能者ってやつぁ……いや、俺の器が小さいだけなのか?


 結局、この日はたいして話はまとまらず、後日に棚上げ、ないし進展に任せるという無難な締めとなった。そして翌日、たまり場に再び顔を出した月ヶ丘朧により代理決闘第一戦は今週の土曜に決まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る