訪問・四

 ──こいつ、アホだ。


 とは、騎士峰武への第一印象だ。偽名で入学したにもかかわらず本名を名乗る──しかも生徒会長の前で──なんて学籍虚偽で処分してくれといっているようなものだ。それとも『ナイトマスター』の渾名通り、自らの言動に謀りをはさみたくないタイプか? ……いや、それにしても限度があるだろう。全てをご破算にしてまで貫くこととは思えない。


 ──どういうつもり? 会長と真田さんも真意を測りかねるのか、それぞれの視線をもって俺にそう問いかける。


「(いやいや、俺に聞くなよ)」


 目配せでそんな返しをする一方、おそらく裏はないだろうとぼんやりながら確信する。あまり詳しいわけではないが月ヶ丘の元序列七位『ナイトマスター』の名は聞いたことがある。面識はないので本人かどうかを確かめようがないが、ことこの期に及んで偽名の上に別人の名を出す意味がない。もっとも本名をぶちまけた時点ですでに不可解なのだが。


 しかし、その登場のおかげというべきか、暴走寸前だった空也の毒気がすっかり抜け、なんか苦手なタイプだぁ……と、げんなりしている。ひとまずこの場が収まったことに関してはよしとすべきかもしれない。


 その当人は室内にいる一人一人をためつすがめつし、ようやくといった感じで意中の人物──ここまでの一部始終を気にも留めない剣太郎に声をかけていた。


「君が『剣聖』か。うむ、話に聞いた通り──いや、期待以上の面構えだ。当真の未来を占う大一番、その先鋒さきがけを飾るにふさわしい相手よ!」


 いやいやいや、なんでこちらの代表が剣太郎ってことになってるんだ? 妙に高いテンションといい、こちらの事情そっちのけでまくし立てる語り口といい、相当なこじらせ具合だな、騎士峰こいつ


「──相手? ……あぁ、


 よほどご執心なのか食い気味に指名された剣太郎が鈍い反応と共にようやく顔を上げる。あんな暑苦しく──正直、ウザく──迫られても薄いリアクションで済ませるあたり、基本、我関せずのスタンスは相変わらずだ。


 それでも、俺と空也に丸投げしたはずの剣太郎がしたのは騎士峰のとある一点、『ナイトマスター』と名乗るゆえんであろう剣帯ベルト──正確には剣帯に装備された得物を見たからだ。


「──っ!」


 それはいったい誰の吐息だったのか、あるいは飲み込んだ喉の音かもしれない。そのいずれにしても生み出した原因となるのは一瞬のうちに起こった二つの得物による交差だった。一つは剣太郎が着席したまま振り抜いた黒檀の木刀。もう一つはそれを迎え撃つべく半身に構えた騎士峰の手に収まる西洋の流れを汲む剣──俗に刺突剣レイピアと呼ばれる代物だ。


「(──たまり場ここにくる道中、よく止められなかったもんだな)」


 そんな感心はさておき、どうやら『ナイトマスター』の名が示すようにその戦闘スタイルは西洋剣術が基となっているらしい。真っ先に連想するのはオリンピックの正式種目に数えられるフェンシング。その特徴は攻撃の有効判定に機械を採用し、コンマ数秒を要求される勝負のだろう。


 剣太郎の奇襲──もっとも、剣太郎からすれば売られたケンカを買っただけで不意をついたつもりはない──にも動じず、あれで“決闘”を了承したと判じる騎士峰のキャラ設定は本物のようだ。


「──もその気なのはなにより! ……しかし、ここはまだ顔見せ、挨拶の場だ。優劣を競うのはまた後日としようではないか」

 

 言葉の通りに決着はふさわしい時と場所で、と考えているらしく特別な相手に向けた二人称貴公や器用に腕をたたんで得物を鞘に納め継戦の意思がないのを示していることからもそれは明らかだ。俺だったらキレるかストップをかけるかしてる。……っていうか剣太郎のやつ、やっぱり話聞いてなかったな。


 とにもかくにも、たまり場が刃傷沙汰の現場にならなくてなりよりだ。双方の納得は済んだようで斬り結んだ相手への興味を失った剣太郎と、月ヶ丘朧に二言三言告げてから場を辞する騎士峰はそれ以上言葉も視線も交わすことなく物別れとなる。


 ──え? ちょっと待て。ホントに帰りやがったぞ、騎士峰あいつ。勝手に剣太郎を指名したけどこっちが断ったらどうする気なんだ? ……あぁ、月ヶ丘朧が残ったのはその時のためか。いやいや、本題の当事者が先に帰ってどうすんだよ!


「変わった異能者ヒトだったね」


「……空也、おまえがそれをいうか? ──うお!?」


 袖を急に掴まれ、我ながら素っ頓狂な声を上げる。その犯人である会長は俺の醜態に取り合うことなく、ちょうどいい高さに合わさった俺の耳元へと顔を寄せる。


「──本当に大丈夫でしょうね?」


 ここで何が? と聞き返すほど鈍いわけでも薄ら寒いボケを入れるつもりもない。騎士峰を見逃して──当真瞳呼と月ヶ丘家の介入を許して本当に大丈夫なのかという意味だ。


 たしかに会長ならその気になれば騎士峰を戦わずして排除できただろう。いかに学園側の不手際だったとて編入生、佐藤一意=当真十槍『一意』、騎士峰武の学籍不正は処分の口実として充分だ。


 だがそれをしないのは当真瞳呼の手先とはいえ、学園の問題解決にメリットがあるから。そして何かあれば俺達が始末をつけると信じてくれているからだ。


「出しゃばった分の責任はとるさ──?」


「その約束したあなたが矢面に立たないから改めて確認しているの。騎士峰の相手は刀山でしょう? どうやって責任を──」


「──会長、まだ相手もいることですし、そのへんで」


 本日二度目となる悲鳴を伴うリフトで追及を中断させたのは俺以上の腕力と手際のよさを発揮した真田さんだった。けして粗雑に扱っているわけではないが、雇い主を小脇に抱えるのはいかがなものか? そんな疑問を察してはいても気にする様子はなく、反対に自身の疑問を口にする。


「──『ナイトマスター』といったか。篠崎ではないが、ここで決着をつけなくてもよかったのか?」


「まぁ、向こうが売ってきたケンカだし、時と場所くらい融通させてもバチは当たらないんだろうけど……いや、だったらなおさらここで暴れてられても困るよ。せっかく手を入れて快適にしたのにさ」


 空き教室だったとはいえ、我が物顔でたまり場に使う権利などないわけだが、真田さんは特に指摘することなく納得だと頷く。空也が後先考えず暴れたせいで多少は散らかったものの、さほど時間をかけずに片付けられるだろう。もちろん空也が。


、どうやら杞憂のようだ。……だが、責任を買って出たのは誰だったのか、それを忘れるな」


「そこはたしかにそうなんだけど、活を入れるのは俺じゃないだろ」


「私や会長が言ってどうにかなるならそうするが──」


 言いながら真田さんが向けるのは騎士峰との交錯が幻だったかのように再び読書に戻っている剣太郎。無意識のうちか騎士峰と同じく腰に携え、しかし以前と比べて目立ちにくくなった自身の得物に手をやるのはいまだわだかまりがあるからだろう。それが己の力不足からくる自戒だとしても複雑であるのは違いない。


 会長も真田さんの心境を気遣ってか、抱えられたまま大人しくしている。口を挟むタイミングを逃した小柄な体は平均的な身長の真田さんの中にあってもなお小さく映る。


 そんな風に見られていると気づいてか、どうにかしなさいと無言で訴えてくる会長。だが、俺がどうにかする前に不自然な沈黙を自覚した真田さんが珍しく自嘲を浮かべながら軽く肘を当てる。それは『怪腕』の名とは裏腹に優しく柔らかに、そして冗談めかすように。


「──やはり言って聞かせるのはおまえにだろうな」


 それが役割だと、締めくくりその場を後にする──月ヶ丘朧を置き去りにして。



「……どうやら君は生徒会に相当信頼されているようだな」


 空き教室たまり場を出た真田さんと抱えられたままの会長から一言の挨拶もなかった月ヶ丘朧だが、歓迎されないのは承知の上だったのか、特に気にした様子はない。月ヶ丘の使者として申し出が通れば後はどうでもいいということか。そのとりなしに一役買った形の俺に話を振る。


「いや、単に押し付けられただけだろ」


 真田さんからすれば、いつもの用事──生徒会の仕事に連れ戻す──を果たしただけでしかなく、会長も小脇に抱えられた状態はさておき、その役割に文句をつけることはなかった。それはつまり目の前の訪問者を来客に値しないと判断したからだ。


 あとはおまえらの好きなようにやれ、ただしこちらに迷惑をかけないように──はたして、これを信頼といっていいのか、呆れられ放置されたとするべきか。


 まぁ、そんなことはどうでもいいだろう。いずれにせよ話を通した以上、しくじれば小言では済まないのは変わらない。……あれ? 過程や仔細を問わないのは月ヶ丘朧も同じはずだが、俺の方だけ後が怖いのは気のせいか?


「──そちらの申し出については瞳子も断らんだろう。だが、具体的な日にちについてはさすがに相談なしに決めるのは難しい。追って知らせる」


「了解した。こちらもそこまで話が詰められるとは思っていない」


「なら、決まりだな──あぁ、それと」


「まだなにか?」


 帰り支度──といっても部屋から出ようと俺達に背を向けただけだが──の月ヶ丘朧が俺を見る。もとよりこの場にいる誰にも何に対しても興味はないのだろう。ある意味、剣太郎以上に感慨を見せない相手を何気なく呼び止める。


「当真瞳呼だけどさ、別に謙虚ってわけじゃないだろ、おまえと同じでな。じゃなきゃあ、序列認定に変わる制度の名称に自分の得物を連想させるわけない」


 それは世間話というより、なんとなく吐いて出た戯言の類。しかし意外とツボに入ったのか、気だるそうになるほど、と顔を歪めた。

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