訪問・二
「はじめてお目にかかる。私は月ヶ丘家側の窓口としてこの学園に派遣された編入生で名を月ヶ丘朧という──以後お見知りおきを」
軽いノックの後、間をおかず入室した訪問者は警戒するそぶりを見せず、入室にあわせて席を立った俺と空也に足を向けると、そう名乗りをあげる。
隣で空也が足首を揺らしながらつま先を
見た目の印象は……なるほどいわれてみれば、直言を厭わなそうなくっきりとした物言いやあまり前線に立つタイプとは思えない体格や体幹は帝と似ているといえなくもない。といってもその程度の近似は赤の他人でもあり得るレベルで月ヶ丘の姓を聞いて、あぁそういえばたしかに、という程度だが。ぶっちゃけ顔立ちはさほど似ておらず、当真の遠縁のわりに目の辺りの印象もどこかぼんやりしている。当真家とは別系統の異能なのか、そもそも受け継いでいないのか、それもまた不明だ。
「これはこれはご丁寧にどうも。だがいいのか?
「部外者? 編入生として学園に派遣されたといったのが聞こえなかったのか? ……仮にそうだとしてもこの姿を見ればここの生徒として籍を置いているとわかるはずだろう?」
これは異なことを、と表情にありありと浮かべ特に動揺した様子もなく平然と言い切る
にもかかわらず、(おそらく)本名を語る訪問者は会長がこの場にいながら部外者のレッテルを貼られて学園を放逐されても構わないというのか。それとも──
「──御村、彼はたしかにここの生徒だ。
こちらの意図を汲んだ真田さんが俺の疑問に回答する。その手にある携帯からのやり取りがけして会長達のあずかり知らぬところによる学籍移動であることを物語っている。不服であるとも。
つまり、
「(そりゃあ、天乃宮が一枚岩でないのは別に不思議でもなんでもないが……)」
もっといえば、会長をなだめた時の“当真瞳呼側に学園の問題解決を協力させる”という言葉に嘘はななく、それ自体に問題はない。だが会長達を無視した人事権をもつ人間が当真瞳呼の協力的というのは最悪、俺達の学籍に手を出せるということでもある。所詮、殴り合いしか役に立たない異能者とそのなりそこないである俺達からすれば非常に厄介な状況だ。
だが、これで会長達生徒会が月ヶ丘朧を含めた十人超の編入を把握出来なかった理由がおおよそではあるもののわかってきた。異能か権力なのか、はたまたその両方か具体的手段はこの際置いて、それらしいことを実行可能な存在を知れただけでも収穫といっていい。そう、“敵”として認識出来るならいくらでもやりようはある。
「んで、いったいなにしに編入を? まさかハル──海東姉妹の
「仮にそうだとしたら、わざわざ宣言すると思うか? 月ヶ丘家は──あえて当真瞳呼もだと注釈するが──天乃宮に敵対する意思はない。少なくともこの学園の役割と利益を損ねるつもりはない。そもそも勘違いしているようだが、当真瞳呼はあれでも謙虚な性格だ──その視点が異能者にしか向いていないのは玉に瑕だがね」
玉に瑕どころか、致命的欠陥じゃねえか。
「それじゃあなにか、裏工作抜きの正面切って瞳子を雌雄を決しようとでも? まぁ、次期当主選定のアピールには天乃原学園を舞台とするのが最適とは瞳子からさんざ聞いたが」
「君らは知らないようだが、当真睚、当真瞑の二人はすでに当主候補から降りた。当真晴明はさすがに動かせなかったが、彼が当主にあがることはない。事実上、二人の当真トウコ同士の一騎打ちとなった。裏工作うんぬんは月ヶ丘の人間である私には与り知らぬところだが、正面切って雌雄を決するのくだりについては彼女の意思を確認済みだ。……もちろん、これから行う提案も」
──ついこないだその彼女と一緒にコソコソ学園をうろつきまわったのはどこの家の者かつっこんで欲しいのか? お望み通りにしてやろうかという欲求が喉を通過しそうになるが、苦虫を噛み殺しそうな会長を視界に収まることでどうにか紛れる。代わりに吐いたのは無難なおうむ返しだった。
「……提案?」
ともすれば聞き逃しそうな提案の単語を拾えたのは会長を見た分だけ冷静になれたからか。おそらくはそれこそが本題、月ヶ丘朧がわざわざここへ赴いた理由だろう。
「そう、提案だ。僕達は当真瞳呼、君達は当真瞳子を当主に据えたい。そこで天乃宮家ならびに当真家立会いの下、代表を立てて一騎打ちを複数行い、その星取り数が多い方が当主──正確には負けた方が候補から降りるわけだが──となるようにしないか?」
「……ずいぶんと唐突な申し出ね。天乃宮に話を通さずに進めるあたりが特に」
月ヶ丘朧の“申し出”に真っ先に反応したのは俺や空也ではなく、己が敷地を勝手に他家の政争の舞台にされた生徒会長だった。俺にするのと比べて皮肉は少なめ、しかし普段にはない高圧的な響きが交流するに値しないと拒絶の意思が込められている。こんな時に不謹慎だが、普段の小言が
いや、ツンデレとかではなく、正真正銘、俺達に対する不平不満に違いないが少なくとも味方、協力者に向いていると今の様子を見てわかる。
「……あなたには事後承諾となりましたが、すでに天乃宮家とは話がついています。生徒会宛にもいずれ連絡がいくかと。ご不興とは思いますが、なにとぞご理解ください」
言葉の硬質は変わらずだが、会長にはさすがに俺達と同じというわけにはいかず言い回しに配慮のあとが聞いてとれる。しかし、そんなわずかばかりのしおらしさで納得するような会長ではない。
「──先程、御村の不理解を咎めたけれど、それはあなたも同じようね。いいかしら? この学園の責任者はこの私、天乃宮姫子よ。責任者、つまり物事の最終決定権は私にある。──天乃宮に話をつけた? 誰に? 私の許可がなければただの暴力沙汰にしかならないわよ」
「(おぉ、ここで一気にあげつらうのかよ)」
身もふたもないというか、権力を盾にした拒絶にかける言葉を失った風情の月ヶ丘朧。最終的にはどうにか実行出来るようもっていくのだろうが、ことこの場においては敵対する側であるはずの俺ですら多少の気まずさやいたたまれなさを感じる。……どうすんだよ、この空気。
「会長、とりあえずここは──」
他にも買って出られる者もなし、損な役割だと内心嘆息しながら会長を宥めにかかる。これで不興の矛先がこちらに向くのはごめんだが、このまま追い返してしまうのは、それはそれで相手の出方がわからずじまいで困る。そう思っての行動だが──
「──あら、御村。まさか、この男の戯言に乗るつもり? それとも、私が否と決めたことに意見があってかしら? ……どちらにせよ、身のほどを弁えているとは言えないわね」
いつの間にか、詰め寄られる立場へと引きずりおろされてしまう。案の定、非難の的と化した俺に会長が、いつも通りに言の葉の刃が突き刺さる。……いつも通り?
相手を落ち着かせようと半端な位置──思わず掴みかけた会長の肩の高さ──に挙げた手がわずかに止まる。仲裁とその失敗の合間に俺はいつの間にか誰よりも窓際へと追いやられている。だからそれに気づいたのは俺だけだろう。苦虫を噛み潰したようではなく、傲然とした拒絶の相でもない、この空き教室だった部屋でよく見かける俺の不手際を詰る時の会長だ。
「会長──」
何事か言いかけて止まる。自分のことながら寸前まで出かかった言葉は思い出せないが、多分考えなしのろくでもない中身だったはずだ。会長を前にそれはまずい。
にべのない月ヶ丘朧への対応と違い、会長の“それ”は明確な意図がある。俺に問うているのだ──当真瞳子がいないこの瞬間に勝手に話を聞くつもりなのか。それだけの責任をもって矢面に立つつもりがあるのかと。
そこに天乃宮も学園を仕切る権力も関係はない、話を聞く──それだけでも当真瞳子の代理として務める覚悟があるかを会長は確認している。俺の主観だけではなく無意識に認めているからわかるのだろう。仮に当真瞳子の意に反していた場合、その判断を下した者への処罰は免れない。自分と似てるから。
なるほど、処罰があるとしたらちょっと考えなくもない。会長は知る由もないが、下手を打てばハルとカナにもそれが及ぶのは自分がどうこうされるより痛い。しかし──
「──そんな気遣いしてくれるなら、月ヶ丘朧にさせるがままにさせてやりゃあよかったんだ。……勝手にのたまうのを聞くだけならタダなんだからさ」
今度は迷わず会長の両肩を掴み、横にずらす。小柄で軽いのでたいして力を込めずに移動──体を浮かせるのは簡単だ。そういう問題じゃないと再び口火を切ろうした会長を短い悲鳴をあげさせて出鼻を挫き、元いた位置へと戻ろうとする。月ヶ丘朧の話とやらを聞くために。
「別に瞳子の友人だからお咎めなしを楽観してるわけじゃない。世話になっているのは事実だけど、だからといってかしずいているわけでもない。……認めているだけだ。友人であることも、頭に据えるのを手を貸すだけの器量があることも、な。向こうからわざわざ負けにきたのに迎えないようなやつならとうの昔に縁が切れてるさ」
その言葉に空也が口笛を鳴らし、剣太郎の肩が揺れる。茶化すなよ、と言いたいところだが我ながら素面ではきつい台詞を吐いたと自覚しているのでこれ以上何か言っても傷口を広げるだけだろう。幸い、会長があっけにとられているのか止める様子はないし、このままで問題はない。そういうわけで──
「──とりあえず続きを聞こうか」
ひとまずは月ヶ丘朧にそう促してみることにした。
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