再会・四



    *



「──気が利いてるわね」


 学園の広大な敷地に流れるアナウンスがこちらへ近づかないこと、そして生徒の混乱を抑制しようと役割を果たしている。先輩の気が利いていると評したのはそのアナウンスに向けてだ。それには同意だが、あいにく俺の方はそれにうなずいている余裕はない。


「これなら遠慮はいらなそう──


 そんな言葉を引き金に先輩の足が軽やかなステップを踏む。先輩本来の動きではなく、その特徴は指を鳴らすのと同様、別の人物のものを示している。それは記憶にある中で最も物騒な前兆──つまり、攻撃へと繋がるモーションだ。


 刻んだステップはリズムとなって、それに呼応するがごとく大地が揺れる。変化はそれだけにとどまらずうねり、一拍置いて杭の形に盛り上がり、こちらを突き殺さんと蛇のように伸びて動いてと襲い掛かる。『アースロック』と同じく『ジアース』の能力が一つ、『グランドスパイク』──殺す気ですか? 先輩。


「心配しなくてもいいわよ。


「なるほど、逆崎の怪我とそれに見合わぬ驚異的な回復は先輩の仕業ですか」


 どことなく察しろ、と言わんばかりの要点を欠いた言い回し。思い当たる節は何日か前の瞳子の報告にある。


「すぐに目覚められてはいろいろ都合が悪いから徐々に、という形ではあったけどね」


 その言葉には当真瞳呼と月ヶ丘清臣側への配慮が見え隠れしている。といっても好意的な意味ではなく、自身がことを起こすために呑んだ何かしらの交換条件、そのどこかに触れるものがあったのだろう。そんな会話と思考の合間にもこちらの隙を突かんと次々にこちらを攻め立てていく『グランドスパイク大地の杭』。


 関ヶ原大地『ジアース』は俺や瞳子の一つ下、つまり“黄金”と呼ばれる世代の後輩だ。俺達が現役だった時代に序列認定で一角に食い込むほどの異能者だったが、その位は下から数えたほうが早い。


 だからといって、俺達の格下か? というとそう単純な話ではない。序列と戦闘能力の高低が一致するとは限らず、『ジアース』はそのタイプの異能者である。ならば、どうして序列が低いのか? その理由は単純、ひとたび戦うと後始末が大変だからだ。


 さきほどの『グランドスパイク』がいい例だ。地面を操作し、土の杭を造っては敵へと襲い掛からせる。そうして発生した能力の余波は学園はおろか、下手をすると日原山全体に及ぶだろう。講堂の地下あたりならちょっとした地震が起きたみたいになっているはず。


 もちろん操作した地面を元に戻すのは可能だ。しかし、戦闘によって壊した物品、特に操作した地面の上に建てられていた建造物はどうこう出来るはずもなく、血の気が多くいざこざの絶えない時宮にあって、『ジアース』の参戦は見ることがあれば珍しがられるレベルの頻度だった。


 その為、戦闘評価は厳しく──というより評価そのものが難しく──結果、序列は下位にならざるを得なかったという。いくら打率や防御率のいい野球選手でも打席や登板回数が少ないと良し悪しを参考するには足りない、つまりはそういうわけだ。


 そして、今、この瞬間において俺を追い詰めているのはそんなのある能力。その事後処理の面倒くささ難儀な前提条件による遠慮の取り払われた攻撃能力が牙をむき、防戦一方を強いられる。そして──


「──と!」


 それと同時に高速で移動する先輩の掌低がやってくる杭を縫って割り込んでくる。


 ──何か! 警戒が理屈を後回しにして考えるより先に体が動く。『絶対手護』への過信を捨てて異能で強化した身体能力で退避する。今のは──


「──『制空圏』が使えないと苦労するわね、優之助」


 こちらの腹積もりを読むような脈略はともかく、はじめからわかっていたような口ぶりとに引っかかるものがある。そう、今日の俺は『制空圏』による探査がどうにもうまく機能しないのだ。


「先輩、何かしました?」


 言っておいてなんだが、その可能性はすでに消えている。『制空圏』──ひいては異能を封じることが出来るのなら『制空圏』に限らず異能そのものがとうに封じられてしかるべきだ。


 だが実際は制限はあるものの、今も『絶対手護』で土くれで出来た杭をしのいでいる。つまり俺の状態に先輩は関係していない。少なくとも直接的な原因は先輩が成すものとは別の要因が何かあるはず。


 その推測が正しかったのか、例によって察しよく──思考を読んでいるのだからこれ以上はないだろう──先輩が頷く。


「別段、私が何かしたわけではないわ──そう、私が何かをしたのではなく、単にあなたの限界が近づいているのよ。だから、あなたの手持ちで一等制御するのが難しい『制空圏』から使えなくなった。当然よね、ただ衝撃波を放つだけではなく、周囲の情報を余すことなく得ようだなんて──“その時”がくるとしたら、真っ先に使えなくなるであろうことはたやすく想像出来る」


 ──聞いてみると単純な話だったでしょ? 出来の悪い弟を見るような目で先輩が優しく諭す。


「いつからですか?」


「破綻のきっかけは? という意味ならわからない。限界が近づいているのを知ったという意味でならここ最近の騒動で」


「まさか──」


「──優之助。あなた、生徒会室の襲撃を把握していなかったのでしょう?」


「それは……」


「『制空圏』を使う前に『王国』との戦いで範囲外に遠ざかったからわからなかった? たしかに知覚範囲500mという制限はあるでしょうけど、それは受け取る膨大な情報量から脳に負担をかけないという前提のあくまで目安。本来ならその範囲外でも精度はともかく知覚できたはずよ。でもね優之助、『制空圏』うんぬんは問題じゃないの。ことの本質はそれ以前の部分にあるわ」


 気がつけば、『ジアース』としての攻撃はいつのまにか止んでいる。それは戦闘において突くべき致命的な隙。例え『絶対手護』であろうとも会話にのめりこんでいた今なら防御が間に合わなかったかもしれないが、先輩はそこに触れず、先を続ける。


「あの時、成田稲穂生徒会室の襲撃者には襲撃に異能を出し惜しみしないことを指示したわ。本人も乗り気で一切の遠慮なくその力を行使していた──今の私と同じように。この瞬間、講堂にいる異能者達なら仮に知覚系の異能を持たずとも『グランドスパイク異能』の発動に誰もが気づいているはずよ」


 先輩の言に沿うなら、異能者は能力の使用時に特殊な“信号”を発している。その存在を知らず、その一つ一つの種類は違えど、“信号”の感知が一般人より鋭いのも道理か。ならば、昔の俺だったなら気づけていただろうか? 当たり前に慣れ親しんだ感覚がいつの間にか衰えている、そう指摘を受けても自覚するのは難しい。


「ロイヤルガードの執拗な包囲もその為の情報収集。『皇帝』は始業式からその知覚能力をもってあなたの最新の状態を探り続けていたわ。常時『制空圏』が発動していない以上、異能者として当たり前に感知できる“信号”への反応を慎重かつ根気強く、『導きの瞳その目』をもって見続けてきた」


「──解任要求の行動開始が今日だったのは」


「あなたの能力減退──作戦実行の目算が経ったから。念のため、『ドッペルゲンガー』にあたってもらい、反応を見てから動いたわ。つまり私|達(・)がどこから進入出来たかと聞かれれば、あなたの担当分から、ということになるわね」


 言葉を区切り、先輩の手が軽やかに動いては見せつけるように俺の前へとかざす。遠くの“信号”とやらは知覚出来なくとも、目の前の脅威は嫌でもわかる。それが異能者としての感覚なのか、くぐり抜けてきた修羅場によってなのかは不明だが。


「──『英雄殺しエースキラー』の異能無効化能力」


 先輩が慣れぬ近接戦闘を選んだ理由。それは封じる手段はあったが、離れては作用しないだけだったから。『エースキラー』で触れた部分はどういうわけか異能が機能しなくなる能力。その不明だった部分も先輩の話を聞いてからなら、おそらく“信号”になんらかのジャミングをかけられる能力だろうと原理の予想はつく。ただ俺の場合、封じるでは済まないだろう。なにせ──


「それに触れるという事はつまり、なんですね?」


「えぇ、そうよ」


 短く先輩が首肯する。行動の真意も、その結果も俺の想像通りだと。


「優之助。これ以上、異能を使うのはやめなさい。でないと──」


「──いずれ当真晶子のようになる、ってわけですか」


 それはふと降りてきた直感だった。今になって、先輩が俺から異能を取り上げようとした理由。つまり最近、先輩と俺を繋ぐ何かしらの出来事が引き金になった事と無関係ではない。そうなると思い当たるのは一つ、春休みのキャンプ場で見た異能を与えられた少女のあまりに不安定な様子に他ならない。


 あの時は本人が手に入れたばかりの力に酔っているのだと深く気にも留めなかったが、よくよく考えてみると酔いは酔いでもたがが外れてハイになるのとは違う、バットトリップ悪酔いの部類だろうと思う。明らかなデメリットによって引き起こされた状態とするのが妥当だ。


「えぇ、千差万別、異能を持ち得ないとされたヒトですら可能性として残っているのが“信号”と便宜上名づけられた未解明の力。他者に異能を植え付けるという事は本来あった信号にもう一つ信号をぶつけるようなものよ。そんな本来あり得ない状態から異能が使えるよう調整するわけだけど、どんな不具合が起きてもおかしくはないの」


「そして、当真晶子は二つの信号との板ばさみで精神に偏重をきたした、と?」


「もともと、あまり評判は良くなかったのが災いしたわね。言動が良いから悪い、悪いから良いに変わればともかく元々悪かったものがさらに悪くなったとしても気づかれにくいし、仮に誰かが気づいていたとしてもそれを助けようと思わない──いえ、そんなことはどうでもいいわね。今は、私のあなたの問題なのだから」


 脱線しそうになったところを打ち切り、こちらを見据える先輩。その目は安い同情や憐憫ではない真摯な心配によって潤んでいる。


「優之助、改めて言うわ。その能力を手放しなさい。能力が使えなくなることなんてたいした問題じゃない、このままでは『優しい手』はいずれあなたを蝕み、あなたをあなたでなくしてしまう。だから、そうなる前に私のこの手で止める──止めさせてちょうだい」


 そう言って差し出された先輩の手から再び発せられる脅威の気配。おそらく『英雄殺し』の異能を纏っているのだろう。そんな先輩を前に立つ俺はなんとも皮肉な存在だといえる。この世界に我を張るためであるはずの異能によって殺されるのだから。


 それはともかく、なるほど先輩の事情はわかった。今の今まで動いてきたこと全てが俺の身と心を案じてくれたのだとうぬぼれではなく伝わっている。しかし──


「──先輩の気持ちはうれしいです。でもだからといって、そう簡単に手放せるわけがない。我が身が大事ならそもそもあの時、あんな選択なんてしませんでしたよ」


「なら、どうするの? 天秤にかかっているリスクは怪我をする、しないのレベルじゃない、誇張抜きに命と直結しているのがわかった上で言ってる?」


「考えます。もちろん命を捨てたいわけじゃないですよ。けど、ただ息をすることを良しとするほど枯れているわけじゃないんです。今の俺は先輩からそうなる、と話を聞いただけです。もしかしたら、異能を手放さなくて良い手段があるのかもしれないし、逆に手放しても後悔のない展開があるのかもしれない。いずれにしてもただ話を聞いただけで決断を下すのは──そうそうに先輩に甘えてしまうのは、あの時下した決断を侮辱している、そんな気がします」


「……私は早々に行動するのを薦めるわ。いいえ、あなたの意思を曲げてでもそうするつもり──失うくらいなら例え恨まれたってやり遂げる」


 先輩の表情が硬くなる。その言葉どおりの決意を持って戦闘を再開する気だ。対する俺はどうか? 自問への答えはそう悪くないものだった。先輩ほど悲壮感に陥らなくてすんでいるのは目の前の優しい人が俺の分まで案じてくれているからだろう。


 もうその時点で先輩に甘えているような気がしないでもないが、話の軽重はともかく結局は異能者らしくぶつかることで白黒をつけるという感じがどこまでも俺にあっているのかもしれない。


「(──いや、違うか)」


 内心で首を横に振る。我を張るのは別に異能者の専売特許というわけじゃない。まして異能者だろうが、そうでなかろうが、考え、選択し、推し進め、自らの想いを形にするのは誰もが許された能力。ならばこそ、ここで行く道を退いていられない。なぁ、そうだろう? ──


「天乃原学園三年C── 時宮高校序列認定対象外“アウトナンバー”、『優しい手』御村優之助、いきます」

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