解任要求当日・五



      *



 天乃原学園の制服で身を固めた形ばかりの学生達が男女の別なく月ケ丘清臣の命令に従い、動き出す。その姿は手足を複数に生やしたり、伸ばしたりと一様に異様のをなしている。


 おそらく成田が『新世代』と呼ぶ彼ら彼女らの異能がそういう能力なのだろう。ただ手足が増えただけではなく、筋力もある程度強化されているらしく、縦横無尽に動くさまは広大であるはずの地下空間が一回りも二回りも手狭に感じてしまう。


 ──既に取り込んでやがったか、と成田の要領の得ない呟きと舌打ちが聞こえる中、今はかく乱と包囲網を形成するのが目的で攻めては来ないが、それも時間の問題だ。


「──いいな。てめえが前衛、あたしが後衛から援護だ」


「お前が私ごと攻撃しないという保証は? あと私の名は桐条飛鳥だ。てめえじゃない」


 自然、狭まる成田との距離が可能にする簡素な打ち合わせ。それが向こうからの一方的なものだとしてもそれが建設的なものであるなら首を縦に振りたいところだが、相手が成田だと素直に肯定するのは難しい。


「は? に誤爆してわざわざ自分の首を絞めるバカがいるかよ。余計な頭使う暇があるならとっとと前へ出ろや! 


「──わかった。もう、てめえそれでいい」


 向こうが私達を包囲したまま何もしないなんてありえない。散々な物言いの成田を相手にそれ以上拘泥する事の無意味さをかみしめ、短い作戦会議を終了させる。


 こんな状況で主導権に拘泥するつもりはなかったが、なんとなく癪に触る成田の言い様をこらえて一歩踏み出す。そんな私の動きに合わせるように包囲の一角が崩れ『新世代』の男が一人、私に向かって蜘蛛のような足を走らせる。そしてさらに、私の密かな自慢である手足よりも長い──長すぎて人体のバランス的には不自然な──リーチを駆使し、こちらの攻撃範囲の外からその拳を振り上げる。


「なに?」


 本来得られるはずの手ごたえを感じなかったのか、『新世代』の声に不審が混じる。


「──『飛燕脚』」


 それは私が唯一再現できる『桐条式』の技術であり、そして、異能者相手に通用する手段──より正確に言えば、通用すると"確信"している手段だ。


「(そう、今の私は)」


 目の前にいる奇奇怪怪な能力を持つ相手に立ち向かう理由も、渡り合う為の自信も私の中にある。ほんの少し前まで勝手に腐っていた私の目を覚まさせてくれた優之助の手助けが立ち向かう理由。そして渡り合う為の自信も与えてくれたのは同じく夜の公園での出来事優之助との決闘のおかげだ。


「いかに異能が強力でも操るのは結局のところ人間の感覚だ──ならばそこをつかせてもらうぞ、『新世代』とやら」


 そんな私の安い挑発に表情を硬くする『新世代』。その内心を映し出すように地面にまで届く触腕が蛇のごとく鎌首をもたげ私の胴へと一直線に殺到する。ただの人間には不可能かつ非常識な挙動。


 しかし『飛燕脚』を油断なく駆使し続ける私にはその効果を発揮するのは敵わず、『新世代』の触腕は私の横をむなしく通り過ぎていく。それは同時に相手の懐への道が開けたという事だ。


「シッ──」


 短く吐いた呼吸が下腹部丹田を引き締め、五体の筋力を十全に発揮させる。狙いは触腕の付け根にあたる横腹。当然、内側に入った私を迎撃すべく腕も引き寄せようとするが間に合わない。


「──ふん!」


 私の拳が当たるか当たらないかの瞬間、くぐもった声に合わせて自身の横腹を膨れ上がらせる『新世代』の男。言うならば突き出した拳と横腹の激突。それによって私の想定した打点をズラし、本来の威力を激減させられてしまう。


「バカか、てめえ! 手足が生やせるなら肉の厚みをかさ増し出来て当然だろうが!」


 耳は痛いが、頷きにくい成田の罵声を受けつつ、一旦距離を取る。わずかばかり成田の方へ目をやると、鋭く睨みを効かせ、残りの『新世代』を油断なく牽制している。『新世代』達は攻めに転じようとするものの、成田の視線に込められた異能の電撃が出鼻をくじく為、うかつに手を出せず強制的に膠着状態に付き合わされている。


「(文句を言われても仕方がないな)」


 膠着の証である雷火が薄暗いはずの講堂を派手に照らす。それを見て、頑ななだった自分の感情を反省する。


 異能というものは無限に使えるわけでも、強力だが万能でない事も知っている。そもそも受け持った敵の頭数からして掛かる負担は私のそれと比較にならない。


 なのに、成田は当初の打ち合わせ通りに役割を果たしている(口の悪さは相変わらずだが)。それに対して、私の方はどうだろうか?


「あまり、こういうのは好きじゃないんだが……」


 かすかな逡巡を隅にやり、ブレザーの内側に手を伸ばす。取り出したのは五つの輪で構成された二対の小物。私専用にあつらえた"それ"は四つの輪に抵抗なく指が通り、の役割を果たす残りの一つは過不足なく掌に収まる──当真家製、試作型ナックルダスター『飛燕爪ひえんそう』。


 手触りからして金属製と異なる品質は一女生徒に与えるものとしては明らかに不相応で、仕様書につらつら書き連なっていた耐火、耐熱、耐衝撃等の文字はなおさらその感想を強めていた。


 そんなものが春休みの終わりに用意されていた事、そして仕様書に記載された耐電撃の単語は、いったい私に何をさせたいのか? 用意させた人間に聞き出したい気分だ。


「──まぁ、いいさ。今の私に必要なのは変わらないし、試すにはちょうどいい相手だ」


 誰の思惑だろうが関係ない。好きに利用すればいいとすら思う。私の欲しいものに手をかけないのなら


 事ここに至っても、よぎるのはたった一人の"お人好し"だった。あの"お人好し"も様々な思惑に振り回され、いいように扱われても、特に気にした風もなく他者の為に動いていた。


 そんな性分に不満はないのかと思いもしたが何の事はない、欲しているものが他とは違っていただけで、別に何も求めてないわけではなかった。むしろ貪欲なくらいに求めている。だからこそ信用できる、目指せる、預ける事も出来る。


「何をごちゃごちゃと──」


 ──言っている。『新世代』の台詞は風切り音に紛れて最後の方は聞き取れない。空気を叩く触腕が風切り音の正体。


 風切り音の正体は『新世代』の触腕が振るわれる度に生み出す空気の悲鳴だ。距離を取った分、本来の使い方に立ち返れたという事だろう。鞭とは違い操るのは自らの一部、命中精度は比べるまでもないはず。


 それにしても、と私の周りを走る『新世代』の腕を見て思う。異能とはなんとも理不尽な力だと。ほんの少し前まで身を削る思いまでして数cmから十数cmを誤魔化していた自分がとても滑稽だ──そう思う一方、この体は正しく動く。『新世代』の操る触腕が私を打ち据えんと激しく踊るが『飛燕脚』をひるがえす私の横や前をむなしく通るだけでその鞭撃はかすりもしない。また一つ確信する──だからこそ、私は戦える。


「クソが! だったら、これでどうだ!」


 攻撃が当たらないのが相当ストレスだったらしく、なかば自棄気味に叫びながら、不自然に体を震わせる『新世代』の男。変化は拳を迎撃した横腹と肩甲骨あたり、左右合わせて四か所から肉が盛り上がり、新たに腕を作り出す。


「数を頼りに、か」


 単純だが、馬鹿にはできない一手。所詮『飛燕脚』は視覚誤認を利用してかわしているに過ぎない。圧倒的な速度、あるいは物量で攻められると回避効果はその限りではない。となると、あれを本格的に使われる前に決着をつけなければならない。


「『飛燕脚』」


 再び前に出る。伸びる触腕に対するのは、例えるなら大縄跳びの中に入っていくのに似ている。大きく動くに向かって飛び込むのは勇気がいるが、長さの分だけ掻い潜る隙間は大きい。また、増やした腕の動きが思いのほか緩慢な事にも助かっていた。おそらく馴れていないのだろう。よくよく考えれば二本の腕ですら別々自在に操ろうとすると脳が混乱する事もある。まして六本だ、その難度は言うまでもない。


「大きすぎる力が仇になったな、『新世代』!」


 気合を張りながら高らかに"勝ち"を宣言する。『飛燕爪』を握った右拳を振りかぶり、フックの軌道で斜め下から突き上げる──いわゆる肝臓打ちの一種。本来なら至近距離から振りかぶった拳など当たるものではないが、その隙を補うのが桐条式の技術である『飛燕脚』だ。


 厳密に言えば『飛燕脚』も攻撃に移ろうとするとその挙動を隠しきれなくなるのだが、問題なく視覚誤認は効いている。後は挙動を悟られる前に殴ってしまえばいい。ありていに言えば、そんな一撃。


「──飛燕から生まれた未熟一撃。名づけるなら『飛燕雛ひえんすう』といったところか。今のところは、だがな」


 姑息にも展開した肉の壁をも貫き、拳を抉り込む──手ごたえは、完璧だった。


「遅くなってすまなかった、成田。を回してくれ」


 打倒した『新世代』を背に決着を告げる。成田は変わらず電撃で複数の『新世代』達を押し留めたまま膠着状態を維持していた。だが、逆に言えば成田の異能は決め手にならない──少なくとも『新世代』が相手では──という証左でもある。


 視線だけで離れた相手に電撃を与えられるのは間違いなく強力だが、一瞬しか発現できていない。あれでは私や真田に通用しても、肉体を強化できる『新世代』達には致命的なダメージを与えるのは難しい。異能は強力だが万能ではないとモノローグしてわかっていながらその事に気づかず、その上『飛燕爪』を出し惜しみして一人倒すのですら手間取ったのだ。成田に罵詈雑言を浴びせられたとしても仕方がない。


「──は? てめえ、いったい何勘違いしてんだ?」


 そう覚悟していた私に返ってきたのは、混じり気のない疑問。いや、最後の方には皮肉めいたものが見え隠れしていたが、総括すればやはり疑問だったのだろう。──がこの程度相手にてこずるとでも思ったのか、と。


「おまえが『新世代連中』を相手に勝てないとは思わない。だが──」


 今も油断なく放っている紫電は『新世代』のを焦がすだけで、次の瞬間には何事もなかったのようにまっさらな皮膚が下からせり上がっている。結果としては足止めになっているものの、それは下手に攻め込むより多少なりとも消耗させた方がいいという向こうの都合であって、必ずしも突破できない理由にはなりえない。


 成田の攻撃は儚く咲いては散る花火のよう。生身ならともかく、異能で肉の壁を作り出せる『新世代』とは最悪の相性だ。もっとも、直接電撃を当てるなら話は別だが──


「(──生徒会室での体ごなしを見る限り素人と大差がない。あれでは近接戦闘は無理だ)」


「舐めた想像しただろ、今。……まぁ、いいや。そろそろ潮時だろうし──」


 心底呆れたと言わんばかりの溜息を吐き、右手をかざす、その掌には『新世代』を足止めしてきた電撃。ただ今までと違うのは、花火に例えた一瞬のきらめきではなく、断続的から連続へと変わり、やがてその光は棒状へと形作られていく。


「──『電熱の短槍プラズマ・シャフト』」


 生み出し、凝縮させた雷にそう名付けると、長柄の武器にするような構えをとる──などという事はなく──成田の格闘の練度を考えると武器の扱いに長けているとは思えない──穂先にあたる部分を適当な『新世代』に向けて、かざした右手を軽く振り下ろす。腕の動きだけで放たれた雷は、その力感のない投擲に反して弾かれるように飛翔し、対象の二の腕あたりに命中する。


 圧倒的な速さの前にかわす事も防ぐ事も出来ず、光が生み出す熱に焼かれて絶叫し、体を痙攣させる『新世代』。異能で増量した肉体のおかげでどうにか生きているが、なまじ頑丈さと生命力を底上げした分、結果的に余計な苦しみを味わう事になっている。その惨憺たる有様はいっそ、頭か心臓に打ち込まれて即死した方が救いがあったかもしれない、そう思わせるには充分なほど。


 しかもタチが悪いことにあえて生かしたのでも無駄に苦しめようとしたのでもなく、単に狙いが合わなかっただけに過ぎない。成田の一番近くにいた私は、あ、逸れた、という呟きを耳にしたからだ。


 さすがに他の『新世代』も同類のそんな苦悶の姿を見せられて戦意を保てるわけもなく、表向き包囲の形は違いないが、いつ攻めるかではなく、いかに攻めずに済むかへと変化している。


「遠くが無理なら近くで集中してから撃っちまえばいいんだよ」


「それができるなら、なぜもっと早くやらなかった?」


「は? なんであたしだけ疲れなきゃいけねぇんだよ。てめえもそれなりに働けよ」


「何もしないというつもりはないが、手早く片付けた方が平井を追えたんじゃないのか?」


「そりゃ、無理だ──こんな雑魚はともかく後ろに厄介そうなのが居るからな」


 もはや完全に戦意喪失した『新世代』には目もくれず、一点を睨む成田。その方向には彼らを率いていた月ケ丘清臣がいる。だがしかし──


「残念ながら私はただの一研究員、戦闘力は皆無だ。黒幕を早々に片付けたいというのなら止めはしないがね」


 謙遜も皮肉もないただの事実として肩をすくめてみせる月ケ丘清臣。たしかにその立ち振る舞いからは戦える者のそれには程遠い。先ほどのような異質な気配も──


「とぼけんなよ。あたしは、その後ろの奴に言ってんだ──いつまで隠れてやがる、とっとと降りてこいや」


 そう、異質な気配の主は『新世代』達でも月ケ丘清臣でもなく別にいる──月ケ丘清臣の余裕と成田の発言でようやくその事に気づいた私は、成田の言葉に誘われさらに後方、対面の最後列席まで視線を伸ばす。


 に居たのは一人の女生徒だった。天乃原学園の制服に黒縁の眼鏡、そして三つ編みの髪型はいかにも文学少女というを施していたが、この場ではむしろ違和感の塊でしかない。いうまでもなくこの学園で目立たない為の偽装──おそらく見た目通りの年齢ですらないだろう。


 手には文庫本。席に腰かけ、ページをめくる姿は先ほどここから離脱したを連想させるが、彼女ほど本の中身に目を通していないのはここからでもわかる。それも演出の範囲の内だが成田と私の視線に晒された今、長々とフリを続けても意味はない。


 その事に気づいたのか、あるいは単純に飽きたのか肩をすくめて文庫本を放り投げると、物静かな風体に似合わぬ爆発的な瞬発力を発揮して檀上──私達と同じ舞台へと降り立った。


「──せっかく変装までしたのにもう少し付き合ってくれてもよかったんじゃない?」


 冗談めかした物言いと共に目の前まで近寄ってくる女生徒。そんな彼女を見て、真っ先に思い浮かぶのは優之助友人のさらに友人である当真瞳子。姿かたちはともかく、物腰や口調はどことなくというレベルではなく似ている。


「むしろ突っ込み待ちだろ? 明らかに浮いてんじゃねぇか──も含めて」


 声に棘を込めながら成田が女生徒の手元を指さす。またしても姿恰好とは正反対の凶器──成田の『プラズマ・シャフト』より長い柄で構成された無骨な薙刀なぎなただった。立っている場所の効果もあってか、得物を携えているとますます春休み前の出来事がよみがえる。


「──綺麗でしょ? 当真の宝刀、名は『死化粧しにげしょう』。さすがに柄の方はとりかえたけど、刀身は間違いなく国宝ものの刃だわ。刃に掘ってある溝が肉の差し抜きにいい塩梅を与えてくれるのが特徴で、刃と突き刺した相手の両方を赤に染めるのがその名の由来だそうよ」


「──初対面の相手にする話かよ」


「(同感だ)」


 まさか皮肉で指摘した得物について嬉々として語られるとは思わなかったらしく、苦虫を噛み潰したような表情を見せる成田。当真瞳子も優之助相手に掴みどころのない一面を見せていたが、これもひと味違うだ。それでも見れば見るほど、話せば話すほど共通点が増えてくる。特に目だ。やや大きめのフレームの眼鏡の奥から覗くのは──


「──!!」


 思考を破ったのは一筋の銀閃。


 かろうじてかわす事が出来たが、それは私が彼女を警戒していたのと彼女の放つ刃が無造作だったから。無造作──人に向けるにはあまりにも感情のこもらない、まるで人を人とは認識していない動作だ。


「おそらく君の感じた通りだ」


 まるで栞を挿し込むように背後から現れた気配と、投げかけられる男の声──共に月ケ丘清臣のものだ。


「(いつの間に)」


 当真瞳呼よりは手前の座席にいたはずだが、いったいどうやって私に気づかれず舞台に降り立ったというのか? 疑問はあるが、を止めるつもりはなかった。振りかぶる遠心力を利用し、バックブローを放つ。


「む……」


 手ごたえはあった。だが、感触から伝わるのは攻撃の失敗、なにより狙ったはずの対象ではなかった。行動の結果に遅れて映し出された視覚には月ケ丘清臣と私との間に立ち塞がり主を守る二人の女。


「驚かせたようですまないね。こちらとしては君に危害を加えるつもりはない。彼女達は『シャドウエッジ』──一応、私の護衛だ」


 言いながら、軽く指を鳴らす。合図を受け、無言で私のバックブローを止めた女がしずしずと主の背後へと下がる。


 その姿かたちは、天乃原の制服とは違う黒で統一された衣装を身に纏い、整った造形だが冷たく、無機質な印象。だが、平井要芽のような氷でもなければ、天乃宮姫子のように人形じみたものではなく、不吉さをたたえた死人に近い。


「──感じた通りとは?」


 値踏みを悟られないよう、おうむ返しで質問する。そんな私のささやかな腹芸をどう受け止めたのか、特に追及する事なく、言葉の通りだ、とこちらの質問に短く答える月ケ丘清臣。


「端的に言えば、人を人とは思っていない。彼女は極端な異能者優位の差別主義でね──いや、もはや差別ではないな。異能者でない生物は同類とはないと"区別"している。だから、先ほどの一撃も本人からすれば、虫でも追い払ったつもりだろう」


「人を虫扱いとは相当だな」


「逆に言えば、虫扱いだからこうやって私と会話ができている。本当に殺す気ならばまた違った結果になっていただろう。下手に動かなければ、これ以上攻撃される事もない。まぁ、虫は虫でも油虫なら嫌悪、雀蜂のような危険な種なら警戒と防衛だ。場合によっては話は別だろうがね」


 つまり、私は羽虫程度の存在というわけだ。屈辱を覚えないわけではないが、他人が下した評価の如何をそのまた他人に詰め寄っても意味がない。


「目の前にうろちょろしなければ追い掛け回すほどの価値はない、か。私に切っ先を向けておいて、なかなか愉快な神経をしているようだな」


「付き合ってみればそんな皮肉も出てこなくなる。あれでも自分の価値観が他人と掛け離れているのを理解しているし、対外的に抑えるところは抑えている。ある意味、下手な狂人よりも厄介だよ」


「私を殺そうとしたのは対外的にどうなんだ?」


「当然、問題だ。だから私がわざわざここまで降りてきた。見えないかもしれないが、正直、私も辟易している。事前に天乃宮関係者に危害は加えないと打ち合わせたはずだが、どうやら顔を忘れたか、見分けがつかなかったのだろう。私としては天乃宮とは正面から対立したくはないのでね──本当に困ったものだ」


 それはつまり、天乃宮関係者でなければどうでもいい、という事か。他人をこき下ろせるほど立派な人柄ではないのは成田への言い様でわかっていたが、人物評価の訂正は必要なさそうだ。


「血を分けた肉親ですら異能者でなければ、別の種族扱いだ。犬猫に親愛を込めて家族と呼ぶ人間はいるが、彼女の場合、生物学上そうなったから仕方なく"対外的に"血縁と認知しているらしい──表情が一層固くなったが、どうかしたか?」


「……いいや、何でもない」


 よぎった記憶と感情を振り払う。揺れた視界には親しげに話しかける女生徒もどきと鋭い目つきに剣呑さをにじませる成田が見える。攻撃から逃れた分、離れているので会話のこまごまとした所は聞き取れない。だが、その後に何が起こるのかは嫌でもわかる。その予感に従い二人からさらに遠ざかる。


 ──判断は正しかった。空気を割らんとばかりに轟き、稲光が舞台の上を走る。現象の余波として衝撃が頬を叩くが、あと1、2歩分出遅れていたらそんなものでは済まなかっただろう。


 熱心にコミュニケーションをとろうとする女にいよいよ限界が来たのか両者の間に火花が散った──もちろん比喩ではなく成田の異能だ。


 さすがにそこまでされて近づくのは無理だったようで、女はから舞台の隅の方まで移動していた。再び見せた脚力にも驚きだが、例えるなら気の立った猫を微笑ましく見るような目をしている事に気づき戦慄する──あれを見てかわいらしさを見出すその神経に。


「少々、馴れ馴れしすぎたかしら? まぁ、初対面だと身構えるのも仕方がないわね。それに自己紹介もろくにしてないし──」


 屈託のない笑みを浮かべ、そう自己完結させる女。そして手にした薙刀を横に一閃させ、場の空気を切り替える。


 同時に表情をにこやかなものから礼を尽くすものへと引き締め、成田に向き直る。見つめたのは二呼吸ほど、敵対する意思はないとばかりに薙刀を後ろ手に構え、優雅に腰を折る。


「──はじめまして、時宮高校序列一位『サンダーガール』成田稲穂。私が月ケ丘高校元序列一位『絶槍』にして、当真家当主候補の一人、当真瞳呼──そこの男に倣うなら当真家側の黒幕として暗躍中よ」


「──トウマトウコ、ね。聞いちゃあいたが、マジであのと同じ名前かよ。……胸糞悪りぃ」


「字は違うわよ。私が"呼ぶ"と書いて、彼女は普通に子どもの"子"」


「あたしから見れば、大差はねぇよ──裏でこそこそ小細工するあたり特にな」


 当真側の黒幕、つまり当真瞳子や優之助を敵に回せるだけの相手を前にしても成田稲穂のガラの悪さは微塵も変わらない──当真瞳呼と名乗った女の底知れなさは私以上に理解しているにもかかわらず。


 おそらくあれが異能者が異能者たらしめる"性質"なのだろう。異能という力からくる妄信ではなく、その力の根源にある何らかの"確信"めいたものを核として我を通す──誰を相手にしたとしても。性格や言動を鑑みるに成田を尊敬できるものは何一つないが、その姿を見ていると悔しいが少し羨ましい。


 だが、それはこのきな臭さを残す──至近距離で炸裂した雷のせいで物理的な意味でも──舞台の上で成田と私に対し、『新世代』と月ケ丘清臣のシャドウエッジ、そして当真瞳呼が入り乱れる圧倒的不利な戦局への火種が生み出されるという事でもあった。


「成──」


「──止めた方がいい」


 成田を呼ぶ私を遮ったのは月ケ丘清臣。声は先ほどと同じく背後からだったが、もはや驚く事もない。ただ出来ていたのか、という感想くらいだ。


「戦えないと自ら評したわりによく出しゃばるものだな」


「これは手厳しい。私自身、責任感があると思うゆえの行動なのだが……。今もあの二人に割って入りかねない君を止めに」


「好意からくるものではないだろう? なら、それを感謝するいわれはないな──私とて二人をどうこうできるとは思わない。やり過ぎるな、と忠告するだけだ」


「──なるほど、思ったより肝が据わっているらしい」


 もちろん嘘だ。このままでは取り返しのつかない事態へと進展する。である以上、止められるなら止めたい。だが、助勢しようとした私を押し留めたのは月ケ丘清臣の制止ではなく、散々見てきたガラの悪さに隠された成田の明確な"怒り"だ。


「──相当ご立腹ね」


 とは、当真瞳呼の言。つい先ほどまで『新世代』を差し向けられ舞台は戦闘の真っただ中だったのだから、立腹も何もないだろう。むしろ差し向けた側がなぜああも親しげにいられるのか疑問だ。


「お怒りはごもっとも。ただ、こちらの言い分を聞いてからにしてくれるかしら。察しているようだけど、要芽があなたに生徒会室を襲わせたのは私の指示よ。だから、あまりあの子を責めないでくれるとうれしい」


「──ほう」


 言質を取った、という顔の成田。怪しければ問答無用も辞さないタイプだが、それでも認めさせるとそうでないとでは違うのだろう──その身を走る雷が直撃すれば結果など一つしかないと思うが。


「いきなり私からの指示といったら断られるのはわかっていたから伏せたけど、ちゃんと目的があっての事なの。といっても、敵としてあなたを貶めるつもりはない──むしろ逆の事をする為にあえて遠回りな手段に出たの」


「はっ、あの当真瞳子クソ女との権力争いに巻き込んだだけだろ。それ以上もそれ以下もあるか」


「たしかに、目的は当真家当主の座にあるし、あなたの言う権力争いを使って場を用意したのは間違いないけれど、あなたを襲撃者に指名したのは理由あっての事よ」


「──もったいつけずに言ってみろや。戯言として鼻で笑ってやんよ」


「あなたをこちら側に引き込みたい。現序列一位、『雷と共にある少女サンダーガール』成田稲穂。あなたにはその資格がある」


「頭沸いてんのか?」


 身も蓋もついでに言えばそっけもない返しだが、答えは十人が十人とも同じだろう。月ケ丘清臣も当真瞳呼のやろうとしている事は事前に知っていたはずだが、わずかに見えたその目からは理解という色は見えない──案外、組んでいて辟易しているというのは本心だったのかもしれない。


「本気よ。その為にわざわざこの学園まで足を伸ばしたの。普段表に出ない私なりの誠意と受け取ってもらえると嬉しいわ」


「その誠意とやらにどれほどの価値があるんだよ。あたしからすればゴミクズほどもねぇよ──まぁ、わざわざ出てきてくれた事には感謝してるよ」


 言うや否や、成田の目が剣呑に光る。それが引き金となり生まれたのは唐突な刺激臭と耳障りな音を共にする再びの雷火──視線で狙いをつけ、一瞬のうちに発動するノーモーションの一撃だった。


 虚を突かれた当真瞳呼にその雷撃をかわす術はなく、目を覆いたくなるほど激しい光が落とす人影は棒立ちのまま、その雷を受けている。『新世代』相手では火力不足でも生身の当真瞳呼だと話は別だ。


「──そんなてめえでも、強いて価値を求めるならその首だな。大人しくあたしに狩られろよ。それでに褒めてもらうんだからさぁ……」


「(──まさか、あれで終わるのか?)」


 成田の気性を考えるなら何らおかしくない奇襲。かわせるかどうかは別として、私ですら成田の暴発を警戒していたが、当真瞳呼にとってはさしたる脅威に映らなかったのかあまりにも無防備だった。そのまま数秒間、雷のただ中に晒されたのだ、最悪死んでいても不思議ではない。


 にもかかわらず、この場に居る誰もが、その想像を否定する──私も即座に考えを取り消した──いまだに感じる異質な気配がそれを許さない。


「──か。聞いていた通り、一途な子ね」


 一瞬でも終わったと思った私を嘲笑うように平然した声が講堂の中を駆け抜ける。さして大きな声量ではないが、よく響くのは無意識の警戒が否が応でも拾うのか。眩んだ目がようやく収まり舞台へと視線を戻すと、その声と同じく無傷の当真瞳呼が変わらずそこに居た。


「(偽装で纏った制服にも焦げた形跡すらない。当真瞳呼の能力か?)」


「残念だけど、とりあえず説得は後にした方が良さそうね。しばらく大人しくしてもらいましょうか」


 当真瞳呼の周りで景色が歪む。ついで薄く引き伸ばされたのようなものが歪みの部分から漏れ出し、発動者の望みのままに形作られる。


 産み出されたのは手にした得物を彷彿とさせる武骨な薙刀、当真晶子が使っていたという能力だ。だが、会長から聞いた話よりも実物はなおも危険に映る。それは本来の使い手からか、本人の心象によるものか。


「上等だよ。要芽の前にてめえを黒焦げにしてやる」


 その意思を表すように成田の全身を雷が踊る。それは期せずして二人の異能を対比する構図となった。雷と架空の刃、それぞれの化身が互いの威を相手に認めさせる──異能者同士の競いによって。


「──焼けろや、おら!」


 成田の鋭い目つきが普段よりさらに引き絞られる。傍目からではただ睨んだだけだが、成田稲穂にとってそれは明確な攻撃となる。


 視線の先には当真瞳呼。異能による架空の薙刀はすでに生成し終えているが、睨むだけで攻撃が成立する成田相手ではどうしても先手を譲ってしまう。しかし、その速さは同時に当真瞳呼の選択に迷いをなくすという事でもある。


シッ──」


 当真瞳呼の体が極端な前傾を維持したまま横にぶれる──当真流一本指歩法、名は、たしか『不知火』。言わばクラウチングスタートの一歩目を延々と続ける走り方はその名の通り這い寄る炎のよう。その速度と低さに雷火の間隔が徐々に開いていく。


「──が絞り切れないんだ」


 思わず、独り言が漏れる。成田の視線は例えるなら銃口だ。その銃口の先に立たなければ電撃を食らう事はない。まして人の視界は上下左右を追えても斜めに出入りされると途端に困難になる。俯瞰で見ている私は当真瞳呼がどう動いているかわかるが、対峙している成田はその限りではない。あれでは遠からず死角に入り込まれて──いや、すでに当真瞳呼の攻め手の範囲内だ。


「──ちぃ!」


 成田の舌打ちが聞こえる。当真瞳呼との距離はおおよそ十歩圏内をつかず離れずの繰り返し。その距離を埋めるのは一本指歩法技術薙刀得物だ。成田の視界から見て斜めに動き、それに連動して薙刀を下段から斬り上げていく当真瞳呼。その軌道はかつて当真瞳子が優之助の首を刈ろうとした『一ノ太刀・昇竜太刀筋』に似ている。


 狙いに気づいた成田はその場を今まで以上の速度でもって離れようとする。当真流を修めた当真瞳呼とは違い、技術も筋力もそれを実現させるのは難しいが、異能がその無理を可能にする。


 特にこれといった動作を見せず、跳ねる様に後方へと飛びずさる成田の体。おそらく磁力の反発を利用しているらしく、その速さ、高さは控えめに言っても当真瞳呼の一本指歩法と同等以上の水準に達していた。


「──『リニアステップ』というらしい」


 思いがけない月ケ丘清臣の補足に一瞬戸惑う。しかし結局はそうか、と短く返すだけにとどめ、戦況を見守る。『リニアステップ』によって、機動力で上回る成田は中距離以上を維持し、攻撃を続けている。


 当真瞳呼も長柄の武器である為、中距離戦闘は望むところだが、攻撃速度、手数の上では成田に及ばない。当真瞳呼が本当の意味で優位に立つには当真流が使える距離まで近づく必要がある。


「『風車かざぐるま』」


 当真瞳呼のまわりで展開していた架空の刃がに回転する。大きな円へと姿を変えた薙刀が四方に散り、成田へと追いすがる。


 薙刀の長さは2mと少し(おおよその目算になるが、当真瞳呼の身長が160後半、柄の部分が同等か少し短い、刀身は真田の打刀くらいと見てそのあたりだろう)、回転すれば4mを超える車輪となる。それが十重二十重とあれば、いかに広い講堂内でも空間はたやすく埋まってしまう。しかも、実体の刃ではないので壁や地面に捕まる事なく成田との距離をつぶしていき、その体に触れさえすれば血と肉の雨が降る。一方的な物理干渉が可能にする理不尽な追跡者だ。


 ──しかし、そんな状況に追い込まれても、成田の不敵さは崩れない。


「『サンダー・ウィップ』」


 『風車』に対応すべく手のひらに雷が収束させて放つ成田。鞭というより、大蛇がのたうち回る様に似ていた『サンダー・ウィップそれ』は当真瞳呼の薙刀を打ち据えていく。


 いかに実体を持たない架空の刃とはいえ雷を構成しているいずれかに作用してか、舞台上を占めていた刃の車輪が一つ一つと払われていく。その度に電子がはじける音とガラスが砕けるような音とが同時に講堂の中を満たす。当真瞳呼の意思で動いている以上、漫然と向かっているという事はなかったが、成田の迎撃にその数は目減りしていく。何本目だっただろうか、十を超えてから数えては──


「──成田!」


 数えてはいないが違和感はあった。仮に大げさなサイズと数が成田から注意を逸らし、油断させる為のものだったとしたら、本命は別にある。優之助と当真瞳子との戦いを思い出す。あの時も、物理的に干渉しない刃は地面を透過していた事を。


「──うるせえんだよ。黙ってみてろ」


 相変わらずの憎まれ口はこちらの心配を杞憂へと変える。しかし、成田の足元へと目を移すと私の心配を連想するように薙刀の姿をした殺意が数本、地面から天へと向かって伸びている。四方に放たれた『風車』はその場所へ誘い込む囮、成田はその狙い通りに足を踏み入れていた。


 だが、結果として成田は無傷。誘い込まれた先での罠をまるで安全な位置へと体をやり、切り抜けている。


「──そうか、雷を操れるという事は電位か何かが見えるのね」


 自ら用意した罠を破られ、その原因を考察し、あたりをつけたのは当真瞳呼。その声には感心と納得、そしてわずかにが聞き取れる。


 ややあって、舞台の上に乾いた音が響く。当真瞳呼が『死化粧』得物を取り落としたからだ。


 成田が仕掛けのある位置へ到達した瞬間、罠を発動すべく異能の操作に集中した当真瞳呼は、逆に誘いをかけていた成田の反撃をくらい、手首のあたりを電撃によって火傷を負わされていた。この攻防、その軍配は間違いなく成田に挙がる。そして──


「──これでだ」


 成田は得物から手を離した当真瞳呼をそのまま見逃すほど甘くはない。追撃、そして決着の一手をすでに準備していた。手には『新世代』を撃ち抜いた棒状の光の塊──『プラズマ・シャフト』だ。


 およそ人が発するとは思えないほどの絶叫と苦痛を強いる"それ"を躊躇いもなく投げ放つ。止める間もなく、そして直撃すればどうなるかなど考える間もなく、『プラズマ・シャフト』は当真瞳呼へと命中した──はずだった。


「──馬鹿な!」


 目の前の光景を信じられず、私の喉が枯れた叫びを絞り出す。成田がトドメにと放った『プラズマシャフト』は間違いなく当真瞳呼を捉えていた。カウンターを食らった当真瞳呼は単に手首を負傷しただけではなく、電撃による体の弛緩によって回避する選択肢を奪われている。事実、『プラズマシャフト』を収束させたほんの数瞬──とはいえ明らかな隙──の間、当真瞳呼の足は止まっていた。なのに──


「──なぜ、無傷で立っていられる!」


 その驚愕はしかし、すぐさま疑問に変わる──、その単語を使ったのは二度目ではなかったか?


 あの時も、かわしようのないタイミングで成田の攻撃を受けてもなお、今と同じだったはず。そして、その際、私はこう思っていた──当真瞳呼の能力ではないか、と。


「──ごめんなさい。舐めてるつもりはなかったのだけど、結果としてそうしてしまっていたわね」


 静かな語り口で謝意を示す当真瞳呼。それが意味するところは今までの戦闘が全力ではなかったという事。あの当真瞳子と同種の能力を持ち、今まで成田と互角を演じながら余力があった──つまりはそういう事になる。


 その言葉がきっかけとなり変化を見せたのは、成田の攻撃から破壊を逃れていた数本の薙刀。元々不可視かつ、不定形だったはずの殺意が粘土をそうするように練りあげ、新たな姿を形作る。それは先ほどまでの薙刀と同じ長柄の得物。ただし、当真瞳子の刀を彷彿とさせる禍々しさを秘めた槍──それも十文字と呼ばれる種類の槍だった。


「──『絶槍二つ名』が示す通り、私の得手は薙刀ではなく、槍なの。『死化粧』も納得のいくものがなかったから長柄のありもので妥協しただけ。形を変えていたのも手持ちが薙刀そうだったから合わせていた、そんなしょうもない理由よ。でも、あなたの異能に敬意を表して全力を見せる。これも私の誠意と思ってくれるとうれしいわ。成田──いえ、稲穂さん」


「──誰が下の名前で呼んでいいって言ったよ? 気安いんだよ、てめぇ」


 この状況下でも悪態を吐き捨てる成田を微笑ましそうに見据える当真瞳呼。同時にその意思を反映するように『絶槍』の穂先が回転を始める。


「私の能力は瞳子あの子と同じく殺意を刃に変えて生み出す。でも、その力の使い道は生み出した形に準じている以上、似て非なる物となる──こんな風に」


 高速に振動するそれはもはや槍というよりドリルと評した方が近い。実体を持たないにもかかわらず物理現象に介入できるのは今さら驚く事ではないが、その回転が生み出す悲鳴に似た駆動音はかすめただけでも全身がちぎれ飛びかねないと否が応でも連想させる。


「ちっ!」


 遠くからでもわかる成田の舌打ちと射貫かんとする敵意。当然ながら当真瞳呼の全力に対しても臆した様子はない。むざむざ手をこまねいて見ているだけという事も、ない。『絶槍』に対抗すべく、拳大の雷球を複数作り出し、展開、そして一連の流れを止めず、当真瞳呼に向けて解き放つ。


 数えて何度目の攻防だろうか。そのいずれも──今度も成田の先手は揺るがない。だが、当真瞳呼の方もは完了している。当真瞳子や先ほどまでの自身がそうしたように、槍に形を変えた架空の刃──『絶槍』を思うがままに操作する。


 異能によって加工された雷の塊と殺意が両者の意思によって激突する。『サンダー・ウィップ』と『風車薙刀』がそうだった時は薙刀があえなく砕け散るという結果だった。果たして雷球と『絶槍』はどうだろうか? 再び成田の雷が架空の刃を打ち砕くのか──いや、そうはならず、当真瞳呼の『絶槍』がことごとく雷球を下していく。


 だが、妙だ。『絶槍』が上回っているのは間違いないが、『絶槍』の先に触れた瞬間、雷球がまるで毛玉が解けていくように霧散していく。単純な力技による結果ではない。間違いなく『絶槍』の持つ何らかの仕掛けが効いている。


「生み出した回転は力の流れを狂わせ、分散させ、やがて無へと還る──絶槍の絶というのはそういう意味だそうだ」


 私の疑問にまたも月ケ丘清臣が解説を加える。今思えば、解説は彼なりの性分なのだろう。一目見て戦闘向きではないとわかる針金然とした体躯、慇懃無礼といった態度も、神経質と言い換えられなくもない。黒幕と自ら名乗ったが、私の印象としてはむしろ探究者の"それ"に近い。


 存外、月ケ丘での立場もそんな印象と全くの無関係ではないだろう。正直なところ、苦手なタイプだ。私があまり頭の回る方ではないというのもあるが、理詰めで語る口調が生徒会の面々ともいろいろダブって心証があまりよろしくない。


 ──だからというわけでもないが、月ケ丘清臣が言い放った次の一言は私の不愉快を誘うには充分だった。


「当真瞳呼が本気になった以上、成田稲穂に勝ち目はない──"できそこない"だからな」


「──どういう意味だ?」


 身勝手な結論による断定か、例え気に食わない成田相手だろうと"できそこない"呼ばわりされたがゆえか、私の中の何に触れたか自分でもわからない。だが、そうする事に躊躇いはなかった。揺るがぬ事実とばかりに嘯く月ヶ丘清臣の胸ぐらを掴み、引き寄せる。後ろで控えていた『シャドウエッジ』の貫手が私の首筋を捉えるが構いはしない。紙一重寸前まで突き付けられながらも問いかける私の声はむしろ平静と自覚できるほど抑えが効いていた。


「言葉通り──といってもわからないだろうな」


 喉元が締め上げられているのも気にせず、逆に『シャドウエッジ』を片手で制し、なすがままに任せる月ヶ丘清臣。一拍ほど悩んで見せて(私にどう説明するかについてだろう)から口を開く。


「成田の異能は物理現象を超えないからだ」


 ──どういう意味だ? いくつもの要領を除いたとしか思えない答えに、問うたばかりの言葉が頭をよぎる。しかし、少なくとも冗談や嘘で煙に巻いている感じはない。無防備な喉から伝わる息づかいにはその手の気配は皆無だ。


「君は今まで何人かの異能者を見てたはずだ。篠崎空也『空駆ける足』刀山剣太郎『剣聖』当真瞳子『殺眼』──そして御村優之助『優しい手』。彼らの能力は果たしてこの世の常識に沿ったものか? ──いうまでもなく否だろう」


 私の逡巡を見抜いた月ケ丘清臣が補足する。困惑のせいか掴んだ手が知らずの内に緩み、結果として私との問答に差し障りはないようだ。


「たしかに優之助達の異能は現代社会の想像の外だ。しかし、成田の異能もそれに負けず劣らずだと思う。両者の違いはいったい何だ?」


「例えば『空駆ける足』。あれは“力場干渉”の足場を作り、空を走る──という事になっている。既存の科学、既知の現象でどうにか理屈づけたが、一人の自重を支えられる無形の力──サイコキネシスなんてものは本来、空想や都市伝説の類のはずだった。他にも『剣聖』のあらゆるものを切断できる剣技、『殺眼』や『絶槍』の生物・無機物問わず殺意を伝える目、『優しい手』の触れただけで全てを無力化できる手、それぞれテレパシーの派生、運動エネルギーの制御などと無理やり言語化したに過ぎない。『剣聖』に至っては定義付けに参考にしたのはゲームだという──もはや体裁すら投げ出す始末だ」


 語り口に熱を帯びていく月ケ丘清臣。その熱の裏には何かに対しての不平不満が読み取れる。


 私の知る限り、異能の管理は当真家の仕切りだったはず、必然、調査や定義付けとやらも当真家が担っているだろう。ならば不平不満の対象は当真家であり、そして──もしかすると黒幕としての動機もそのあたりにあるのではないか? 私にとって敵である月ヶ丘清臣の|話の本筋から外れた(どうでもいい)事情への想像が頭をよぎる。


「──だが、成田は違う。たしかに能力そのものは随一のポテンシャルだ。戦闘力も申し分ない。、所詮電気ウナギでも──たかが一動物でも出来る事。出力が何倍もあろうと、電位が見えようと、雷をあらゆる形に加工できようと、それが自然の一欠片である以上、能力の本質は雷の属性──その物理による枷から抜け出せない。それでは本物の異能者には勝てない。彼らはその自然の摂理に反する存在、真の意味で異なる理を能とする"怪物"だからだ!」


 いよいよ激情とすら変じつつある月ケ丘清臣の声がわずかに灯った推察を遮る。喉へと伸ばした腕はすでに拘束の用を成さず、力なく垂れ下がる。だが、それは声の圧に押されたからではない。気づいてしまったのだ、勝てないと断言するその根拠に。その物理による枷から抜け出せない。それはつまり──


「ここは地下。威力も、発動の為の負担も空の下全力にはほど遠い。彼女の能力については調査済み──だから本来の力はあんなものではないと知っている。同時に既存の科学の法則から抜け出せていないのも知ってしまった。私が彼女を"できそこない"と評した理由はそれだ。そして、当真瞳呼が初顔合わせに講堂ここを選んだ理由も同じ。彼女の場合、をよりよく捗らせる為の手段としてだがね──どうやら決着が近いらしい」


「成田!」


 意外に持ったな、と言わんばかりに呟く月ケ丘清臣を否定せんとばかりに成田の名を叫ぶ。期せずして午後の授業の開始1時を告げる大時計の鐘が講堂の中に反響し、私が講堂に入ってから30分は経過したのを理解する。そのどちらかに反応したのか成田の頭が揺れるが立っているのが精一杯──それどころか意識があるのかも怪しい。それは無情にも月ケ丘清臣の言葉を肯定する状態だといえた。


 当真瞳呼の『絶槍』によって電撃はことごとく無効化され、その一方で当真瞳呼の"槍"──『死化粧』と『絶槍』──によって成田は徐々に追い詰められていく。そんな圧倒的不利の中、成田は『リニアステップ機動力』を軸に食い下がるが、『絶槍』の攻撃無効化能力によって積極的になった当真瞳呼の攻勢の前には遅かれ早かれの違いはあれど、結果を覆すには至らない。


「さすが現序列一位ね。私が本気を出してここまで戦えるなんてそういないわよ。というより『絶槍』をここまで食らってまだ立てるなんて末恐ろしさまで感じる。だからこそ、誘い甲斐もあるのだけれど……」


 成田を称賛する当真瞳呼。その言葉に嘘や皮肉といったニュアンスはなく本心を口にしているのがわかる。『絶槍』は当真瞳子の『殺刃能力』と同じくその殺意の槍は対象の精神力次第で実体を殺傷できる。成田が満身創痍ながらも五体満足で辛うじて立っていられるのも『絶槍』に抗しえたという事である。


 だが、当真瞳呼の目的は成田の確保にある。自ら重い腰を上げるほど認めているからこそ、殺意の槍で肉体が死に至る事も、精神が壊れる事もないと初めから計算ずくのはずだ。その想定外のさに驚きと称賛はあるが、ただ、それだけの話でしかない。


「──くっ、くく」


 突如、成田の肩が震え、かすれがちながらもその声に笑みを添える。『絶槍』による精神的ダメージがそうさせるのか、それは今までの様な偽悪に満ちたものではなく、熱に浮かされた無防備な感情──見方を変えれば、ほんの少し手で押しただけで崩れそうな状態だった。


「あまり動かない方がいいわ。というより、なぜ動けるのか不思議なくらいだもの大人しく寝てなさい」


 当真瞳呼も同じ見立てか、すでに『絶槍』の展開を解除し、『死化粧』もその穂先はもはや成田の方を向いていなかった(『死化粧』に関して言えば、成田を罠のある場所へ誘導する程度にしか、そもそも使っていなかったが)。当真瞳呼のいたわり(と言っていいものか迷うが)の言葉に笑いどころを見つけたのか成田の笑い声は一層強くなる。もはや正気かどうかすら俯き、手を覆った顔からは読み取れない。その様子に比例して私や当真瞳呼の不審も同様に大きくなっていく。


「──いや、なに、少しの間ら、いい夢が見られてねぇ。気分がいいんだ」


 しばらく続いた笑いをどうにか抑え、顔を上げる成田。その目には薄暗い講堂の中にあって唯一無二を示す輝き。輝きは全身に行き渡り、包み込む。生徒会室で平井相手に見せた能力、『紫電装』だ。


「ならそのまま寝ててもよかったのよ」


 『紫電装』が放つ光に目を細めながら、諭すように降伏を進める当真瞳呼。私や平井が格闘戦主体なのとは違い、『絶槍』という遠距離攻撃と異能無効化を同時に実行できる手段がある。後の"説得"がこじれない為にこれ以上の交戦は望まないと匂わせているが、それはつまり、成田の復活を脅威と感じていないという事だった。


「そういうわけにもいくかよ。こんな大事な時に役に立てなきゃ、それこそウソだろが!」


「本当に一途ね。好ましいけど、その対象を間違えてないかしら? ──とやらにそれだけの価値があるの? ──」


「──誰に従うかは自分てめぇで決める。部外者にどうこういわれる筋合いなんてねーよ。まして、をあれ呼ばわりしたんだ、あたしの中ではその時点で論外──あそこにいる飛鳥足手まといと組んだ方が億倍もマシじゃ、このボォケが!」


 ──あの口汚さはなんとかならないものか。そう思いつつも不思議と悪い気はしない自分がいる。何一つ状況は好転していないが、成田の言う"足手まとい"でも出来る事が──いざとなれば、成田をここから逃がす手伝いくらいなら──ある気もする。


「──本当につれない。私としてはもう少し真摯なやり取りを望みたいのだけれど」


「何が、"真摯"だよ。"出来損ない"なんて奴とこそこそ動いているてめぇが言えた義理かよ。……ならあたしをどうにか出来るってんだろ? まさか、気づかれないとでも思ったんか?」


「……」


 図星を指されてか、当真瞳呼が初めて無言になる。表向きにはにこやかに困った子を見るようなフリをしているが、そんな体裁で誤魔化されるほど成田は甘くない。再び見せる皮肉混じりの視線を浴びせながら、なおも撃は続く。


「ていうか、逆に気づいてねぇだろ。あたしが『紫電装』を出してからいったい何分経ったろうなぁ」


 その言葉の真意を真っ先に悟ったのはやはり同じ異能者である当真瞳呼だった。続いて、月ケ丘清臣。私は彼らのを見てどうにか気づく。


「──『紫電装』の大げさな光は"それ"を隠す為だったのね」


 "それ"は一度気づいてしまえばもう見逃しようがないほどはっきりと見える光の線。『紫電装』を纏った際、抜け目なく伸ばしていったそれらは座席や段差の間を伝い、巧妙に観客となった私達の視線から逃れていた。特に目の前にいる当真瞳呼は講堂の薄暗さと『紫電装』の光量との明暗で見逃しやすかっただろう。


 光の線はあるものと成田を繋ぐの役割、その先あるものとは、講堂の至るところにあるコンセントだ。


「──コンセントから電気を吸収しているのか?」


 おそらく電子を遠隔操作する事でコンセントに干渉したのだろう。空気が絶縁だといっても放電自体は不可能ではないし、通電できるのなら学園の施設から取り込むのも成田の理屈で言うならば"出来る"のだろう──呼び水となる何らかの導体(プラグ)なしで離れた位置にあるコンセントから電気エネルギーを引き込む、などと素直に納得するのは難しいが。


 とはいえ、私が納得しようがしまいが、"出来る"事には違いない。結局、異能者本人ではないので"そうかもしれない"としか言えない。月ケ丘清臣に倣うなら、既存の科学、既知の現象でどうにか理屈づけて、どうにか言語化したというところだろう。


「──本当に成田は"出来損ない"か? あんな規格外な真似、他の誰も出来ないと思うのだが」


「言ったはずだ。自然の一欠片である以上、理の内でしかない。多少、小器用に操れようと当真瞳呼には──"本物"には届かない」


 そう答える月ケ丘清臣だが、負け惜しみに聞こえるのは私だけだろうか? 主観か客観か、感想を確認しようにも他には『シャドウエッジ』の二人しか近くにおらず、その死人めいた様子からは答えも共感も得られそうになかった。


「──たしかに空がなけりゃ、雷を落とすのは無理だ。あたしの能力は開けた場所の方が力を発揮できるのも間違いじゃあない。だがよぉ、カロリーを電気に変換できるなら、その逆ができるかもしれない。それくらい想像できねぇか?」


「つまり、『紫電装』を展開してからの今までの会話は──」


の為の時間稼ぎだよ、この年増! あたしが負けたまま引き下がる性格なわけあるか! ──そう、あたしは誰にも負けない。要芽にも、ハルとカナにも、当真瞳子やその他の女どもにも、何よりを傷つけようとするてめぇには──特別にあたしが手ずから焦がしてやるよ!」


「──しか離れていないのに年増は酷いじゃない。……『絶槍』で止まってくれないなら、もう少し痛い目を見てもらうわね」


 やれやれと嘆息しながら『死化粧』を構える当真瞳呼。『絶槍』を新たに生成していないものの、その構えは成田の戦闘続行を受け、穏便な対応を放棄していた。


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