エピローグ

「──少し寒くなってきたな」


 換気の為に空けた窓から吹き込んでくる思いの外強い夜風に首を竦める。考えてみれば山を切り開いて建った建物のそのまた最上階の角部屋だ。街で吹く風とは一味違うという事なのだろう。


「……予定より早いけど、もう閉めるか」


 角部屋のリビングという構造上、併設されたベランダはL字型で長方形の内の二面が窓になっている。両方をわずかばかり開けて風の通り道にしたわけだが、想像以上に冷えてしまった。一人暮らしでよくある無意識の独り言に気づいて苦笑しつつ、リビングの窓を閉めにかかる。まずは街を見渡すのに最適な南側の窓に鍵を掛けていく。


 高原市の北側にある日原山に建てられた天乃原学園の施設は基本的に南側を正面として建てられている。見晴らしの点もそうだが、高低差のある山でわざわざ高くなる他の方角を正面玄関にするわけはないので、当然と言えば当然の話。反対に山を挟んで学園のある位置に建てられたキャンプ場の施設はその大半が同じ理由で北側を正面としている。


「?」


 もう一方の窓を閉めようとして、止まる。最初に気づいたのは風に舞ったカーテンにわずかばかり映った影。まだ引っ越したばかりでベランダに物は置いていない。俺の性格からして、おそらくこれから先も洗濯物を干す以外の利用する事も、何かを置く事はないだろう。だが、そんなベランダには明らかに人一人分の大きさの影が存在していた。わずかにあった気のせいという淡い期待を打ち壊すように。


 次いで、不規則に揺れるカーテンの隙間から、部屋の明かりに照らされて、人肌が見える。……確定である。すでに驚くタイミングを逃してしまい、冷静に観察していた俺は嘆息が混じりつつも、“彼女”に声を掛ける。


「──何してんだ? 瞳子」


「とりあえず入れてくれない? ここ、思った以上に寒くて……」


 いろいろ言いたいのを飲み込んで当真瞳子の言う通りとりあえず入れる事にした。 



「──で、なんであんな所にいたんだ?」


「ほら、女子寮と男子寮って隣じゃない? 非常階段を伝えば、誰にも見られずにあなたの部屋のベランダに直接侵入できるのよ。まぁ、普通の女の子には到底無理だけどね」


「手段の話してんじゃねぇよ! ……いや、侵入経路がわかってよかったけどさ。なぜ、ベランダに潜む必要があるのか理由を聞いてんだ!」


「驚くかなって……」


「残念ながら驚くタイミングを失って、呆れるしかなかったよ」


「そうは言っても普通に男子寮に女生徒が入るなんて無理じゃない。ああでもしないと部屋に入るなんて無理でしょ?」


 たしかに互いの寮の玄関はオートロックになっていて、住人以外が出入りできないようになっている。宅配や郵便物も寮の管理人が一旦受け取り、配達員が中に入る事はない。例外は引っ越しか内装工事の業者位なものだ。が、それとこれがどうつながるというのか? そこが分からない。


「いいじゃない。お土産も持ってきたんだから機嫌直してよ」


 俺の様子をどう見たのか取り繕う様に笑う瞳子。その手にはコンビニの袋が二つ。天乃原学園には生活協同組合(いわゆる生協)やコンビニといった生活用品を取り扱う施設は存在しない。文房具や制服の予備を販売する購買はあるが、それ以外は通販か家族の仕送り、あるいは学園に申請して自ら外で買いに出るしかない。


 ちなみに自炊用の食材は食堂で仕入れたものを購入する事が出来る。学園の食堂は一流のレストラン並みの質と種類を揃えるだけあって、その食材も高価な品だが、学生割引で好きなだけ手に入る。好きなだけ手に入ると聞くと在庫に不安が残る様に感じるが、そもそも自炊派の存在自体稀なので問題はない……って、あれ? 話が逸れた。つまり、お土産とやらは学園内で手に入るものではなく、瞳子は“実家からの帰り”にコンビニへ寄ったという事であり、しかも俺の部屋に行く事が決まっていたらしい。


 ──そう、俺が当真晶子を倒した夜から三日経っていた。



 当真晶子による会長──天之宮姫子──の誘拐(未遂)が起こってしまった事で、ただでさえ交渉する必要性に疑問を持っていた天之宮家(というより当事者の会長)は天乃原学園と時宮高校との提携話を当分の間、中止・保留という事にした。管理棟に帰った後、物凄い剣幕で理事長に電話していた会長がそう言ったのだ。多分その通りになるのだと思う。


 そして、当然と言えば当然だが、生徒会同士の泊りも中止。結果として当真晶子の暴走による突発的に起こった連れ去りが原因で予定より早く打ち切られたわけだが、元々、急用を理由に帰るつもりだったと空也が言っていたように部屋に持ち込まれた荷物はほとんど空いておらず、五分ほどで帰り支度を済ませた空也と剣太郎は気絶したままの当真晶子を連れて、あらかじめ待機させてあった車で帰って行った。


 そうなってしまうと、建前は力仕事として、本命は時宮との交渉の手伝いとして呼ばれた俺に出番はなく、翌朝、管理棟を出た。生徒会の面々はそのまま三日間過ごすらしく、別に残ってもいいと言われたのだが、完全にリゾート目的で残りの日数を消化する事になんとなく居心地の悪いものを感じて辞退した。寮に戻った俺は引き続いて一人暮らしの寮生活をこなし、現在、瞳子がなぜか俺の部屋に忍び込んでいたという事態に陥っているわけである。


「……予定より遅かったな」


「まぁね。わかってるでしょ? 天之宮姫子誘拐未遂の件で帰りが伸びたのよ。と言っても、実際に対応したのはおじ様なんだけどね。……悪い事しちゃったな」


 ここで言う“おじ様”とは、理事長である当真慎吾氏の事だ。瞳子にとって母親の弟である理事長は家族間の対立が珍しくない(今は後継者問題もあるから特にだろう)親戚筋の中ではかなり親しい間柄だ。そんな仲のいい親戚の叔父さんが、誘拐されかけた会長と本家筋とはいえ異能を持たないが故に立場の低い当真家との橋渡しをしているのだ、心配の一つもするだろう。部外者の俺ですら、掛け値なしの同情ものだと思う。


「んで、何買ってきたんだ?」


 戻りが予定より二、三日ズレたのはわかるが、夜遅く(もう十一時だ)に俺に部屋に忍び込む理由がよくわからない事に目をつぶり、Lサイズ二袋に分けられた“お土産”とやらを開けてみる。


 いくら建物が隣合っているとはいっても、それぞれ5mかそれ以上離れている。瞳子の『一本指歩法』なら可能だが(そんな事に古流を使うなよと言いたいがこれまた無意味だろう)、中に入っているものが無事かどうかは別問題だ。中身が漏れていないかを注意しながら一つ一つ取り出していく。


 幸い入っていたのはスナック菓子が多く、袋も破裂しておらず、片方は問題なかった。続いて、もう片方を開けてみる。こちらは先程より重く何が入っているのかと見てみると、真上には500mlのアイスケーキの箱が積み重なっている。……まさか、これ全部食べる気じゃないだろうな? 甘いものは嫌いじゃないが、胸焼けするだろうに……いや、アイスなら先に腹を壊すな。片方スナックで片方がアイスという事は惣菜関係はないらしい。今食べるには太りやすいだの、栄養が偏るだの言うつもりはないが、腹にたまりそうなものが少ないのは少々物寂しい。


「……何か作るか」


 学園の食堂で三食賄えるとはいえ、一人暮らしをする以上、部屋には保存のきく食べ物をそこそこ常備している。有り合わせで一品くらい作れないわけではない。そう思い、キッチンへ向かおうと腰を上げる。


 ついでに積み重なったアイスケーキの箱をひとまず冷蔵庫に入れようと袋を持ち上げると、袋の底からガラス同士がぶつかった時特有の固く儚い音。全部アイスだと思い込んで全て確認しなかったが、飲み物か何か入っていたらしい。重く丸みのある入れ物なら割れないよう底に寝かせて入っていても不思議ではない。


 あまり音を立てないよう冷蔵庫の前まで慎重に運び、アイスの箱を冷凍室に一つ一つしまっていくと袋の一番下に二本の瓶が見える。瓶同士の間には折り畳んだビニール袋が挟まっていて、緩衝材代わりにしているのが見て取れる。


「苦し紛れだなぁ」


 こんな処置で飛び回ってよく割れなかったものである。感心しながら何気なく手に取りためつすがめつして見る。その濃い緑色のガラスは光による中身の劣化を防ぐものとして割とポピュラーなデザインで俺も時々飲んでいた──


「──って、これワインボトルじゃねぇかよ!」


「そんなに珍しいものでもないでしょ。コンビニに置いてた安物よ、それ」


「俺達は何者だ?」


「哲学的ね。……強いて言うなら異能者の星って所かしら?」


「高校生だろがい!」


「いいじゃない。成人なんだし」


「成人だってバレたら困る立場でしょうが。俺とお前は!」


「外から見えないようにアイスの箱で四方を囲ってたわけだし大丈夫、大丈夫」


「やっぱ確信犯か!」


「心配性ねぇ。ボトルはこっちで処分するわよ。……いいから、付き合いなさいな」


 錯覚と言われれば納得しそうな、照明の反射ではあり得ない色合いを放つ瞳が俺を離さず射止め続けている。ここ数日、当真家の目を見る機会が多かったが、やはり瞳子が一番、綺麗だと思う──それはもう、怖いくらいに。


「……わかったよ」


 そうして俺は瞳子に逆らえない自分のヘタレさに呆れながら、ワインに合う一品をどうしようかとキッチンを漁っていくのだった。



「入れ物、これでいいか?」


「なんでもいいわよ。ワイングラスがあるなんて思ってないし。……で、それは何?」


 瞳子の目には片手に陶器でできたコップを二つ、もう片方には長方形の箱の様な物を小脇に抱えて自分へと迫ってくるという少々異様な格好に映るのだろう。リビングの真ん中に鎮座する座卓で寛いでいた瞳子の腰が警戒の為かわずかに浮く。


「オーブントースターだよ。いいからコップを持ってくれ、横着したせいでトースターが滑り落ちそうだ」


「何でそんなもの持ってきたのよ」


 言いながら、俺の手からコップを受け取る瞳子。俺はすかさず空いた手でトースターを抱え直し無事に座卓へと運び込む。手近なコンセントに差し込んで、空運転でトースターの中を温める。


「餅でも焼こうと思ってな。リビングとキッチンを往復するのが面倒くさいからこっちまで持ってきた」


 元々何か作るつもりだったが、アルコールが入るならなおさら腹に貯まる物を先に食べておかないといろいろ体に悪そうだ、そう判断した俺は保存が効いて腹持ちが良く、ついでに調理に手間が掛からないという理由でいくつか常備していた一袋1kgの餅をつまみにワインを飲む事にする。


 キッチンから二袋分の餅(俺もそうだが、瞳子もそれなりに食べる)と取り分ける小皿、そしていくつかの調味料を出した頃にはすでに瞳子がワインを開封し、口をつけていた。


「すきっ腹で飲むなよ。体に悪いぞ」


「軽くよ、軽く。食前酒みたいな感じ」


 瞳子が持つ容器を見ると淵になみなみと注がれた赤い跡がうっすら残っているだけで間近でなくとも空であるのがわかる。初っ端の一口で飲み干す事のどこが軽くなんだろうか。


「それより早く焼いてよ。今日中に戻るつもりだったから夜は簡単なものしか食べてないの」


「ちょっと待ってな。先にオーブン暖めてからの方が時間は掛からない」


 個別包装された餅を一つ、二つと開いて赤く灯るオーブンの中へ放り込む。熱で餅が膨らんでいく間に餅と一緒に持ってきた焼き海苔を袋から取り出し、半分に割る。


 二枚になったその上に、海苔と同じく持ってきていたスライスチーズを袋、個別包装のビニールからこれまた取り出し、まるまる一枚乗せて準備していくと、トースターから米の焼ける香ばしい香りが漂ってくる。見ると表面が少しだけきつね色に彩られた餅が一回り大きくなっていた。


「まだ?」


 空腹の上に匂いが食欲をさらに刺激したのか、瞳子の声に険が混じる。もう少し入れて置きたいが、これ以上待たせるのも忍びない。膨らみのやや甘い餅を一つトースターから出して、海苔とチーズの土台に乗せて包む。


「これを炙ってやれば、チーズが溶けてうまいんだけどな」


「餅の熱でも溶けるでしょ。そのままでいいわ」


「それもそうか。醤油とすき焼きの元、どっちつける?」


「醤油はわかるけど、すき焼きの元をつけるの?」


「砂糖醤油みたいなもんだ。うまいぞ」


「なら、それで」


「わかった」


 小皿にすき焼きの元を数滴垂らす。数滴なのは好みの合わなかった時、勿体ないからだ。俺から小皿を受け取るなり餅を二度三度転がして液を絡ませると、さほど大きくない口を手元で隠さずに大きく開けてかぶりつく。いいのかよ、いいとこの娘さん。


 ぱくり──そう擬音が聞こえてきそうなほど見事な一噛みで餅の半分以上が口の中へと消えていく。咀嚼する事数秒後、口の中の餅をあっさりと処理して二口目に移行する。そうこうしている内に一つ目の餅が綺麗さっぱりと瞳子の腹に収まってしまった。


「次、頂戴」


「はいはい」


 なんか雛に餌をやる親鳥の気分だな。そんな事を考えながら次々と餅を焼いていく。はじめは早く焼ける様に二つくらいにとどめ、手早く仕上げて瞳子の機嫌をとり、徐々に同時に投入する餅を増やして自分が食べる分を確保しようと画策する。


 休まず働き続けるトースターは大量の調理物に対してもまんべんなく熱が通り易くなっていて切れ目の入った餅がそこかしこで大きくなるのは少し面白い。そのまま横を見ると少しは腹が満たされたのか余熱でチーズが溶けるのを待つ瞳子。


「(……俺もそろそろ戴くか)」


 瞳子ほどではないが、小腹が空いてきたのも事実。ワインを軽く口に含み、トースターからほどよく焼けた餅を出すと、そのまますき焼きの元を絡ませて食べる。せっかちねぇ、と言う瞳子を黙殺し、カリカリに焼けた表面と甘辛さが染み込んだトロトロの中身を口の中で堪能する。言うまでもないが、うまい。


「次は海苔とチーズでいくか」


 うまさでテンションが上がる俺は誰にともなくそんな宣言をしてみる。そんな俺に対して、しょうがない子を見るような視線を脇から感じるが、気にせず次々と焼き上がる餅を巻いては食べ、巻いては食べ、食べた分だけ空いていくトースター内のスペースに新たな餅を投入していくというサイクルを確立していく。その勢いは気づけば一袋分をもうすぐ空にするペースで消費し、二袋目に手が届かんとしていた。



「──そういえば、二泊三日の泊りはどうだった?」


 餅を食べつつも、スナック菓子を裏側から広げる(いわゆるパーティー開け)瞳子が唐突に口を開く。腹が落ち着いたら、次は酒の肴に俺の話を選ぶ辺りどこまでも欲望に素直な女である。


「残念だが、二日目の朝には帰ったから話す事なんてないぞ」


「……残らなかったの?」


「当真晶子の件でピリピリしている会長と顔を合わせるなんて御免だね。一晩明けて、俺が帰るって言った時もかなり不機嫌だったんだぞ」


「それはあなたが……まぁいいわ」


「朝に登山して、あっちで昼食食べたら当真晶子が絡んできて、考え事しながら散歩したら理事長に会って、夕方に空也と戦ってたらその間に会長がさらわれて、どうにか追いかけて当真晶子を大人しくさせたら、戻る頃にはヘロヘロで要芽ちゃんの晩飯軽くつまんで風呂入って寝て、一晩経っても会長が不機嫌で居心地悪いから帰った。大雑把に言えばこうだな。これ以上話しようがない」


「充分に興味をそそられる話だと思うんだけど……」


「掘り下げたって、結論変わるもんでもないし、広がらんだろ」


「お風呂でドッキリとか」


「ねえよ!」


「なによ。つまらないわね」


「そういうおまえはどうだったんだよ。本家の呼び出しとやらは何だったんだ?」


「おじ様から聞いているでしょ? 次期当主を誰にするかの顔合わせよ」


 瞳子から言質を取りたかった為にとぼけた風を装ったが、当の瞳子は隠さずにあっさりと打ち明ける。なんとも拍子抜けだが、瞳子にとっては何でもない内容らしい。


「だって、別に隠すつもりはなかったもの。出る前の食堂で言わなかったのは単に天之宮姫子がいたから長々と話すつもりがなかっただけで、極端な話、天之宮に漏れてもよかったのよ。どうせ遠からずわかる話だったし」


 なのに言わなかったのは天之宮の中でいの一番に知るのが会長なのが嫌だったというわけで……どんだけ仲が悪いんだか、って話だ。たしかに俺がどのタイミングで知ったとしてもどうこうなるわけじゃないが、それでも──


「──それでも、空也と剣太郎を差し向けたのがおまえだと言うのは知っておきたかったよ、瞳子」


「……バレてたか」


 特に言い訳せず、しかしあっさりと打ち明けた先程とは違い、諦念が混じる表情で俺の言葉を肯定する瞳子。いつの間にかタイマーの切れていたトースターの中では膨らんで繋がってしまったいくつかの餅が冷えて固まっていた。


「──どこで気づいていたの」


 ワインで濡れた唇が悪戯っぽく形作る。およそ悪戯を暴かれた側が見せる顔ではないのだが、そんな態度も許せてしまいそうになるほど今の瞳子は魅力的だった。……もしかしたら酔っているのかもしれない。


「最初から。……って、言えれば格好いいんだろうけど、いくつか状況証拠っぽいものから、そうじゃないかな? とカマかけただけだ」


「それは?」


「一番大きいのは空也と剣太郎が当真晶子と一緒に来たって所だな。剣太郎は対立候補に雇われたと言ったけど、普通に考えてその対立候補がお目付け役に瞳子の同期を選ぶなんて不自然だろ? どう控え目に考えても選択肢に入っているとは思えない。だけど実際に空也と剣太郎が選ばれた。もしかしたら瞳子が手を回したのでは? ならこの一連の騒ぎは瞳子の知る所ではないか? そう、思った」


「そう」


「そうでなくても、二人ともグルだろ、って言動は多かったよ。嘘は言ってないけど、本当の事も言っていない。二人が話す内容は目的や背景について細かく喋った割に固有名詞がなさ過ぎた。剣太郎なんて直接話した相手の名前を忘れたなんて言ったんだぞ? 当真晶子の愚痴を聞いたなんてエピソードを出したくせにそれはちょっと苦しい」


「それ、おじ様よ。打ち合わせの時に一緒に聞いていたから間違いない。多分、対立候補の親戚と二人を橋渡ししたおじ様とを混同したと思う。……興味のない相手にはとことん興味ないのは相変わらずね」


 そういえば、叔父だか、甥だかとは言ってたな。適当過ぎだろ剣太郎。


「……それはともかく、本当に隠すつもりはないんだな」


「しらばっくれても意味はないでしょ。それで状況証拠とやらは?」


「真田さんが気絶させられる前に剣太郎が茶番はもうすぐ終わると言ったのを聞いている。俺も空也から予定より早く帰ると聞いていたが、会長同士の交渉を茶番と読み替えるのは厳しい。天乃原の生徒会長には経営に口出せるほどの権力が与えられているし、何より天之宮当主の孫娘だ。当真家の立場から蔑ろにする事も、まして茶番と断じるはずがない。別の思惑があり、剣太郎言った茶番とはそれを指すのだと判断した方が自然だ」


「それが天之宮姫子誘拐だったと?」


「そして、それを止めるのがおまえの目的だったんだろう? 瞳子」


「──正解!」


 今度こそ意地の悪い笑顔を満面に表現する瞳子。どうやら先程のしおらしい態度はフリらしい。いや、やはりと言うべきだろう。俺がどうこう言った所で瞳子が弱るなんて想像がつかない。


「(……本当に手のひらの上だな)」


 内心の苦笑は止められないが、不思議と悔しさは湧いてこない。その笑顔を見ているとどうにも許せてしまう。思わず緩みそうになる口元を誤魔化す様にワインを流し込む俺──夜はまだまだ終わりそうにない。



「正直言うと、誘拐なんて下策をとるとは思わなかったの……連絡を受ける前までは。ただ、何かをやらかすという予感はしてた。当真晶子を裏で操る人物の性格からいえばね」


「どこのどいつだ? と言っても当主候補の誰かだろうけど……」


「えぇ。でもおじ様が空也達を紹介したのとは別の人物。空也達と打ち合わせた当主候補は今回の誘拐を企てた責任から候補者レースから辞退した──させられたという方が正しいわね」


「……そうなるように仕組んだと? その別の当主候補とやらが」


「さっき言ったでしょ? 『連絡を受ける前までは』と。わざわざ天之宮を敵に回す意味なんてない。だから誘拐なんて考え、真っ先に排除したわ。けれど結果を見れば、候補が一人脱落した──仕組んだとしか思えない。牽制する目的で渋々実家に戻ったのも、事前に戻るタイミングを実家に伝えて当真晶子を泳がせたのも、泳がせた世間知らずのお目付け役に空也達を潜り込ませたのも、全て無意味。私も含めて“あの女”の手のひらの上で踊っているにすぎなかった」


 奇しくも俺が瞳子に感じていた事を瞳子が感じる相手。脳裏で俺が瞳子にやり込められている図を想像し、そこから俺を瞳子に、瞳子を顔の見えない女の影に組み替えてみる。


「(……うまくいかんな)」


 想像での事とはいえ、瞳子が後手後手に回る姿がどうにも浮かんでこない。そもそも俺と瞳子は命の遣り取りをしても、その関係が憎しみ合っているというわけではない。そこもうまくイメージ出来ない要因の一つなのだと思う。実際の所、当主候補という立場同士、その辺りはどうなのか。


「──ただの敵よ」


 俺の質問に感情を込めず、そう答える。目的の為に競い合える好敵手ではなく、宿命にも似た相性の悪さで繋がる天敵でもない。そこに好悪はなく、目的に邪魔だから排除する。それ故のただの敵──心の底から含みを持たさずそう断じた瞳子に『殺刃』を向けられた時とは別種の寒気を覚える。


「……ただの敵と言われてもわかんねぇよ。もう少し詳しく頼む」


「年齢は23、女」


「いや、だから……23ってことは、俺らの二つ上か。心当たりがないな」


「月ケ丘──私達とは別の高校出身だから無理もないわ。当時の序列一位で二つ名は『絶槍』。私と同じく殺意や狂気を刃に形作り、対象を切り伏せる。……彼女の得物である薙刀に変えて」


「それって……」


「当真晶子が使ってみせたそうね。報告を聞いて驚いた」


 空になっていた杯にワインをなみなみと注いでいく瞳子。その頬には赤みがわずかに走るが、酔った様子は見られない。報告を聞いて驚いたというのが信じられない位、平静に見える。そして俺も驚きはしない。使った所を見ていたのが俺と会長しかいないはずなのに、いつ、どこで知り得たのかなど。


 それはともかく、当真晶子の生み出した殺意の形が薙刀だった理由が分かったような気がする。あの時、口にした“姉上”という単語の意味も。そこに根差した感情がなんなのかも。


「当真晶子はそいつの妹だったのか?」


「思い当たる節があるのね、その通りよ。当真晶子の実の姉であり、生徒会長に据えた張本人であり、おそらくコンプレックスの対象」


「おそらくじゃない。本人が思いきり意識してた。まぁ、殺意の形が姉と同じ薙刀の形だったという時点でわかるようなもんだけどな」


「えぇ。でも当真晶子がどう思っていたのかはこの際どうでもいいの。問題なのは当真晶子が異能を使えたという事実の方よ」


「……使えなかったのか?」


「使えなかったのよ」


「当真晶子の晶は水晶だろ? なら目に関係するはずなんじゃ……」


 たしか目の一部にそんな感じの名前があった気がする。初顔合わせでは特に気にしなかったが、後で異能が使えると判明した時には納得すると同時に思い至らない事に自己嫌悪すら感じた。ここで使えなかったと言われても混乱するだけである。


「水晶体だからって事? いくら当真の異能持ちが目に関する名を与えられると言ってもそこまで回りくどくないわよ。それがありなら虹彩の虹や彩をつけても問題ない事になるでしょ。その目に宿る異能への畏敬を表す為にも名付けに妥協はないの。当真の女の中では“目”をそのまま名前に組み込まれるなんて珍しくない話よ。そういう意味では私の名前が“瞳子”でよかったとしみじみ思う。……これでも、一応女ですもの」


 冗談めかしているが、心の底からホッとした様子の瞳子。当真晶子の“姉”の存在を語った時の危うさが薄れ、普段の調子が戻ってきた事にこちらも安心する。……それはそれとして──


「(──なぜか、瞳子の話が妙に引っ掛かるんだよなぁ……どこかかはわからんけど)」


 差し障りがないようでいて、すごく重要な事を見逃している。そんな気さえするが正体が掴めない。いや、たしかどこかで──


「──すけ! 優之助!」


「お! おう!」


「だから、当真晶子に異能を使ったのが問題だと言ったのよ! 話聞いてなかったの!?」


 気が付くと目の前には瞳子の顔。考えに没頭し過ぎて俯きがちだった俺を覗き込むような恰好の──つか、近い! 近い!


「まったく! 真面目に聞く気があるの?」


「いや、悪かった。少し考え事してたんだ」


「考え事?」


「あぁ──いや、なんでもない。続けよう」


 喉に出かかったものが急に消え去る感覚。さっきのドタバタの影響で何にこだわっていたのかが思い出せない。そもそも思い出せないから無い頭を捻って唸っていたわけで、気が削がれ萎えてしまった今では、そこまでこだわる理由もない。本来の会話を戻すべく、瞳子を促す。


「そうね。……と言っても後は結論しか残っていない。“あの女”にはとても厄介な協力者がいる。下手をすれば、当真や時宮、ひいては異能者の存在に致命的な切っ掛けになり得るほどの、ね」


「……また、随分と大きく出たな」


「あら、この期に及んで、状況を理解していないのかしら? それとも日和った?」


「辛辣だな。ヤバいのは分かるし、組む相手を選り好みできる立場でもないのは承知しているさ。それにしても存在するとは驚きだな。“異能を生み出し、与える”異能者なんてものが」


 前提として異能は後天的に手に入る代物ではなく、誤解を与えるの承知で例えるなら“才能”もしくは人が本来持つはずのない“器官”を指す。


 異能を覚醒させる時期に若干個人差はあるが、大抵物心がつく前後(もしかすると自我の目覚めそのものが引き金かもしれない)、異能者であると自分や周囲は嫌でも理解する。常識や理性によるストッパーがない幼児期に異能を使わないという選択肢はなく、ただ“出来る事”、“あるもの”として──力の加減を知らないまま遊ぶように──発現させてしまうからだ。例外はない。


 まして異能者を率いる立場にある当真家が身内の異能に気づかないはずはなく、当真晶子に異能がないと身内である瞳子が言うのなら間違いはない。時宮高校の生徒会長でありながら、現役の序列持ちを連れてこれなかったのも道理だ。人望もそうだが、それ以上に実力──異能者を認めさせるだけの力──がなかったからだろう。少なくとも、ほんの最近までは。


 そうなると高校生になるまで一度も異能を発現する事なく、また当真家すら気づかない可能性よりも、学園ここに来る前に異能が"偶然"開花する確率よりも、現実味があるのだ──前代未聞だが、“異能を生み出し、与える”異能者がいると言う方が。


「……まだ存在していると決まったわけではないわ」


「だが確信している、だろ? 俺も“いる”と考えていいと思う」


 そもそも結論として存在を示唆したのは瞳子だ。今更はぐらかすのは性格が悪い。はぐらかすと言えば──


「──いつまで“あの女”だと会話に困るんだが……。そんな勿体ぶるもんでもないだろ?」


 勿体ぶるというより、台所に潜んでいそうな黒いのを“あれ”呼ばわりするのと同じ気がするが、指摘するのが怖い。


「ややこしいのよ、名前が。“あの女”も“とうこ”だから──当真瞳呼。“瞳”に点呼の“呼”で瞳呼。瞳を呼ぶって名前的にどうなのかしらね」


 酒気を帯びた吐息と共に不自然に明るく言う。そして思い出したようにワインを注ぎ、間をおかず流し込んでいく。


「瞳が呼ぶのかもしれないだろ。……それが何かは知らんけど」


「かもね」


 瞳子は俺の戯言を流さない。気だるげに傾げた首から上はすでに出来上がったと一目でわかるほど赤いが、視線は俺をしっかりと捉えている。少なくとも俺の戯言を戯言とは受け取っていないらしい。


「異能の発現は生まれてから間もなく。その際、生み出した凶器で家政婦や親族数人が斬られたそうよ。幸い死人は出なかったけど、後の調査で半径30m範囲内の全てが対象に入っていた事が分かった──隣にいた父親と別の部屋で控えていた警護役を除いて」


「防ぐかかわすかして無傷だったからカウントしなかったんじゃなくてか?」


「父親と警護役には見向きもしなかったそうよ。それ以外には恐ろしいほどの精度と執拗さで攻撃されていった。死人が出なかったのは警護役が赤子を誰もいない射程外まで連れていく判断を即座に下したからであって、放っておけば間違いなく殺されていたでしょうね──母親を含めた異能を持たない人達が」


「それって、つまり──」


 知らず固くなった俺の声を引き継ぐように瞳子が言葉を紡ぐ。


「──そう、当真瞳呼は異能者しか人と認めていない、根っからの差別主義者よ。そんな女が異能を生み出す異能者と結びついて、当真の権力を得ようとしている。私はあなたの戯言を笑い話にできない。あの女は災いを呼ぶ──冗談ではなく、異能者と人との抗争が始まってもおかしくないのだから」

「……なんでそんな危ない女が当主候補に入ってんだよ」


「そんなの普段は隠しているからに決まってるじゃない。そうでなければ、いくら当真家から異能者が年々減ってきても候補に据えないわよ。あの女の本性に気づいてるのは私を含めて数人。その数人であの女が当主候補になれないよう動いてきたけど失敗」


「現在も着々と目的に近づいてきているというわけか」


 内容の深刻さからすれば、陳腐な台詞を瞳子は窘めずにそうね、と一言。口寂しいのか、新たなスナック菓子を開封して摘まんでいく。


「今回の誘拐未遂によるお咎めはないのか? うまく関与を隠したとしても、当真晶子の実の姉には違いないんだ。お前ならいくらでもつつきようがあったんじゃねぇの?」


「別居していて交流がないのよ。おそらく父親が当真晶子の身を案じて、そうさせたのでしょう。血縁や法的には姉妹でも実質ほぼ他人ね、あれは。その上、わざわざ妹の不始末は自分の責任だから何らかの処分を下せ、と自分から言ったそうよ。結果として、一ヶ月の自宅謹慎で手打ちになった。もうその方面では手の打ちようもないわ」


 酔いが回ったのか、手打ちだけにね、などといらん締めをのたまう瞳子に軽くイラッとする。


「……他の候補者はどうなんだ? そっちはまともなら協力できるだろ」


「難しいわね。今の所、候補は私を含めて5人。一人は当然、“あの女”」


 結局、“あの女”で話が進んでしまうな。同じ“とうこ”読みではややこしいので仕方がない。敵対する相手が同名だと録音した自分の声を聞くよりも嫌だろうな、と妙に想像してしまう。


「私と同い年の当真がいは序列持ちで“あの女”と同じ月ケ丘出身で比較的近い立ち位置だけど、こちらは一般人とどうこうするような性格ではないわ。……隠れて付き合っている彼女も異能者ではないし。でもそこそこ近くにいるはずなのに“あの女”の本性に気づいてないからあてには出来ない。下手をすれば、敵が増えるだけでしょうね」


 さすがは瞳子。対立候補のゴシップくらい当たり前に掴んでやがる。


「最年少の十五歳で候補になったのが、当真めい。……この子も無視でいいわ。両親が捻じ込んできただけだもの。異能はあるけど、それ以上にやる気がない。およそ人の上に立つ器ではないわ。姉を見返したい一心で動いた分だけ、ある意味、当真晶子の方がマシね」


 どこでも迷惑な親っているもんだな。つき合わされた娘からすれば勘弁してほしいだろうに。……いない所でこき下ろされているしな。


「反対に最年長が二十七歳の当真睛明せいめい。異能のみで言うなら私や“あの女”よりはるかに格上──当真の歴史上最高の異能者の名を与えられるほどの使い手よ。実務の面でも現当主補佐と時宮の異能者を外部に派遣する取り纏め役を兼任するほどの優秀な人物でもあるわ」


 異能の発現はおおよそ物心がつく前が大半。逆に言えば、生まれてからすぐ判明するとは限らない。他はともかく当真家では異能の発現が確認できた時点で目に関する字が入った名前に改名する事になっている(法的にも改名するという徹底ぶり)。その中でも優秀な先祖の名の襲名を許されるというのは文句なしの評価だという事。わずかな会話の中からでも二つ三つは皮肉か酷評が混じる瞳子の人物評ですら手放しの評価だ。そんな人物なら当主になってもらった方がいいだろうと思うのだが、やはりそう旨い話はないわけで──


「──ただし、能力とは反比例して体が弱く病に伏せる事も多いのが唯一にして最大の難点。せめて人並みに健康だったなら、彼に当主を任せて私が補佐に回ってもよかったんだけどね。人格的にも優れているから現場や当主からの強い推薦で候補には上がったけど、実現は無理でしょう。“あの女”の本性に気づいている一人で一応は協力関係にあるけど実務が忙しくて手が回らないというのが実状よ。おそらく“あの女”がそう仕向けていると考えて間違いないわ」


「結局、瞳子が当主を目指すのが一番という事か。最良なのか、マシなのかはともかくとして」


「そうよ。最低でも私がなるしかないの。異能者を率いる者を選ぶはずなのにこうも選び甲斐がないと異能者達の未来は暗いわね。……そんな人材不足から選ばれた私だからこの先が不安で不安で。とりあえずあなたの給与の振込を忘れそうで気が気じゃないわ」


「回りくどいキレ方すんなよ。……んで、どうするんだ? これから先」


「今まで同じよ。この学園で生徒として過ごす。あなたはとりあえずハルとカナと仲直りする事でも考えていればいいんじゃない? それがあなたの目的でしょ」


 そう言った瞳子の眼差しは餅を頬張っていた時のように柔らかくて、その視線に晒される側の俺はこそばゆく感じる。ついさっきまで異能者の行く末に関わるかなり深刻な話をしていて、今もその先の舵取りを語っているはずだった。……それがいつの間にか家族の仲直りを気遣われている構図へとシフトしているのか首を傾げたくなる。


「それでいいのか?」


「それでいいのよ。当主交代の件は昨日今日始まった話ではないし、あなたに仕事を依頼したのだって家族の仲直りそれくらい折り込み済みで決めたもの。もっと言うならあなたにした資金援助だって返さなくていいものを返す為に仕事を受けたから巻き込まれたわけで、巻き込んだ私が言う事でもないでしょうけど本来気に掛けなくていい話なのよ」


「たしかにきっかけはハルとカナが心配だったからだし、援助してもらった分を返したい気持ちはあった。正直、お前に振り回されるのを想像すると義理はあっても二の足は踏みたくなる。けれど、受けないという選択肢などなかったし、これから先、知らん顔して降りる事もない。まぁ、要するに手伝える事があるなら言えって話だ」


 今、俺がハルとカナに向き合おうと踏み出せたのは瞳子のおかげと言っても過言ではない。……いや、その事がなくても助けたいから動く、そう決めたのだから。



      *



「──まぁ、要するに手伝える事があるなら言えって話だ」


「(……半月前とは大違いね)」


 気負いも衒いもなく"全力で関わる"と宣言する優之助。そこには耳障りのいい理由を探して動けなかった姿はなく、ただまっすぐに自分の想いを形にしようという姿勢が見える。


「安請け合いもほどほどにしないと、またいらない苦労を背負って振り回される事になるわよ」


「その苦労させられる元凶の大半を占めていた奴が言うと妙に説得力があるな。……ま、ほどほどに、な」


「馬鹿ね。……本当に」


 今まで散々な目に遭わされた相手にそんな事を躊躇いなく言えるのだから、私もそう言うしかない。伊達や酔狂ではなく、破滅願望のかけらすら見せない、なのに自ら望んで困難な道をわざわざ選んで歩くのだ。これ以上、この男を表現する言葉は思いつきそうにもない。


 それならば、私も手加減はしない。散々迷惑を掛けて困らせてやろうと"改めて"思う。差し当たっては遠慮していた餅の量から始めるとしよう。正直、一袋じゃ足りない。……優之助も食べている事だし。"あの女"についても気にする必要はない。どうせ──


 ──こちらから出向かなくても向こうからちょっかいを掛けてくるだろうから。



      *



 ──同時刻、時宮にある当真家の一室。


「あまり役には立たなかったわね、晶子あの子。わかってはいたけど、こうも使えないとあなたに骨を折らせた甲斐がないわね」


「いえ、当初の目的通り当主候補の一人を辞退に追い込めたので結果としては上々でしょう」


「失敗する事が前提の計画なら誰がやっても同じでしょう。異能が使えても結果以上のものが出せないなら宝の持ち腐れでしかないわ」


「手厳しいですね。実の妹に対するものとしては思えないほどに」


「ライオンと豹との合いの子を知ってる? 親と子が必ずしも同じ生物とは限らないと言うこれ以上ない例ね。つまりはそういうことよ。それに言ったでしょう? 役に立たないのはわかっていたと。あの子に感じるものなんてないわ。あなたから見て私が穏やかに見えないとしたら、異能が低く見られる事に対してよ」


「違う生物とまで言い切った上で憎みもせず、忌む事もせず、あくまで無関心ですか。……あなたの差別ぶりは聞きしに勝りますね」


「生物としてそういう事もあり得るのだと知っているだけよ──いつまでこの話は続くのかしら? そろそろ本題に入りなさいな」


「これは失礼。今回の目的は達成しましたが、向こうの令嬢を刺激しすぎたようで天之宮の抗議は今も止まりません。このままでは当主選定に支障をきたす可能性があります。それに予定では──」


「──予定通り進めて問題ないわ。誘拐の首謀者は責任をとって当主候補を辞退。時宮と天乃原の提携も私にとっては関係がない。むしろ成立されては困るもの。天之宮をなだめるのは当真慎吾か──当真睛明当主補佐の役割よ」


「そこまで見越していましたか」


「あなたの目的を邪魔する気はないから心配しないで。……あら? 意外そうな顔ね。そういう約束で手を結んだはずでしょう」


「……利害は一致していましたが、私の手段とあなたの目的とは相容れぬと思っていたので後回しかと」


「これでもあなたには感謝しているのよ。それに目的はともかく、あなたのやろうとしている事にはとても興味がある。手続きはすでに済ませた。後は揃うのを待つだけ」


「それでは……」


「ええ、四月から始めてもよろしくてよ──あなたの復讐を」

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